俺達は貴方が死んだと聞いていた。
遺体には会わせてもらえなかった。



先輩達の雰囲気から、それは嘘なんかじゃないと嫌でも思わされて




けれどいつも思っていた。







『よっ、一緒に団子食わねえ?』




ひょっこりと貴方が現れてくれるんじゃないかって。
































三郎は先輩から離れない。
兵助も目が潤んでいる。


俺と雷蔵は多分、まだ冷静だったんだと思う。


目の前にいる人物は先輩に似ているけど…先輩じゃないと思ったから感情が落ち着いたんだ。



けれど、先輩であってくれと願っている自分もいて





「あの…先輩ですよね…?」


雷蔵が訊ねると、先輩はちょっと困った顔をした。


だけど…残念ながら君達の先輩じゃない」



金槌で頭を殴られた気分だった。
だよな…記憶にある先輩より大人びているし俺達を見て困惑しているようにも見える。



けど、この人が纏う雰囲気は先輩と全く同じ。






「三郎、離れよう?ほら、困ってるよ」
「嫌だ!!!先輩…でしょう?!私が悪戯ばかりするから仕返しでそんな意地悪言うんでしょ!?」


雷蔵の言葉を聞かず、三郎は益々先輩にしがみつく。

三郎は一番先輩に懐いていたからな…。
兵助も…先輩を尊敬していたし。





先輩は少し困ったような顔をして、三郎の髪を撫でた。

その仕草は、先輩がいつも三郎にしていたのと同じ。




「どうしてだろうか…。オレは…すごく懐かしいと思う。前にもこんなことをしていたような気がする」



…まさか、先輩記憶が無いとか?
今まで記憶が無いせいで学園に戻って来られなかったとか…?




そんなご都合主義な展開があるわけないよな…。


でも…先輩と同じ顔をしたこの人を無関係だと思えない。





「なあっ!まだ先輩いるか…!!」





手当を終えたハチが戻ってきた。

ひょこひょこと足を庇いながら歩くその姿に俺は肩を貸してやる。




「せんぱっ…」



うわ、こいつも泣きそう。

と、思ったら涙を拭ってハチは言った。





「先輩!ついてきて欲しい場所があるんです!」
「いいよ。…えーと三郎?君、離れないなら一緒に行こうか?」
「……」


三郎は何も言わず、先輩の手を握りついて歩く。
反対の手を兵助が掴み、雷蔵が後ろから見守りながら歩く。

まあ俺は肩貸してるし、結局皆ハチについて行くんだけどね。








ハチが案内した先は生物委員が管理している動物小屋のあるところだった。

それよりもう少し奥、離れたところにひっそりとある小屋。






「ここにいる奴らに会ってほしいんです」





ハチが近づき、鍵を取り出す。
ついていこうとすると、やんわりと静止された。





「ここの奴は特別なんだ。ちょっと離れててくれ」







鍵を開けると何かの影が勢い良く飛び出してきた。
その影は大きく、先輩の方へ一直線に駆けていった。



三郎と兵助が先輩を庇おうと前に立つ。
それをハチが制す。



「三郎!兵助!どけ!!!」
「何言ってんだハチ!!」
「良いから見とけ!!」


ハチの言葉によそ見をした二人を突き飛ばした影は先輩へと飛びかかった。


間に合わない!!と思い、一旦目を閉じた。








…そっと目を開けてみると驚いた光景があった。












大きな影は白い山犬だった。

それが先輩の顔を舐めている。






「…っええ…?」



先輩も目を丸くしている。







「こいつは先輩が拾ってきたんです。先輩の言うことしか聞かなくて…。先輩が生物委員の言うことを聞くように躾てくれたから俺でも面倒みれたんだ…」




山犬は嬉しそうに尻尾を振り、先輩に擦り寄っている。
先輩は恐る恐る毛を撫でてみた。




「……六花…」




「…!!そいつの名前…覚えてるんですか!」





「あれ…オレなんでわかるんだろう…」











先輩の瞳から涙が流れた。


山犬がクゥーンと切なそうに鳴く。







「やっぱり…先輩なんだよな…」

「先輩にしか懐かない六花が懐いた…何よりの証拠じゃないか」





ハチの行動によって、俺はようやく受け入れられそうだ。





どうして俺達のことを覚えてないかわからないけれど






この人は紛れも無く“先輩”なのだと。


















「…君たちの名前を教えてくれないかな。どうやらオレはこの世界を知る必要がある」





「じゃあ俺から!五年い組尾浜勘右衛門です!」
「俺は竹谷八左ヱ門、五年ろ組です!」
「五年ろ組、不破雷蔵です」
「…五年い組、久々知兵助です」
「…五年ろ組、鉢屋三郎…。先輩…本当に何も覚えていないんですか?」





縋るような三郎の目。
申し訳なさそうに眉根を寄せた先輩。






「皆、ちょっと聞いて欲しいんだ」






先輩の口から語られたのはにわかに信じがたい話だった。














先輩は俺達の知らない場所で育ち

俺達の知らない生活をしていて

気がついたらこちらへ来ていて







先輩が話している間の俺達はそれぞれだった。

兵助は先輩から片時も目を離さず

三郎はうつむいたまま、けれど先輩の傍にいて

雷蔵は真剣な顔して話を聞いて

八は泣くのを堪えたような表情で膝を抱え

俺は先輩の向こう側を見ている気分だった。











「オレは気づいたらここへいたけれど、きっとそれは何か意味があってのことだと思うんだ」

「君たちがオレの事を先輩と呼ぶということはこちらにも“”がいたってことだよね」

「オレと彼は無関係じゃなさそうだ」





笑い方も

優しく撫でるその手も

耳に心地いい声も


正に先輩と思えて







俺の目からも涙が落ちた。