彼女は笑顔を見せない。
口元を緩め、多少の笑みなら見られるが女の子独特の柔らかい笑顔というのが出来ない。
仲間内で見たことのある奴はいない。

だがそうなるとますます見たくなる。





「ボスは見たことあるか?」
「…どうしたの?唐突に。ていうか君、仕事は?」


我がボスこと十代目沢田綱吉は只今大量の報告書の山と戦っていた。
この間雲雀と骸が壊滅させたマフィアのやつなんだろうけど、あの二人が半端なく暴れた為味方内にも被害が出たのだ。
おかげでリボーンはお冠である。



「仕事なら片付けた。ほい」

オレに与えられたのは他所のファミリーの情報収集。
オレはファミリーの密偵役を担っている為、朝飯前だ。
この間会談中に不快な発言をしたファミリーの弱味を握る為、言葉の通り足で掻き集めた物だ。


「うわ…短時間でこんなに…」
「つつけばつつくほどボロが出るファミリーだったからな。で、見たことある?」
「なんでまた急にそんなこと言い出したの?



クロームの笑顔、なんて」






霧の守護者は二人いる。
本来なら六道骸ただ一人なのだが、彼が牢獄に捕らえられている最中代わりに守護者を務めていたのがクローム髑髏だ。
骸が守護者に納まった今も、綱吉の希望でクロームは守護者の位置についている。



「ハルや京子は可愛い笑顔で笑ってくれるんだけどさ、オレ一回も見たことねえ。ボスなら昔からの付き合いだろ?」
「って言っても俺もそんなには…。やっぱりクロームが笑うって言ったら…アレじゃない?」
「……アレ……か」















「骸様、まとめておいた書類です」
「ありがとう、クローム。流石君は仕事が速いですね」



廊下でほんわかと会話をしているクロームと骸。
彼女にとって骸は恩人であり、大切な人だ。
確かに骸の前なら彼女は笑うだろう。




「でも、はにかみはするけど笑いはしねえよなあ…」





「何してるびょん?

「コソコソと…骸様に見つかるよ?いつも毛嫌いしてるくせに」



陰からこっそり様子を伺っていたら丁度任務から帰ってきた犬と千種に会った。
そうだ、この二人なら見たことあるかもしれない。



「なあ、お前らクロームの笑ったとこ見たことある?」
「……いきなり、何?」
「ケッ!あんなブスが笑ったとこなんて見たくねー…
ぎゃっ!!?


失礼なことを言った犬は制裁を加えておき、千種の返答を待つ。



「で、どうなんだ?」
「……あんまり。基本無表情だし」



それをお前が言うかなあ。










その後も暫く観察してみたが、全然笑う様子はなかった。

まず基本クロームは骸やボス以外と居る事は無い。
一人でいる時に笑顔になる奴はいないよなあ。

女の子同士と話していても、一言二言交わすだけ。








「……見られねえなら、自分の手で笑わすしかないよな」













次の日からオレはクロームに積極的に話しかけることにした。




「おはよっクローム!」
「…………おはよう」


長〜い沈黙だなあ。
こりゃあ笑顔なんて遠い道のりだ。




「ねえねえ、クロームお腹空かない?美味いパスタ屋見つけたんだけど」
「……いい」



むう!これは手強い!!!
でもメゲナイぞ!!








「クローム。これ、お土産なんだけど」


「あ、任務行くのか?頑張れよー」


「おかえりー。疲れたろ?甘いもん食べる?」














がクロームに話しかけるようになって二週間。
周りのメンバーも疑問に思い始めていた。




「なあ、最近やけにクロームと仲良くねえ?」
「はひ!!山本さんにもそう見えましたか!でも一方的にさんしか喋ってないですう」
「でもよー最近付き合いわりいよなあ。いっつもあの女の方行くし」


広間で山本、ハル、獄寺が話しているのを通りがかった骸は偶然にも聞いてしまった。
そういえば最近クロームが溜息をつく事が多くなったな、と思い出し原因はにあると解った。

ここは注意すべきことなのか、はたまた様子を見ようかと思考を廻らせていると向こう側から歩いてくる雲雀を見つけた。
何やら機嫌が悪そうだ。




「おやおや、随分ご機嫌斜めですね」

「……五月蝿いよ」



横を通り抜けようとした雲雀から微かに鉄のニオイがする。

見れば雲雀の腕から白い包帯が見えていた。



「これは、雲雀恭弥ともあろう方がドジを踏んだのですか?明日は雨ですかねえ」


皮肉を込めた言い回しをすれば、雲雀は足を止めた。
反論が来るか、トンファーが来るか待ち構えていた骸だが、返って来たのは意外な言葉だった。




「ああそうだね」

「…は?」




あっさりと肯定され、目を瞬かせていると医療棟の方が騒がしくなってきた。
誰か負傷したのか、と呑気に考えていると雲雀が全速力で駆け出していった。
あんなに焦る雲雀を見たのは初めてだ、と思い骸も後について走り出した。






「バイタルが乱れてます!!」

「体温も戻りません!!」



バタバタと駆け回る医療班。



こんな大事になったことはここ最近無い事だった。
骸は何事かと、近くを通りかかった医師を捕まえて問う。



「何ですか?この騒ぎは」
「…氏が先程瀕死の状態で戻られ、今とても危ない状態です」
!!??何故です!?彼は今日は非番だった筈でしょう!」
「それが…私共にはわからないのですが…」



「彼は僕を庇ったんだよ」




答えたのは集中治療室の中にいるを見つめる雲雀だった。



「…なんですって…?」
「この間、君と僕が壊滅させたファミリーに生き残りがいたんだ。勿論、自分の汚点は自分で消したよ」
「じゃあ何故…」
「どうもそれで目障りなのを呼び寄せてしまってね。他のマフィアが集まりだした」





雲雀は相手がどんな大勢であろうと負けるような人間ではなかった。
だが、マフィアの一人が大量の爆弾を身に付け突っ込んできた。
火事場の馬鹿力と言うのか、そいつは執念で雲雀から離れなかった。




「爆発寸前で、僕は思い切り何かに引っ張られた。煙がはれて最初に見えたのは横たわる彼だった」




非番で、クロームの為に菓子を買いに行っていたは雲雀を見つけた。
ただ見えたのは大量の爆弾を抱えた男が雲雀の足にしがみ付いているということだけ。
無我夢中で雲雀を引き剥がしたのだが、その代わり自分が衝撃をその身に受けてしまったのだ。



「…っ!!」


骸は一度開いた口を閉じた。
一瞬雲雀を罵ろうかとも思ったが、自分も原因の一端だ。
ここで自分が雲雀を責める事は出来ない。






「…今夜が峠です」



重く響いた言葉は絶望の鐘を鳴らした。














「…っ…」



任務の為屋敷を出ていたクロームは違和感を覚えていた。

最近は屋敷へ帰ると一番最初に見るのはの顔だった。
無論の方から来るのだが、今日は声すら聞こえない。

いつもあったものが無くなると少し不思議な感じがしたが、任務で出ているのだろうと気にせず部屋へ戻った。





何故か屋敷の中の雰囲気は暗く、静かなものだった。
皆いないのか、と思い骸達の姿を捜すが見当たらない。

自室へと戻ってはみたが、落ち着かないので骸の部屋を訪ねてみた。



「…あの…骸、様…?」



「……ああ、クロームですか。どうぞ……」



骸の返答が来て、ドアを開ければ中には元気の無い犬や黙り込んだ千種もいた。
自分が出かけていた間に何かあったのかと問おうとしたが二人は一切口を開かない。



「あの…骸様。どうしたんですか…?」
「……」



骸は悩んでいた。
の現状をクロームに言うべきかどうか。

だが、最近自分の周りにいた人間が急に居なくなれば疑問を抱くだろう。
だけど口に出したくなかった、が死の間際に立たされていることを。






「…少々トラブルがありましてね…。皆柄に無く落ち込んでしまったんですよ」
「え…?」
「ですから、クロームが元気付けてあげてください。ここでクロームまで落ち込んでしまっては屋敷中の雰囲気が悪くなりますからね」




クロームはそれ以上骸に何も聞けなかった。
骸の瞳が深い悲しみを宿しているのに気付いてしまったから。





「…はい」


ただ、小さく頷くしか出来なかった。










あれから三日が過ぎたが、クロームの許へが現れることは無かった。

今までの任務上二日以上屋敷を空けることは無かった。
故に疑問を抱き始めた。


あれだけ毎日自分の所へ来ていたのに、急に来なくなると何故か気になる。
もう自分に興味が無くなったのだろう、そう思えば別に構わない筈なのに嫌に胸が痛い。



「…変なの」



その夜、胸の痛みが何なのか気になってクロームは眠れなかった。
なんとなく部屋を抜け出し、眠たくなるまで散歩をしようと廊下を歩いていると何処からか話し声が聞こえてくる。




医療棟へと続く道、そこには綱吉とリボーンの姿。
二人共神妙な面持ちで話している。

引き返そうとしたが、聞こえてきた声に足が止まった。




「…状態は?」
「はっきり言って最悪だ。峠は越えても回復の兆しすら見えねえ」
「そんな…、じゃあ君が目覚めることは無いって言うのか!?」






急に血の気が引き、眩暈がした。
確かに死と隣り合わせのこの世界では、いつ何時別れが来るかわからない。

だけど、ついこの間まで傍にいた人がいなくなる経験をクロームはまだした事がなかったのだ。







・・・・カタン

「!!」



立ちくらみで微かな物音を立ててしまい、綱吉とリボーンが此方を向いた。
誤魔化すことは出来ない、と判断しクロームは素直に出て行った。



「…っクローム…」

「…ボス…今の話…」



ばつが悪そうな顔をした綱吉、そして腹を括れと言うリボーン。




「クローム…ついてきてくれる?」


クロームはボスに大人しく従うしかなかった。














「此処は…」



面会謝絶と書かれた厚い扉。
そこはICU。


綱吉はカードキーと指紋照合で、扉を開けた。
中に入ると全身を消毒される。
そして薄いカーテンで覆われた入り口をくぐった。





「…っ!!」



横たわるのは沢山のコードを体へ繋いだ
白い肌には血の気が無く、ただ無機質に心臓の動きを伝える電子音だけが響き渡る。



「…三日前に重傷で帰ってきてね、峠は越したけど意識が戻らない」
「このまま死ぬ可能性もあるし、植物状態ということも有り得る」


綱吉とリボーンの言葉がクロームにはまったく聞こえなかった。
ただ解っているのは目の前の人が、自分を見てくれないということだけ。



君、最近クロームの所によく行ってたでしょ?」
「…はい」
君クロームの笑顔が見たいんだって」
「…え?」







正直意味が解らなかった。
何故自分なんかの笑顔を見たいのか、興味本位なのだろうかとクロームは思った。
だけどそれはすぐに否定された。



「言っておくがアイツは変わり者だぞ。笑顔を見るだけなら自分の特技活かせばいつか見られるってのに」

は密偵だ、クロームに隠れて調べることなど幾らでも出来る。



「でも君は、"他人のお陰で笑顔見れても嬉しくない”っていつの間にか目標が

《笑顔を見る》から《自分の力で笑顔にする》に

変わってるんだもん」





毎日話しかけてきたり、何かと物を持ってきたり。

最初は変な人だとも思った。

けれども、来なくなって初めて自分が来るのを待っていたのだと気付いた。





「…ボス、このままだと…死んじゃうの…?」

「正直危ない…。でも、呼びかけてあげて。声が届けば目が覚めるかもしれない」





思えば、話しかけてくるのはの方でクロームから話しかけるのはこれが初めてだ。
名を呼んだ事も無い、どう言えば良いのか迷った。







「………お願い、起きて…」




届くかどうかなんてわからない。
けれど、もし聞こえたならもう一度あの暖かい笑顔で呼んで?









ピクリとの指先が動いたのを三人は見逃さなかった。
電子音が少し速めの感覚で鳴り始め、薄い唇から吐息が漏れた。




…ぅ……あれ…まーだ夢見て、んの…かなあ…。オレの…名前…呼んだの…クローム?



ゆっくりと閉じられていた目が開かれ、囁き程度の声が聞こえた。




「…君…!!」

「ようやく起きやがって。仕事どっさり溜めておいたからな」

うわーーー…最高な目覚めだったのに…死の宣告だぁーー…




死の淵から戻ってきたばかりだと言うのに既に軽口を叩けるとは流石ボンゴレファミリーの一角を担う男だ。
クロームは自分でも頬が緩むのを止められなかった。



あー…笑った。…それが見たかったんだよ















後日、すっかり回復したは再びクロームにつきまとっていた。




「何あれ。もう目的は果たしたとか言ってなかった?」


それを面白くなさそうに見るのは雲雀。
実は一番の事を心配していて、目が覚めたと言う知らせを受けた後数秒と経たずに駆けつけたのは彼だ。


「それがさーー…」







「可愛い子猫生まれたんだって。一度見に来ないかって誘われたんだけど一緒に行かない?」
……子猫……でも、骸様に聞かないと…」


クロームは一番骸を信頼している。
自分の意見よりも先ずは骸の意見だ。勝手に行動することは無い。



「大丈夫だって、骸には伝言頼んでおいてさ」
「でも…」


「行こう?…凪」
//////!!」
「お、その表情も良いね」







真っ赤に染めた顔を見て喜ぶ
傍から見たらバカップルのそれだ。





「“人間らしい表情全部見たい”んだって」
「一つ叶うと人間欲が出るもんだな」







願わくば、君の全部の表情を僕の傍で見せて?








君の為なら道化にでもなれる