入学したての俺は、何かと目的地にたどり着くまでにやたらと時間がかかった。(今もだけど)

同じ組の富松作兵衛は、俺のことを“無自覚方向音痴”と言うが、俺は方向音痴じゃない。

ただ、目的地が俺から逃げているだけだ。



だけど一箇所だけ、必ずすぐに辿り着ける場所があった。















「あれ?」


委員会の皆とマラソンをしていたはずなのに、気が付けば俺一人だけ。
なんだよ、また皆迷子になったのか。


一つ上のたきやしゃがいつも五月蝿いから、別のことを考えながら走っていたら山の中に俺一人だった。


まあどうせ、目的地は頂上だしいずれ合流出来るだろうとそのまま走り続けていた。




だけど、行けども行けども頂上が見えてこない。


おかしいな。頂上まで一本道のはずなのに。






日がどんどん傾いていく。
このままじゃ夜になってしまう。



どうしよう
同室のやつが心配する(というか怒られる)
どうしよう
腹が減ってきた(今日の晩飯なんだろう)


…どうしよう
急に心細くなってきた。










夕方になり、刻一刻と夜が近づいてくる。

俺はまさか、学校の裏山で遭難してしまうんだろうかと不安になった。
足も疲れ、体も冷えて、もう動くことも出来なくなり木の根元に腰掛けた。






「…作兵衛…左門…」




その時、ガサっと音がして俺は思わず辺りを見回した。
動物か、もしくは風かもしれないけど辺りが暗いせいで異常に怖い。

音が徐々に近づいてくる。
俺はなるべく小さく体を丸めた。

そしてとうとう、それはやってきた。
オレの目の前まで来たのは白い山犬だった。




食われる!!!


咄嗟にそう思った俺は逃げようと思ったのに、腰が抜けて立てなくなった。


山犬はじりじりと近づいてくる。



もうダメだ。
そう思って目をつむった時、今度は人の声がした。




「なにやってんだ、六花」
「あれ、一年がいますよ。先輩」



目をそっと開けてみると、そこには自分と色の違う装束を来た二人。
三年と四年生の先輩だ…。





「お前こんなとこで何してんだ?ここいらは狼が出るから近づくなって言われなかったのか?」

「…あの、俺体育委員で…マラソンしてたんすけど」

「小平太のとこか。ここはマラソンコースじゃねーぞ。来るのもオレとハチくらいか?」
「そっすね。他の先輩方は来ないし。六花の散歩してる俺らくらいですね」



先輩たちの話を聞いて吃驚した。
俺がいた場所は狼の住処の近くらしく、迂闊に立ち入らないようにと初日に注意されていた場所だった。



「オレは生物委員会所属、四年の。お前は?」


「次屋三之助です」

「俺は三年の竹谷八左エ門だ。お前、迷子か?」

「迷子……そっすね」

「お前委員会中だったんなら、まだ小平太達いるかもしんねーな。よし、探すか」

「え?でも探すって…」



「六花!」




先輩が叫ぶと、大きな山犬は駆け出していった。
正直狼より怖い…けど、先輩の言うこと利いてるってことは先輩が飼ってるのか。




「生物委員会って…あんなでかいのもいるんすか?」
「あれは先輩の忍犬だよ。先輩の言うことしかきかないんだ」
「委員会に小屋を間借りさせてもらってるけど、大抵は裏山に放してるかな」





数分も経たないうちに、遠吠えが聞こえた。さっきの山犬のかな?



「見つけたみたいだ。よし、次屋オレにおぶされ」
「え?」
「もう暗くなるし、走るからな」




先輩は軽々俺を背負うと、山道を一気に駆け出した。
後ろには三年の先輩が背後を気にかけながら追いかけてきた。


俺は疲れと安心感からか、いつの間にか眠ってしまっていた。














…れ…が…れ……起きやがれ!!!三之助えええええ!!!




作兵衛の怒声で目が覚めた。
俺はいつの間にか長屋へと戻ってきていた。




「こんの…馬鹿野郎!!
あ、れ、だ、け!!先輩方から離れんなって言ったじゃねえか!」

「ごめん…。なあ作兵衛、俺なんで部屋に戻ってんの?」

「は?体育委員の先輩方が連れてきてくれたんだよ。礼言っとけよ」

「え?…先輩と竹谷先輩は?」

「俺が見たのは七松先輩と平滝夜叉丸だったぞ?」






どうやら、俺が眠ってしまった後先輩は七松先輩に俺を渡したらしい。





「お前迷惑かけたんだから、その先輩と竹谷先輩にも詫び言っとけよ?」
「うん、じゃあ行って来る」
「待て待て待て待て!!!!一人で行くな!!!!俺も行くから!!」











飯も食べていなかったし、先輩方も多分そこにいるだろうと思って食堂へ向かった。
まだ賑わうその中で、俺はまず七松先輩を見つけた。





「七松小平太先輩!」



「ん?おお、三之助目が覚めたか?」

「はい。あの…今日はスンマセンでした。それからありがとうございました!」
「私もお前がいないのに気がつかなくて悪かったな」




七松先輩は全然怒ってなかった。
俺の頭を馬鹿力で撫で回す。



「あの…先輩にもお礼言いたいんすけど…」
「おお、か。えーっとなさっき風呂に行くって言ってたぞ」
「風呂っすね!行ってきます!」

「あ!こら三之助!一人で行くな!!」







早く先輩を見つけようと、作兵衛を振り切って食堂を出た俺だが


風呂が逃げている。






おかしいな
風呂の場所変わったのか?










「あれ?」




俺の背後から聞こえた声。
ちょっとしか聞いてないけど、忘れるはずがない。





「小平太のとこの一年だ。また迷子か?」
「あ!先輩見つけた!」


「え?オレ捜してたの?ここ三年長屋だぞ?」





なんと、俺がいた場所は三年長屋だったらしい。






「あれ?先輩風呂行ったんじゃなかったんですか?」
「行こうと思ったけど、その前に後輩に用事があったんだよ。で、どした?」





「あの、助けてくれてありがとうございました!」




「…おう。わざわざ律儀だな。今度会えた時でも良かったのに」
「いえ。こういうことはすぐ言わないとモヤモヤするんで」
「そっか。えーっと次屋だっけ?お前も風呂行くか?」
「お供します!」









それ以来、先輩とはよく顔を合わせるようになった。

なんでか、目的地は俺から逃げるのに
先輩に会いたいなーとか考えて歩いてると、目の前を先輩が通ったりするからだ。




前に一度作兵衛が



「なあ、なんでお前先輩のとこにばっかりいるんだ?」


って聞いてきたけど



俺にもよくわからない。




なんでか、こっちかなって思う場所に先輩がいるんだもん。



















「あ、先輩!」

「三之助、丁度良かった。これ、やるから三年で食えよ」

「饅頭…ありがとうございます!さっそく皆を探してきます」

「お前は此処で待ってなさい。どうせ、皆も来るだろうよ。ほら、作兵衛の声が聞こえてきたし」





「さ〜〜〜ん〜〜〜〜の〜〜〜〜〜す〜〜〜〜け〜〜〜〜〜!!!」



「なんでお前は俺のとこにはすぐ来れるのに、作兵衛のとこにはいけないのかねえ?」

「愛があるからじゃないっすか?」

「………その愛を少しだけでも同級生に向けてやれよ」