亡くなった筈の先輩が戻ってきたと竹谷先輩が嬉しそうに話した。
先輩…亡くなった生き物は還ってこないんですよ。
だから貴方はいつもこっそり一人で泣いてらっしゃるじゃないですか。
皆、先輩が大好きだったから
似ている人に出会えて冷静な判断が出来なくなってるんじゃないのか?
忍として…それはどうかと思うけど
と、昨日までの僕は思っていた。
今日も僕は愛しいあの子を探して歩き回る。
お散歩が好きなのは仕方ないけれど、戻ってこないのはいただけない。
彼女は学園内では有名だから、誰かに間違って攻撃されるようなことはないだろうけど
もし外へ出てしまっていたらと思うと気が気でない。
「じゅんこー。じゅんこー…どこにいるんだい、じゅんこー」
もうほとんど探し回ったというのに…どこにも見つからない。
どうしよう…まさか本当に学園の外に出ちゃったんだろうか。
「じゅんこー…」
「おや、綺麗なお嬢さん。どこへお出かけ?」
校舎の裏に回った時、声が聞こえた。
その声が誰のものかなんてすぐに分かった僕は咄嗟に隠れてしまった。
じゅんこは見つかった。
けれど、じゅんこの側にはあの人がいた。
「一人でお散歩していると君のご主人が心配するよ。…じゅんこもオレを覚えてくれているのかい?」
≪シャー≫
じゅんこは嬉しそうにその人の腕に巻き付く。
その人は笑顔でじゅんこを撫でる。
「じゃあ一緒にご主人の所へ行こうか。…まだオレも孫兵に会ってないからね。じゅんこ、口実に使わせておくれ」
ドキッとした。
自分の名前が呼ばれたことに。
やっぱり、あれは先輩なの?
僕が二年生の頃、先輩はいなくなってしまったから思い出は他の先輩方より少ない。
けれど、あの優しい声は忘れない。
「じゅんこ、オレは孫兵に謝らなければいけないんだ」
…え?
「勝手にいなくなったくせに、急に戻ってきて。心配かけただろうね、あの子は優しいから」
「でも孫兵や八達がちゃんと世話してくれていたから六花も元気でいたんだ」
先輩の声が近づいてくるけれど、僕の足は動かない。
だってこの声を聞いたら……
「だから、孫兵。ごめんね、ありがとう」
「…先輩っ!」
じゅんこを僕に手渡して優しく微笑む先輩に、抑えていた感情が溢れて止まらなかった。
「…いつから気づいていらっしゃったんですか?」
「孫兵の所にじゅんこを連れて行こうとした時からかな。やっぱり少し鈍っているな」
ようやく涙を止めた僕はしばらくの間先輩の顔が見れなかった。
三年生にもなってあんなに大泣きしてしまうなんて…恥ずかしい。
「頼りない委員長で悪いな」
「そんなことは…っ…。竹谷先輩が頑張ってくれていましたから…」
「ああ、八にはほんと頭が上がらねえな。オレが委員長代理の時から、一番動物達の事を見ててくれたし」
先輩しか知らない話が次々と出てくる。
やっぱりこの人は先輩なのだと認識させられる。
「でも、生き物を思う気持ちは孫兵が一番だよな。じゅんこを見てればわかる」
「…あ、あの」
「ん?」
「悪いと思ってるなら…!!僕と…ううん僕だけじゃない。三年生は皆先輩のことを心配してたんです!皆にちゃんと謝って、それから…
一緒に町へ行ってください!」
ポカンとした表情の先輩を引っ張って僕は歩きだした。
作兵衛だって
左門だって
三之介だって
数馬だって
藤内だって
皆 貴方が好きだったんです。
精々、皆に怒られてください。
それで…許してあげますから。
「…嘘じゃ…ないよな…?」
「ほんとに…先輩…?」
「本物…?…生きてる…?」
「……う、う〜…」
「数馬っもう泣いてる!!」
僕が同級生達の所に先輩を連れていったら、先輩は皆にもみくちゃにされて
困ったような笑顔を浮かべて
皆も泣きながら笑って
「孫兵」
僕もその中に混じって
「もう…勝手に死んだら許さないっすから!!」
「三之介に嫌われたらいけないから肝にめいじとくよ」
「せんぱっ…先輩のアホ〜〜!!俺…俺心配したんすからねえ!!」
「作兵衛、ごめんな。ありがとう」
「先輩はまた戻ってきてくれるって僕は信じてたぞ!!」
「いい子だなあ左門」
「僕…僕っ先輩が…来てくれなくて…僕のこと忘れちゃったのかなって…」
「数馬のこと忘れるわけないだろ」
「…予習してないから、こういうときどう言ったら良いかわかりません…。でも…おかえりなさい」
「ただいま、藤内」
「僕らと一緒に町に行って、その後狼やじゅんことも散歩ですからね」
「了解、どこでも付き合うよ孫兵」
そのあとのことはよく覚えていない。
泣きつかれた僕らは先輩を囲むように縁側で眠ってしまって
「え…先輩何してらっしゃるんですか?」
「勘右衛門か、可愛い後輩たちと戯れている」
「わー…よく寝てますねえ」
「泣かしてしまったからな」
起きたとき、先輩がちゃんとそこにいてくれるように
全員で先輩を逃がさないようにしていた。