オレは夜明けを待たず、武田を後にした。




朝になって顔を見たら名残惜しくなるからね。
前もちょくちょく遊びに来ては、皆が知らないウチに帰ってたし。








「…行って来るよ。幸、佐助、信玄様…」











昔の経験で音も無く出て行くつもりだった。


















でも意外な人物によってそれは阻まれた。













「…なんで此処に……?…かすが…」



「佐助から…聞いて。多分先生のことだから…夜中に一人で行くだろうって…」








なんと、先日謙信と一緒に帰ったはずのかすががオレの目の前に立っていた。
















「南に行って来るわ。まだ多分オレの欠片ごろごろあるだろうし」


かすがは俯いているので、表情は見えない。





「……お気をつけて…。ご無事をお祈りしています…」
「ん。ありがとう。かすがも、頑張れよ」



だけど、ほんの微かに声が震えているのが判った。







オレはかすがの横を通り抜け、門を出ようとしたところで足を止めた。







「そういえば、オレまだ聞いてないわ」
「…?」



かすがには背を向けたまま話す。








「オレがいっつも任務に行く時、誰かさん達が声揃えて言ってくれる言葉」






昔からオレが任務で里を出る時、絶対二人は見送りに来て
力いっぱいの声で言ってくれる言葉。





『先生』
『師匠』






「……いってらっしゃい!!」






帰りを待っているという顔で言ってくれるんだ。








「行って来ます」






かすがの頭を優しくポンと叩き、オレは門を出る。
後ろでかすががずっと見ていたのが分かった。





















「…聞こえたぜ。忍の聴力なめんなよ」







樹の上に影が一つ。
門から出て行く姿を見守りながら。




「いってらっしゃい…師匠」




そして、また元気な姿を見せて。













今、武田にひと時の別れを告げた。


























「さて、と…。欠片を探すとか言ったってなあ。まずは関わる人間がいなきゃ話にならん」




軽々と木々の間を飛びぬけながらは独り言を呟いた。




欠片は関わりのある人間がいなければ意味が無い。
しかし、その対象人物が誰か判らないと探しようが無いのだ。







「とりあえずは、前田慶次かな…。久しぶりに情報収集と行きますか」





の姿は風の如く消えていった。
























前田慶次の情報はあっさりと見つかった。


どうやら前田利家の甥っこで、今は家出中らしい。
けど京では知らない人がいないって感じ。誰に聞いても答えてくれるし。




『ああ慶ちゃん?祭りの時一番大暴れしとるよぉ。元気のええ若者だ』
『慶さんならよくうちの店にきてくれはります。でも最近は全然顔見せへんのどすえ』





ま、そうだろう。この間甲斐で会ったわけだし。

でも一応武田を出た後確認はして来たんだけどなー。
もう城下にはいなかった。





「しかたねー。後にするか。それよりも問題はこの先だよ…」



前田の他にも夢で見た奴はいる。
と、いうことは確実にオレの知り合いってことだよな。







「オレより小さかったし…今は政くらいの年かな?」




左右の瞳の色が違うことを気にしていた男の子と、将来が怖いと思った美人な男の子。









「中国にでも行って見るか」








中国には――――――――――毛利元就。






















「え?何だコレ?」






辿り着いた場所――そこは毛利元就が治める中国地方だったような気がする。


けど目の前には毛利の家紋ではない、別の旗。







「もしかして…毛利は負けたのか?」





よくよく目をこらして見てみると、違った。
毛利の家紋の旗もあるにはある。ただ馬鹿でかい旗が邪魔していてよく見えなかった。






「あれは…長曾我部軍…??なんでまた二つの旗が仲良く並んでるんだ??」


はまったく状況が理解出来なかった。

















「おい、下賤の鬼よ。そなたの迷惑非常識極まりない旗の所為で我が一族の旗が隠れておるではないか。外せ」
「ああ?なんだよ、協定を結んだ友好の証だろうがよ」
「…焼け焦げよ」
「こらこらこら!!!」








城ではやはり旗を理由に口論している人物が二人。



毛利元就と長曾我部元親。



どうやら戦力拡大の為、協定を結んだらしいのだがあまり上手く行っていないように見えるのは気のせいか?










「まったく…協定などという回りくどいやり方なぞせぬとも我の力で四国などさっさと制圧してやったものの…」
「なんだよ。お前だって納得の上だろ?アイツが来た時、どっちかが死んでたら意味がねえから一時協定を結ぶって」


「……あやつが言ったことだからな」


『大きくなったら二人で世界を変えれたらいいな。勿論どっちかが欠けても駄目だぜ?』



脳裏に浮かぶは懐かしき笑顔。













「さて、と。とりあえず侵入はしてみたものの…正面はまずいっしょ…」




は今、城の中にいた。
忍得意の変化の術で適当に姿を誤魔化し、家臣のフリで城内をうろつく。






「なんだっけなあ、名前…。確か…えーっと、松…」




「おいそこの者」





背後から急に声をかけられた。
どうやら毛利軍の兵士のようだ。





「そこで何をしている。勝手なことをしていると元就様からお叱りを受けるぞ」
「すいません。自分方向音痴なもんで。元就様のお部屋が近いんですか?ここ」
「そうだ。今は長曾我部殿もおられる。なのでこれより先に進むな」
「失礼しました」



そうに告げると兵は行ってしまった。






「成程〜。部屋はこの先…っと」




は素早く天井裏に忍び込み、元就の部屋へと向かった。














「いい加減出て行け。職務の邪魔だ」
「なんだよ、つまんねーな。へいへい」




元親が部屋を出ようとし、足を止めた。







「なあ…元就。お前の所の忍はこんなに気配を隠すのが下手だったか?」

「…使えぬ駒なら処分するのみよ。しかしこれは我が軍のものではない」





『へえ。一瞬だけ出した気配を感じ取ったか。中々の武将だな』





は口元を綻ばせ、二人の前に姿を現した。




「ご機嫌麗しゅう?毛利殿に長曾我部殿」



「何奴……!!!……まさか……」
「本物…か…?」
「ああ、幽霊でもなけりゃあ幻でもねえよ。正真正銘本物だ…って…あれ?ここにいるのは長曾我部殿と毛利殿だよな?」





は混乱している。




「…ああ、我が毛利元就だ」
「俺が長曾我部元親だ」









「あれ?オレ…間違えた?あのさ、ここに少し気弱なんだけどおっとりと可愛らしい奴と暴れん坊でガキ大将みたいな奴っていない?」



「「は…?」」



「確かオレの知り合いは、松寿丸と弥三郎って奴なんだけど」

「松寿丸は我が幼名…、そして弥三郎は…」




チラっと隣の元親を見る元就。




「弥三郎は俺の幼名だ」







「………ハアアア!!!?嘘!!!」





は目を白黒させた。










記憶が無いにしろ、夢で見た子供は大変可愛らしい子だった。
それも女子と勘違いするほどに。
松寿丸は結構荒々しい性格の子供だったような気がするが…。







「あ、ごめん。間違えた」





きっと同姓同名の人違いだ、と思いは踵を返した。