イタリアに若手だが腕の良いパティシエが居ると言う情報が持ちきりだった。
たかが菓子如きで浮かれやがって、と思っていたが何を思ったかウチのボスは「食べたい」と言った。
どうやらこの間偶然にも買えた時、その味を気に入ってしまったらしい。
店で買ってくれば良いだろ、と言えばいつ行っても商品が無いと拗ねる。
どれだけ人気なんだ。面倒くさくなったので、「じゃあ呼びつけろ」と言ったら物凄く項垂れた。
「なんだその顔は」
「…もう一回会いに行った事があるんだよ…」
成程、断られたな。
そんなにもそいつの菓子が食いたいのか、このダメツナは。
呆れて溜息を吐くと、ツナが急に強気になった。
「言っておくけど、あれ食べたら絶対他のケーキなんて無理だよ?!」
「はあ…?なんでパティシエ一人に振り回されてんだお前は。さっさと仕事しろよ」
大量の書類をデスクに置いて、部屋を出て行く。
恨み言が聞こえたが無視だ。
「あ、おはようございます。リボーンちゃん」
「ハルか。……なんだその箱は」
現れたハルの手には大事そうに抱えられた小さな箱。
それも洋菓子を入れるそれだ。
「よくぞ聞いてくれました!!これこそが今有名なパティシエのケーキですぅ♪ようやく買えたんですよぉ」
ハルの声に釣られる様にどどどどと地鳴りがする。
嫌な予感がしてドアの前から避けると、ツナが物凄い形相でドアを開けた。
「ちょっちょっとハル!!それ本当?!買えたの?」
「はいっvv今日も売り切れててお店の前で溜息を吐いてたらですねvv」
『あうぅぅ…また買えなかったです……』
目の前のケースの一部は空っぽ。
朝一番に乗り込んできたというのに、開店同時に売切れてしまうと言うこの電光石火。
ハルはとぼとぼと店を出て帰ろうとした。
すると後ろから少年の声がかかったのだ。
『ねえ、そこのお姉さん?』
振り返った先に居たのは鮮やかなオレンジ色の髪の毛を可愛らしい赤いピンで留めている少年。
手には箱を持っている。
『はひ?!ハルですか?!』
『毎日来てるけど…いつも買えないみたいだからこれあげる』
『い、いいんですか?!で、でも貰うなんてとんでもないです!!お金払います!』
『え、いいのに……。ま、受け取っておくけど。オレこの店で働いてるからいつでもちょろまかせるし。なんならお姉さんの分キープしとこうか?』
『えええ!?そんなことして大丈夫なんですか?』
『良いでしょ、結局買ってもらえるなら』
そう行ってハルからお金を受け取ると少年は店に戻った。
「というわけなんですー♪」
「いいなあ〜…一口ちょうだい」
「駄目です!幾らツナさんでもこれだけは譲れません!!」
「えええ〜!!いいじゃん!」
ご機嫌なハルに強請るツナ。
勿論苦労して手に入れたものを、しかも好物を易々と渡してはくれないハル。
二人の攻防を傍観者として離れた位置で見ていたリボーン。
そこへノックが聞こえた。
「ハルちゃん、いる?」
「京子ちゃん!!どうしたんですか?」
「美味しいお菓子が手に入ったから一緒に…あ、もう食べてる」
京子も手に箱を持っていた。
だがそれはハルのように店で持ち帰り用にくれる箱とは違い、まるでお裾分けという風に適当に包まれたもの。
「わあ!それあの有名なパティシエさんの?いいなあ〜私買えなかったよ」
ハルの向かいに座り、自分も食べるべくケーキを取り出す。
ハルが食べているのはガトーショコラ、京子が取り出したのはティラミスだ。
「ところでツナ、お前が会ったパティシエってのはどんな奴だったんだ?」
「うーんと……高校生位の男の子で、金髪の。ああ、この雑誌に載ってるや」
ツナが出した雑誌の特集は“イタリアのお薦めドルチェ”。
そこにはデカデカと写真入でパティシエと店が載っている。
「…いけ好かねえ顔してんな。こんな奴が作った菓子が美味いのかお前ら」
ツナとハルを見てリボーンは言う。
写真の男は言っては悪いが、胡散臭い顔だった。
整ってはいるが、まるでそこいらで女に声をかけていそうなチャラくさい奴だったのだ。
「うわ、美味しい。凄いなあ…あんなに小さいのにこんなに美味しいの作れるなんて」
「京子ちゃん、それどういう意味?」
「あのね、コレくれたの、買い物とかでよく会う子なんだけどこの間小銭が足らないって言ってたのを見かけたの」
スーパーで小銭が足らなく、往生している所に京子が偶然通りがかり足らない分を足してあげた。
すると小銭を返すついでに、お礼だと言って手作りのティラミスをくれたらしい。
「まだ小学生くらいなのに一人でいつも買い物してるの」
「へえ…」
「ダメツナ、そいつに爪の垢でも煎じて貰え」
「酷いよ、リボーン」
「はひー。今日ハルにケーキ売ってくれたのも小学生位の子でしたー」
「凄いねー。あ、ハルちゃん一口交換しよ?」
「はいっ!どうぞです!」
女性二人が微笑ましく互いのケーキを食べ合う。
しかしハルは次の瞬間固まった。
「ど、どうかしたの?」
「…こ、これ…あのお店のケーキに負けてない位美味しいです…!!」
「嘘!?…京子ちゃん、俺も一口貰っていい?」
「え?うんどうぞ」
綱吉も一口食べてみて、固まった。
「うわ…本当だ…!」
「じゃあそいつに作ってもらえ。そしたら手間が省けるだろうが」
リボーンの言葉を聞いた瞬間、綱吉は京子にその子供の特徴を聞いた。
「えーっとねえ…オレンジ色の髪の毛で、いつも髪留め付けてる」
「…何処かで聞いたような…」
「私が良く行くお店の傍に住んでるって言ってたよ。昼間は仕事してるからいないけど」
「ちょっと、暇な人いる?!手伝って欲しいんだけど」
おいおい、私用に部下を使うな。
一応心中でツッコミはしておいたが、リボーンは黙っておいた。
そして京子の皿から一口ティラミスを奪うと、そっと口の端を上に上げた。
「なかなかうめえじゃねえか…。好みの味だ」
夜八時。小さなアパートの前に黒塗りの車が止まっていた。
そこの住人である少年は訝しげにそれを見ながら通り過ぎようとしたが、自分が横切った瞬間車のドアが開いた。
「…?」
「Ben tornato.(おかえりなさい)」
「…?何かオレに用?」
「あ、日本語大丈夫なんだ。よかった。今日うちの者が世話になったみたいだから、お礼にね」
車から降りてきた綱吉に少年は目つきを鋭くした。
綱吉が一歩一歩近づいてくる度に一歩ずつ後ずさる。
「警戒しないで、俺はボンゴレファミリー十代目ボスで綱吉・沢田って言うんだ。君は?」
「ボンゴレ……?…!!マフィア!!」
綱吉の正体に気付いた瞬間険しくなった少年の表情。
しかし次に車から降りてきた人物によってその表情は変わる。
「待ってください!!ツナさんは怖い人じゃないです!!」
「お願い、話を聞いて!」
「…朝のお姉さんと、スーパーのお姉さん…」
ハルと京子の説得により、事情を理解した少年はひとまず車の中で話をすることになった。
何せ外はもう冬。こんな中落ち着いて話も出来ないし、かと言って信用されていないのに少年の家に押しかける事も出来ないからだ。
「…で、オレに何の用?」
「その前に名前を聞いても良いかい?」
少し考えた後少年は口を開いた。
「…。で、用事は?」
何者も寄せ付けない、と言った態度はとても子供のものとは思えない。
綱吉はどうしたら警戒を解いてもらえるのか頭を悩ませた。
そこで口を開いたのがハルだ。
「あ、あのですね!君お菓子作りが上手なんですよね?」
京子も続く。
「うん、あのティラミススッゴイ美味しかったよ!!」
その言葉には目を軽く見開いた後、軽く頬を染めた。
「…ありがと」
ポツリだが、聞こえた言葉。
照れくさそうに言うその様子は正に子供特有の表現。
その様子が大変可愛らしく、ハルや京子、綱吉や運転席にいる山本は心和ませた。
「それでね、是非君にお願いがあるんだけど。もし、良かったらウチで働かない?勿論専属パティシエとして、住み込みで」
「!?」
「ごめんね、勝手なことしたけど調べたんだ。君今一人暮らししてるんでしょ?」
綱吉の言葉には目をまた鋭くさせた。
そして出てきた言葉は意外なものだった。
「軽々しく言うな!!もし断ったとしてもオレはお前らにどうせ殺されるんだろ!?」
「「「!!?」」」
の言葉を否定しようと、京子とハルが喋ろうとするがそれは当の本人によって遮られた。
「大体ボスの素顔を見た奴をすんなり野放しにするとは思えない!何がお願いだ!!」
「…く」
「ほう、中々解ってるじゃねえか。見込みがありそうだな」
綱吉の言葉を遮ったのは助手席にいたリボーンだ。
彼の右手に握られた銃の照準はに向いている。
「リボーン!!!」
「ツナ、こいつ只者じゃねえぞ。車に乗った時からずっと俺に殺気飛ばしてやがった」
綱吉は銃を下げるように言おうと思ったがの手にはフォークが数本握られている。
「…ほう、やる気か?」
「上目線から見てんじゃねえよ。生憎こっちは一人で生きてく為に色々やってんだ。それくらいでびびるかよ」
しばらく睨み合った後、リボーンは銃を仕舞った。
は訳が解らないと言う表情をしたが、リボーンは笑みを浮かべた。
「あんなろくでもねえ奴の影ではした金で働かされて満足なのか?」
「!!……そんなとこまで調べたのか」
「ああ、あの店の人気のケーキ類を作ったのはお前だろ。手柄全部取り上げられてるみてえだがな」
ツナの頼みをあのパティシエが断ったのも自分が作れないとばれない為だな、とリボーンは言う。
ハルと京子が驚きの表情を浮かべる。
はそっとフォークを仕舞うと肩を落とす。
「…あいつはオーナーの息子なんだよ。驚く程才能ねーけど」
の才能に目を付けたオーナーが、「お前の商品も店に置いてやる」と言った。
だが作ったのはではなく、オーナーの息子と言うことになっていた。
勿論抗議をしようかとも思った。
だけど、もう正直どうでもよかった。
オレはただ作ってりゃいい、給料も貰っているわけだし目立ちたいわけでもない。
「お前、そんなので満足なのか?」
「別に、もう慣れた」
そう切り返すの表情は全くの無だった。
怒りや、悲しみなど一切感じない。
恐らくずっと感情を押し殺していたのだろう。
それ故に麻痺しているのだ。
「「「「駄目(です/よ/だぜ/だよ)!!!」」」」
四人に同時に言われは目を見開いた。
「君が作ったんですよ!?もっと自慢して良い筈です!!」
「そうだよ!私、君が作ったお菓子大好きなんだよ!?自慢したいくらいだもん!」
「自分が作ったものは言わば自分の子供みてーなもんだぜ?ま、親父の受け売りだけどよ」
「何もしてない奴が人の努力を踏みにじっちゃいけないんだ。それは君だけのものなんだからね!」
口々に言われる言葉はにとって初めてのものばかりだった。
それ故にどう反応して良いか解らない。
トドメはリボーンの言葉だった。
「お前が作ったもんをあいつが作ったもんだと思い込まれたまま“美味い”って言われて嬉しいか?京子はお前が作ったと知ってて“美味い”と言ったぞ」
「……!!」
その言葉を聞いた瞬間、の表情が初めて感情を露にした。
「…嫌だよ…。オレが作ったのに…オレだって言えないなんて……」
大きい瞳からは雫が落ちた。
すぐにそれは拭われたが、拳は震えている。
綱吉はそっとの髪を撫でる。
「もう一度、お願いするよ。ボンゴレのボスとしてではなく、君のケーキが食べたい一人の人間として」
「ハルもです!!!」
「私も!!」
「俺も食ったことねーんだ。作ってくれよ、」
「正直あのティラミスは気に入ったぜ」
暖かい。
こんなにも暖かい言葉を貰ったのは初めてじゃないだろうか。
は口を開いた。
答えは、NON(いいえ)ではなかった。
「へえ、新入りが入るって?だからってなんでそれが改築に繋がるのか説明してもらえる?」
「どうせなら使いやすい方が良いと思って。カフェ風キッチンを一つ作ってあげたいんです」
事のあらましを後から聞いた雲雀は図面を見ながら呟いた。
一人増えるとは聞いたが、わざわざ屋敷を工事すると言い出したのには耳を疑った。
「そこは癒しの空間になると思いますよ。疲れた奴等が行けば、美味しいお菓子と紅茶、それから可愛い笑顔が見れる」
「ふーん…」
「あ、そって顔してるけど雲雀さんも常連になること間違い無しですよ。さっきから食べてるそれ、新入りさんの作品ですから」
雲雀ははた、と手を止めた。
自分がこの部屋に入ってきた時から既にあった和菓子。
そんなに甘い物を好まない自分でも食べたいと思ったのだ。
気付けば手を伸ばしていた。
「世界各国のお菓子を作るのが夢って言ってましたから。日本の研究もしてたみたいです」
だから日本語ペラペラだったんだ、と綱吉は一人呟く。
「…ねえ、その新入り。今何処にいるの?」
「山本とリボーン連れて、元職場に挨拶に行きましたよ」
今までお世話になったお礼も兼ねて、ねと意地悪い笑みを浮かべる綱吉。
数日と経たない内に、店は潰れたそうだ。