授業中、は濃先生に見てもらっている。
しかし今日は濃先生が出張ということになってしまったので、現在をどうするか思案中だ。
「困ったわ・・・私は今すぐ三国学園に行かなければならないし・・・」
「今日に限って信長様もいないんだよね・・・。蘭丸も授業あるし・・・」
彼は中等部二年の森蘭丸。
織田夫妻とは親戚関係にあたる。
「だいじょーぶ。おとなしくしてるから」
は年の割にはしっかりしている。
まあそれはかすがの教育の賜物と言って良いだろう。
しかし一応四歳児。ほっとけるわけがない。
「駄目だって!!一人の時に変態(明智)が来たら大変だろ!?蘭丸が先生言いくるめるから教室においで!」
「蘭兄ぃのとこ?」
と、言うわけで
現在は蘭丸のクラスにいる。
「まつせんせー!今日はも一緒でいいでしょー?」
「まあ、君もお勉強をなさるのですか?それはよろしゅうございますわね」
まつの担当は家庭科。
今日は簡単なお菓子を作るようだ。
「蘭丸と同じ班だからね!」
「うん!」
家庭科室にて実習を始める生徒達。
簡単とはいえ、お菓子はお菓子。
微妙な配分で味が変わってしまう、それ故皆気が抜けない。
「よし、卵は全部割れた・・っと。、かき混ぜれる?」
「だいじょぶ。がんばる」
踏み台代わりの椅子に立ち、一生懸命に泡だて器で卵をとく。
周りの生徒達もその微笑ましい姿に魅了されている。
「よし、出来た!じゃあこれとこれを混ぜて、型に入れれば焼くだけだよ」
「まあ、上手ですわね。蘭丸君の班は一番手際がよろしいですわ」
が居る手前、兄貴分として惨めな姿は見せられないと蘭丸はかなりやる気を出していた。
後に完成したのは甘さ控えめなカップケーキ。
個人で好きなトッピングをして良いと言われたので皆それぞれ飾りつけをしている。
「はい、の分」
渡されたのは五個のカップケーキ。
まだ何も飾られておらず、表面は香ばしい茶色のまま。
「……」
周りでは女子生徒が誰にあげるかで盛り上がっていた。
「…おにぃ達…喜んでくれるかな…」
は近くにあったチョコペンを取り、カップケーキに描き始めた。
――昼休み
「だあーー!!」
だだだだっと階段を駆け上がり屋上へ滑り込む政宗に元親。
先に来ていた元就と佐助は二人の尋常じゃない様子に目を丸くした。
「何?焦ってんの?」
「五月蝿いぞ」
「それどころじゃねえんだよ!追われてたんだからよ!」
「誰にさ?」
二人はどうやら後輩達に調理実習で作ったものを受け取って欲しいとせがまれていたらしい。
一度受け取ればきりが無いのできちんと断っていた。
なのに最近の女生徒は逞しくなったものだ。
諦めるどころか、受け取るまで逃がさないといった形相で追いかけてきたのだから。
「ああ、そういや二人共何気に後輩に人気だもんね−。羨ましいよ色男(棒読み)」
「心にも思ってねえこと言ってんじゃねえぞ。大体知らねえ奴がくれたもんなんぞ食えるか」
「そういうお前らだって貰ってたんじゃねえのか?」
「我はいらんとはっきり申したからな」
『コイツがはっきりってことはよっぽど冷たく言ったな・・・』
心の中で女生徒に同情する元親。
「俺様は甘い物は駄目ってちゃんと言ったからね〜。旦那は喜んでたけど」
「あいつにとっちゃ天国だろうよ」
政宗はお菓子を貰って嬉しそうにしている幸村が想像出来た。
「俺だって甘いもんは苦手だって言ったのによ・・・」
「あー・・・俺もうあの甘ったるい匂い嗅ぐだけでもヤダ・・・」
「よっぽど追い掛け回されたのが答えたんだね・・・。あれ?そういや旦那はまだ?」
『?!』
「「「「?」」」」
突然扉の向こうから幸村の叫び声が聞こえた。
何事かと思っていると扉が開き、幸村が一人入ってきた。
「旦那、今と一緒じゃなかったの?」
「・・・確かに一緒だったのだが此処まで来て急に走って行ってしまったのだ」
「は?一体何で・・・って幸村また貰ったのかよ?」
幸村の手にはシンプルなラッピングをされたお菓子。
「あ、これは今がくれたでござる。皆にも渡すと言っていたのに・・・此処まで来たら急にいなくなって」
「「「「!!?」」」」
幸村の言葉を聴いた瞬間、佐助が蒼褪めた。
「そういや・・・は滅茶苦茶耳が良いんだ。扉一枚隔ててたって普通の声の会話なんて聞こえるよ・・・」
「それではは先程の我たちの会話を聞いていたのか?」
『甘いもんは苦手だって言ったのによ』
まず政宗が言葉を失い、
『俺様は甘い物は駄目って言ったからね』
佐助が血の気が失せたような顔になり、
『あの甘ったるい匂い嗅ぐだけでもヤダ・・・』
元親が隠し切れない動揺を見せ、
『我はいらんとはっきり申したからな』
珍しく元就までもが焦りを見せ始めた。
幸村はきょとん、としながらから貰ったカップケーキを出していた。
「あ・・・これは・・・」
ぽつりと呟いた幸村の台詞は四人の足音にかき消された。
は一人校舎裏に来ていた。
手には作ったカップケーキ。そして目の前には焼却炉。
折角作ったものだったが要らないと言うのならこれに用は無い。
迷わず捨ててしまえば良いのだ。
だが、の手はもう数センチで焼却炉、と言う所で止まっていた。
「そこで何をしているんだ?その焼却炉は火がついているから危ないよ」
背後から突然声がした。
が振り向けばそこには優しそうな青年が立っている。
「それにそれは君が作ったのだろ?捨ててしまっては勿体無いよ」
「・・・いらないっていった。だからもういいの」
「自分で食べたり他の人にあげれば?」
「・・・だめなの。べつのならいいけどこれはほかのひとにはあげられないから・・・。だからすてるの」
「見せてくれる?」
は青年にそれを手渡した。
が初対面の人でも敵意を出さないのはその人が信用できると判断した時だけ。
この青年は正にそうだった。
袋を開け中身を確認すると青年は何かを悟った顔をした。
「・・・成程ね。これじゃあ本人達以外にはあげられないね」
青年は優しく笑っての髪を撫でた。
それがくすぐったくて、は目を細めて笑った。が、すぐにある気配に気づいて青年の後ろに隠れる。
「どうかし「!!」
校舎裏に佐助の声が響いた。
そして肩で息をしている政宗、元就、元親。
どうやら学校内を駆け回って捜していたらしい。
「・・・お前は…竹中半兵衛?」
元就がと居た青年の名を呼んだ。
「やあ毛利君に長曾我部君。どうしたのかな?君たちがそんなに慌ててるなんて」
「そこに居るを迎えに来たんだよ」
「へえこの子って言うの?」
「話を逸らすな。何故お前がと一緒にいる?」
竹中半兵衛。
実は元就と元親と同じ三年。
そして政宗と佐助、幸村にとっては先輩にあたる。(まあ元就と元親も先輩だが)
「火が点いている焼却炉に近づいていたから危ないと思って声を掛けたんだよ」
これを捨てようとね、と半兵衛は手にもっていたのカップケーキの包みを見せる。
ソレを見て四人は衝撃が走った。
自分達があんな事言ったばっかりに・・・
先程の自分の発言を酷く呪った。
「違うんだ!・・・俺要らないって言ったのは知らない奴からのだからなんだ」
「でもあまいのにがてっていった」
「う・・・・」
元親は図星を指されて言葉に詰まった。
「ごめんね…俺達無神経なこと言っちゃって…」
「すまぬ。不用意な発言をした…」
「Sorry. …許してくれ」
それでも何とかして許してもらおうと四人は精一杯謝った。
「君?彼らも随分反省してるみたいだし、僕からのお願いと思ってこれをあげてくれないかな?」
「・・・半兄ぃがおねがい?」
「うん」
「・・・いいよ」
半兵衛は各々に包みを渡した。
から貰えたと、言うよりなんだか半兵衛に恵んでもらったようでいささか四人は不満であったがそれは遅れてきた幸村の言葉でかき消された。
「あ、いた〜〜!、さっきの菓子実に上手かったぞ!飾り付けの絵も上手だったぞ」
「絵・・・?」
佐助、政宗、元親、元就は袋を開けた。
「・・・・これは・・・」
「俺の・・・顔?」
カップケーキの表面には四人の特徴を上手く掴んだ似顔絵が描かれていた。
その一つ一つが一人一人の為だけに存在する証。
「・・・っ!!ありがと!!」
「良く出来てるじゃねえか!!Wondeful!!」
「本当に嬉しいぜ!!ありがとな!」
「・・・こんなに食べるのが勿体無い菓子は初めてだ」
四人がもうそれは大げさじゃないかと言うほどに喜ぶので、いつも無表情なでもさすがに照れくさくなったのか逃げようと思った。
しかしそれは政宗の両腕に捕まったため無理だった。
「Thank you.」
「・・・あまいのに」
「甘くてもこれは最高のPresentなんだよ」
その後、は半兵衛と一層仲良くなった。
半兵衛は病弱で保健室でよく休んでいる為、濃が居ない日でも保健室にいることが出来た。
「今度は僕のも作ってね。僕は甘い物は大丈夫だから」
「うん、がんばる」
まあそのお陰であの五人が半兵衛の事を逆恨みしていたのは言うまでもない。