「初めまして、碇シンジ君。一応君の先輩、ってことになるのかなオレは」
「一応、じゃなくて先輩でしょう?シンジ君紹介するわ。彼はゼロ・チルドレンの 君」
「え…?“ゼロ”…?」
「そう、ゼロ」


ミサトに連れてこられた部屋にいたのは自分と同じくらいの年格好の少年。
目の前の少年はにこっと優しく笑って見せた。




















の人間



























「シンジ君、良かったら一緒に飯でも行かないか?レイも暇だろ?」
「え…僕…」
「行くわ」



シンジは目を見開いた。

父以外には笑みを見せない綾波 レイが笑顔での誘いを即受けたのだから。






戸惑っているといつの間にか腕を引かれ、あれよあれよと連れてこられたのは小さなアパート。
その中はけして質素というわけではないが、家具などが少なくとてもさっぱりしている。




「え…飯って」
「オレが作るんだ。大丈夫だって、不味いもんはださねえよ」




出来たら呼ぶから座ってて、とソファーに促される。
レイは座らずにの傍にいた。


シンジはそれがどうしても慣れない。



あのレイがこんなに積極的に人と関わっているところを自分は見たことが無いからだ。
シンジが彼女に抱いているイメージとしては、他者に壁を作っている、または人と対することに無関心というもの。
それなのに、と接している彼女はそのどちらにも当てはまらない。




ふと、二人を観察しているとレイは別にの手伝いをしているわけではない。
ただの隣に立っての一挙一動を逃さず見ている。



その姿はまるで、子供が料理をしている母親に纏わりついているかのようだった。







『…って君は男じゃないか。何考えてんだ僕は…』



男、なのにどうして彼に“母”というイメージをつけてしまったのだろう。
しかしあながち間違いではないように思える。

レイに対する態度が、そう見せているのだろうか。










「さて、お待たせ。出来たよ」





食卓に並ぶ料理は、凄く手が込んでいるわけでは無いがとても美味そうだ。
シンジはそっと目の前に皿に手を伸ばし、乗せられている料理を口に運ぶ。






「…美味しい」

「よかった。ドンドン食えよ。ああレイ、お前肉食べないよな、じゃあこれ食え」

「…ありがとう」




確かに味はとても美味しい。
見ればレイもどんどんと箸を進めている。

時折、がレイに「あーん」と口に物を運ぶとレイはそれをあっさり口に入れる。

その光景にもシンジは驚いていた。






「…あの、君」
「ん?」
「ゼロ・チルドレン…って言ってたけど僕、君がエヴァに乗ってるの見たこと無い」




唐突な話だったが、シンジはそれを出逢ってからずっと考えていた。

自分がネルフに来た時、自分以外にはレイしかエヴァに乗れるチルドレンはいなかった。
今はアスカがいるが、がゼロ・チルドレンだとしたら彼はいつエヴァに乗っていたんだろう。





「オレはね、ホント言うと初号機に乗るはずだったんだ」

初号機、それはシンジが乗っているエヴァ。



「だったら…なんで僕が…」



「オレが初号機に受け入れられなかったから」





は箸を置いた。







「シンジが来る前にシンクロ率を測ったことがある。だけどオレは初号機では10も満たなかった」



初号機最初のシンクロ率は8・7%
これでは起動も出来やしない。
それ以降何度やってもシンクロ率が10を超える日は無かった。




「それでもチルドレンなのだから、と零号機や二号機に乗ったよ。そしたら40%は出せたんだ」



何故か初号機だけが、オレを受け入れなかった。




「今じゃレイやアスカちゃんがいるからね。オレは必要ないんだ。でもいざという時の為ネルフにいる」
「いざって…まさか…」

「そう、“予備”なんだよ、オレは」







初号機がを受け付けなかったのは、何故か解らない。
けれど二号機や零号機どちらにも乗れるのなら問題はない。
パイロットが欠けた時、もしくは新しいエヴァの為の予備パイロットなのだとは言った。







レイはを見た。
その視線に答えるよう、はレイの頭を撫でた。





「でもそれでも良いんだ。必要とされているなら。

だけどレイやアスカちゃんやシンジが捨て駒にされるのならオレはエヴァには乗らない。君達の代わりは出来てもオレは君達にはなれないんだから」








多分初号機もそう思って、オレを受け付けなかったんだろうなとは言う。
シンジでなければ認めないと、代わりは要らないと。











「…ごめんなさい」




「?」




「僕…君がいるならどうして僕がエヴァに乗らなきゃいけないんだって思ってた…。どうして僕が…って」








シンジは俯き、肩を震わせる。


はそっと近づくと、シンジの頭を抱きこむように抱える。











「確かにエヴァに乗るのは楽しいことじゃないよな。戦って、戦って…痛い目に遭うこともある」

「僕は…乗りたくない…。でも…乗らなきゃ…皆が僕を見てくれない」




「あのなぁシンジ。オレは多分他のチルドレンの痛みが一番解る人間だと思うんだ」





え?とシンジは顔を上げる。
そこには優しい笑顔。




「ミサトさんやリツコさん、司令だってエヴァには乗れない。

でもオレは乗れる。だからこそパイロットの気持ちが解る。

シンジが感じた恐怖、レイが受けた痛み、アスカちゃんが募らせた焦燥感。そういったものが全部解る」







だからこそ、オレの存在意義がそこにあるのだ。









「オレはお前らを支えてやりたいんだ。外からはミサトさん達に任せる。でも中、そう心の支えはオレがしてやる」









だから、辛い時は言え








その言葉はまるで、母親が子供を慰めるような

そんな暖かいものに感じられた。





シンジは今まで溜め込んでいたもの全て、涙で流した。





















時間が経ち、帰るには少し晩くなってしまった為今日はの家に泊まることになった。
狭いながらもこのアパートは二部屋個室があるので男子と女子に分けようとしたところ、レイが


「私はこっちでいい」


とシンジの部屋で寝ると言い出した。



シンジは少し焦ったが、が仕方無いなぁと快く受け入れたので今は三人川の字になっている。













「…綾波がこんなに人と接してるの初めて見たよ」
「そうか?レイはこんなもんだぞ」


シンジ・・レイの順番で寝ているのだがレイはもう熟睡している。の腕にしがみ付いて。


「大体学校では誰とも話さないし…」
「社交的じゃないからなー。でも出会った時はオレに対しても無関心だったぜ」

「え?じゃあどうして?」
「…うーん…一ヶ月くらい毎日話しかけて、何処行くにも連れまわしてたらいつの間にか隣にいるのが当たり前だったんだよな」




の性格上、強引さで押し切ったのだろうとシンジは思った。
そしてレイの淡々とした返事でもは嫌な顔一つせず受け答えしたに違いない。
それでレイは心を段々と許し、今のレイがあるのだろう。


君は…綾波が好きなの?」
「好きだよ」


サラリと答えたにシンジは目を見開く。





「レイもアスカちゃんもミサトさんもリツコさんも、そしてシンジも」





笑顔でそう言われて、シンジは顔を赤く染めた。
部屋が暗くて良かった、と思いつつ必死に平常を保つ。


「きっとオレが持ってるのは男とか女とか関係ない、親愛っていうのかな…まあそんなもん」

「そっか…綾波を見てると母親に甘える子どもみたいだった…あ」
「オカーサンかよ。男だっつうのオレは」
「ご、ごめん…。でも綾波が羨ましいよ」

「何が?」

「僕…君のこと今日初めて知ったけど、君もっと前からいたんだろ?なんか勿体無いなぁって」
「それはしょうがないよ。オレだってシンジが来たこと知ってたのにシンジ、入ってから色々あったろ?」
「…う」



それを言われると正直辛い。



「ようやく落ち着いてきたようだったからさ。エヴァにも乗ってないチルドレンなんて奴に会うの正直気が進まないだろ?」
「…そ、そんなこと…」

「フフ、さあもう寝ようか。明日も早いしな、おやすみシンジ」
「…おやすみ、君」








こんなに安らかに眠ったのは幾日ぶりだろうか。































―――翌朝、ドンドンとドアと叩く音で目を覚ました三人。



「お?なんでまたこんな朝早くに」

時計を見ればまだ朝の六時半。流石にまだネルフには行かなくてもいいはずだ。



「…、どうしたの?」
「レイ、まだ寝ててもいいぞ。シンジも」
「うん…でも目覚めちゃったし」




起き上がりインターホンのカメラをつけると其処には怒った顔のアスカ。


「あれ?アスカちゃん?何だろうねこんな朝早く…はいはい今開ける…
どわ!!!
君!?」



ドアを開けに行ったがドタンと音を立てて倒れたのに気がつき、シンジとレイは急いで駆けつけた。
すると其処にはアスカに押し倒されたの姿が。





「おはよ、アスカちゃん」
「おはよ――じゃないわよっ!何してんのよ!!なんでここにこの二人がいるのよ!」


この二人――とは言わずもがなシンジとレイ。


「昨日ウチに呼んで飯食って、晩くなったから泊めたんだよ。てかアスカちゃんこんな朝早くどしたの?」
「このバカシンジが帰ってこなかったからミサトに聞いたのよ、そしたらの家に行ったって言うから!!」
「じゃあ始発で来たんだねー」
「そんな呑気な会話しにきたんじゃないわよ!どうしてあたしには声かけてくれなかったのよ!」

「アスカちゃん、加持とどっか行ってただろ?オレ捜したけど見つかんなかったぞ」





そう言うとアスカは「うっ」と押し黙った。

確かに昨日は加持の仕事部屋にいた。
は加持の仕事部屋の場所を知らない為、アスカを見つけられなかったのだ。






「はいはい、誘わなかったのはオレが悪かった。機嫌直せって」

ちゅっと可愛らしい音を立ててアスカの額にキスをすればアスカはもう何も言わない。
代わりにの胸に頭を押し付け、顔を隠す。






『なんか置いてかれた子供が親に愚図ってるみたい…』


シンジは一人心の中で呟いた。







このという人物は、自分たちにとって理想の“母親”なのではないだろうか。