そりゃあ命をかけてまで護れって相手だもの。
それなら見極めても文句無いよね?
一鬼 我、守護役なるもの
「伏して…願わくば…」
「昌浩!!よせ!」
異邦の妖、窮奇の前に既に傷だらけになり息も絶え絶えな昌浩は最後の足掻きと呪文を唱えた。
化け物たちに囲まれている紅蓮もただならぬ様子の昌浩に気づいてか、大声で叫ぶ。
―これで、いいんだ。紅蓮は元々じい様の式紙なんだから―
―隙をつくるから、逃げて―
そんな昌浩の心中を察した紅蓮は、自分に纏わりついてくる化け物を自分の肉ごと引き剥がし昌浩の所へ駆け寄ろうとした。
「来たれ、闇を裂く光の刃。周囲を白銀に染め上げる、雷の剣よ…。電灼光華――急々如律令!!!」
激しい雷光が窮奇に降り注ぐ。
おぞましい程の咆哮が耳に突き刺さる。
「これくらいで我が傷付くと思うたか!!小癪な人間風情が!!」
鋭い牙が昌浩に襲い掛かる。
―紅蓮が逃げられれば、それでいい―
術を使った上の疲労から、もう昌浩に逃げる力は無かった。
そして、肉を裂く音と鉄の匂いが鼻についた。
ポタ、ポタ
昌浩の顔に滴り落ちる、血。
勿論それは昌浩のものではない。
「…紅蓮……!!!!」
自分と窮奇の間にあるのは、見覚えのある姿。
しかも背中には窮奇の牙が痛々しく突き刺さっている。
窮奇は忌々しい、と思い切り牙で騰蛇の背を抉る。
化け物達が騰蛇に襲い掛かるが、それでも騰蛇は昌浩の前を動こうとしない。
化け物達を払い避け、自分と昌浩の周りに炎の障壁を作り、初めて体勢を崩した。
「な…なにやってんだよ!!…人が折角慣れない雷神召喚までやって隙をつくったのに…」
―何故逃げなかった!?―
自分を庇い、瀕死の傷を負った騰蛇に昌浩は悲しげに叱咤する。
異邦の妖から負わされた傷で騰蛇は最早体力気力共に尽き果てそうだった。
だけど、騰蛇は微笑んで
「…お前に死なれたら、俺が困るんでな…」
昌浩だけは何があっても守り抜くと誓った。
例え、この命が尽きようとも。
「俺だって…紅蓮が死んだら困るじゃないか!!…もっくんがいなくなったら滅茶苦茶寂しいし…」
昌浩にも術を使う体力はもう無い。
これ以上使えば敵の目の前でむざむざ倒れる事になる。
「くっ…オンバザラギニ…」
「やめろ!!昌浩!!それ以上術を使うな!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!!紅蓮を死なせるわけにいかないだろ!!紅蓮は俺が陰陽師になるのを見届ける義務があるんだぞ!」
今は騰蛇の炎によって妖は近づけないでいるが、どんどんとその距離は縮まっている。
「…っく…死んで…たまるか…」
「チクショウ…!!」
とうとう騰蛇の炎を突き破って、妖の大群が襲ってきた。
「「…っ…」」
二人は目を閉じ、歯を食いしばった。
―気に入ったよ、我が主―
「轟け紅の風。我の声、届いたなら彼の者を護る盾となれ。“舜華炎舞”」
涼しげな声が聞こえた、と思った瞬間二人の目の前に再び炎の壁が現れた。
しかし、おかしい。
目の前の妖を遮っているのは確かに炎だ。
けれど、騰蛇の炎とは違う。
「え…?何…これ…紅蓮?」
「違う、俺は何もやっていない…」
戸惑う二人に、また声が聞こえた。
「戦げ、蒼の風。我の声、届いたなら悪しき者を貫く刃となれ。“龍華水舞”」
今度は氷の塊が妖達に降り注ぐ。
「…え?一体何が起こって…」
「誰が…」
昌浩と騰蛇、そして妖達の丁度真ん中の位置にふわりと影が舞い降りた。
「少しばかり、休んでな。もう直頼りになる人がくるからよ」
二人に振り返らず言葉だけを投げかけるが、どうやら味方のようだった。
何故なら、その人は片手で軽々と持った長刀を妖に向けているのだから。
「さあ、少し遊戯に付き合ってもらうぜ」
炎の向こう側に居る人の顔は昌浩達には見えない。
唯一見えたのはたなびく髪の束。
「ねえ…紅蓮。あれは陰陽術なのかな…?俺聞いた事も見た事も無いよ、あんなの」
「…違う、あれは…」
もっと特別な、
「まだ…あの一族が…」
ポツリと呟いた騰蛇の言葉は幸か不幸か、昌浩の耳には届かなかった。
そして、晴明達の援軍が到着した頃。
二人を助けた人物はいなくなっていた。
あの悪夢のような夜の、次の朝。
晴明の所に怒鳴り込みに行った騰蛇とそれを追いかけてきた昌浩。
いつものように晴明に軽くあしらわれ、さっさと踵を返そうとしたその時だった。
「まあ、待て。昌浩、お前に紹介したい人がおる」
晴明に呼び止められた。
「俺に…?」
「入りなさい」
晴明の言葉を聞いて入って来たのは
「はじめまして。、ともうします」
丁寧だが、舌足らずな口調。違和感を軽く覚えた気がした。
現れたは、五歳くらいの小さな子供だった。
「この子は、という一族の末裔でな。今日からお前の護衛役を務める」
「……はあ………えええええええ????!!!」
「どういうことだ!晴明!!」
「騰蛇、お前も知っておるだろう。代々安倍の陰陽師にはの守護役がつく事を」
「で、っでもこんな小さな子が…俺を護るって…ええええ??」
子供は、軽く大人のような微笑を見せた。