あたたた…また落っこちちゃったなあ…。
綾部の蛸壷は妙に出来が良いからほんと困る。


今はトイペの補充の最中だったから忍具みんな置いて来ちゃったし…。
誰か通りがかるの待ってよう…ハア…。






しばらくもしない内に誰かの声が聞こえてきた。
これは…仙蔵と文次郎だ。
また馬鹿にされるかもしれないけど、背に腹は変えられない。




「たすけて〜〜〜」




すると、二人のどちらでもない声が上から降ってくる。




「大丈夫か!?」




それが無性に懐かしくて

伸ばされた手を握り返した感触も僕は知っていたような気がして





逆光で見えないその人の顔を見ようと、穴から這い上がり顔を上げた途端。










「伊作…?」






彼から聞こえた僕の名前。






そして









忘れもしない、友の顔




























「大丈夫か?」

「あ…うん、ありがとう」

「伊作…か?」

「……?」



目の前にいるのは、昨年亡くなった筈の僕の友達…そんなわけない。
僕が一番彼の死に際を見ているんだ。




「伊作、その人は…」


仙蔵や文次郎の言う言葉が耳に入らない。


だって、全く一緒なんだもの。




僕が穴に落ちていたら、いつもが手を伸ばしてくれていた。






「伊作…あれ?若くなった?髪も長いし…」

…じゃないの…?」




目の前にいるのは僕より少し年上の青年。
、の顔をした別人。






さん、伊作をご存知なのですか?」

「え…あ…善法寺伊作なら…知ってるけど」

「そいつがそうですよ。何故…」

「オレの幼馴染にいるから…でも此処にいるわけないよな。ごめん、気安く名前で呼んで」

「いえ…。貴方は誰ですか?」




違うの?

こんなに似ているのに。



「オレは。善法寺君、怪我はない?」



名前だって…僕を呼ぶ声だって…。


「…うん」




君としか思えないのに












学園長の庵へ行くという仙蔵達に僕も同行させてもらった。
彼が…気になるからだ。



どう見たってにしか見えない。
けれど…はもう少し幼かった筈だ。





それも、全て仙蔵たちの話で理解した。
いや、無理やり理解させられたという方が正しいか。






ここにいるは、僕たちの知っているじゃない。









「というわけなのですが学園長…いかがいたしましょうか」

「うむ…。とやら、頼る宛が無いと申されたな」
「はい。…正直自分が此処にどうやってきたかもわかりません」

「まあうちの生徒が連れてきたのも何かの縁じゃろうな…。お主にその気があるならここで働いてみるかの?」
「え…よろしいんですか?」
「帰る方法が見つかるまでじゃ。それに…お主に敵意は感じぬ」









学園長も…の影を重ねているのだろう。



でも良かった。
もし、彼を追い出すと言われたら…僕は…。











「伊作、私達は着替えてくるから案内を頼んでいいか?」
「え…あ、うん…」




彼はこれから事務員として働くことになった。
そのためにも学園内を把握しておく義務がある。




「あっちが食堂で…そこを曲がると…。どうかしました?」
「あ、ごめん。なんか…懐かしい感じがして」



彼は…やっぱりなのかな。
でも…そんなことあるんだろうか。




「ねえ、善法寺君」
「は、はい?」

「出来れば、敬語抜きで喋ってもらって良いかな?…伊作…あ、オレの友達なんだけど。そいつと喋ってるみたいな感じがしてさ」




僕は…ずっと君の友でいられるのか?



ねえ、




「わかった。じゃあ、僕のこと伊作って呼んでよ。僕もって呼ぶからさ」




僕の所為で、死んだと知っても






そう言ってくれるのかい?






















「ここは医務室。僕も保険委員だからよくここにいるよ」

「ふむふむ…。部屋はこれで全部かな?」

「そうだね。あらかたは説明したと思うけど…」





学園内を廻り終える頃には大分打ち解けたと思う。
きっと僕が彼の言う“伊作”に似ているからだろう。


じゃない
ここにいるのはじゃないんだとどれだけ言い聞かせても



彼から感じる雰囲気そのものが“”だと証明していて




どうしてもと重ねて見てしまう。









「じゃあ、最後に事務室に行こうか。明日からのことも聞いた方が良いだろうし」
「そうだな。ありがとう、伊作」
「う…ううん、どういたしまして」




彼に呼ばれる自分の名前が心地よくて

けど同時に罪悪感のようなものがこみ上げてきて




誰か思い切り否定して

彼は別人なんだって

誰か思い切り肯定して

彼はなんだって




矛盾してるよね…。










「善法寺先輩、ハチの奴が毒虫探し中に綾部の蛸壷に落ちましたー。湿布かなんかありませんか?」

「あ…鉢屋!…ちょっちょっと待って!」





後輩の呼び掛けに意識が急浮上する。
振り返ると尾浜に肩を借りながら歩く竹谷とその横をついて歩く不破と久々知。


先頭を歩く鉢屋が僕の後ろにいる人物に気がついた。





「あ、手空いてなかったですか?…すみま」


せん、と言いかけた鉢屋の言葉は続かなかった。



僕の後ろにいた彼は竹谷の方へ駆け寄っていった。










「大丈夫か?ほら、おぶされよ」
「え…い、いいっすよ!そんな大したケガじゃ…」
「捻挫は癖になるぞ。良いから乗れって、オレ力だけはあるから。伊作、医務室でいいか?」
「え…あ、うん」



半ば強引な形で竹谷を背負った彼は医務室の方へ歩きだした。




「なんか、すんません…」
「いーっていーって。あ、名乗らずに悪いな。オレは、ここの事務員として働くことになった…」





先輩!!!!」







鉢屋が彼へと飛びついた。
竹谷を背負っており、その上鉢屋まで支えきれず体勢を崩しそうになった彼は尾浜と久々知に支えられていた。





「え…三郎…今なんて…?」

先輩…?え…そんな馬鹿な…」



鉢屋の様子に他の四人も彼の顔をマジマジと見る。
すると全員の表情が一変した。







「生きてたんですか!?」
「どうして…俺達のこと覚えてないんですか!?」
「今までどこに…!!」
「なんで…なんでっ…」



全員が彼に掴みかからん勢いで詰め寄るので彼は狼狽えている。



「ちょ、ちょっと皆。その人はじゃ…」



じゃない”


その言葉を僕が言うのか?

一番揺らいでる僕が






五年生達のように認めてしまえば僕だって楽になれるのに

そうすれば喜べるのに







「ちょっと待って…取り敢えず、この子の手当、な!」


竹谷を背負っている上に四人に囲まれれば彼もどうして良いか判らない様子。
助け舟を出すように、僕は竹谷を受け取る。



「竹谷の手当は僕だけで良いよ。…話をしてあげて」


「え…あ…わかった」



大丈夫、彼の目は僕の意図を読み取ってくれている。


竹谷もあの中に加わりたい様子だけど、怪我人をそのまま放っておくなんて僕には出来ない。
手当したら戻っていいから、と宥め肩を貸してやる。












真実を聞く勇気の無い僕を許してください