最初に出会ったのは学園に入って、ひと月経つか経たないかそこらへん。
クラスで浮いていた私の所に、あの人が現れたんだ。
「あ。オレの特等席が」
「…!」
面をつけているからクラスで中々馴染めなかった私は、校庭の隅にある樹の上で一人でいることが多かった。
そんなある日、私がいつものように一人でいると誰かが樹の下に来た。
青の装束…二年生か。
また文句を言われるんだろうか、気味が悪いと言われるんだろうか。
どうでもいい。
「ま、いっか。今日は後輩に譲ってやろう」
その人は興味なさげにそう言うと、すぐ何処かへ行ってしまった。
私の面について触れることもなく。
それはそれで面白くない。
そう思った私は、また他の日もその樹の上に登った。
「あ、またお前の方が先か。…しゃーねえなあ…」
またも、私を見るなり引き返そうとするその人に私は声をかけてみることにした。
「おい」
「ん?」
「なんで、アンタは私を見て何も言わない?」
「???どういう意味だ?」
「……気味が悪いとか、生意気だとか」
「なんでお前のことよく知りもしないオレがそんなこと言うんだよ」
……!
この人は“当たり前だろ”みたいな顔してそう言った。
偽善、とかそんなんじゃなくて、それが常識だと言わんばかりに。
「後、オレはアンタじゃないぞ。二年は組だ」
「……一年ろ組鉢屋三郎」
「鉢屋だな。これで一つ知ったぞ」
……なんだ、この人。
調子が狂う。
「じゃあな。オレは飯を食ってくる」
「あ…っ」
行ってしまう、そう思ったら
私の手は先輩の装束を掴んでいた。
「なんだ、鉢屋も行くか?」
「……うん」
迷ったが、一緒に行くことにした。
昼時の食堂はただでさえ、ごった返している。
そんな中先輩と一緒にいる私は嫌でも目立つだろう。
ほんとはそんな中向けられる奇異な視線が嫌で、いつももう少し遅く行くのに。
「鉢屋、AとBどっちだ?」
「…じゃあBで」
「おばちゃーん、AとB一つずつお願いしまーす」
膳を渡され、促されるままに席に着く。
…仕方がないので、口だけ面から出し食事を始める。
「鉢屋、お前…」
来た!
どうせ、“そんなの外して食えば良いのに”とか“なんでそんなもん付けてんだよ”とか言うんだろ。
「魚好きなのか?」
「……は?」
「いや、今日なんてAは肉巻きでBは魚の塩焼きじゃん。B選んだってことは魚が好きなんだと思ったんだけど」
「別に…好き嫌いそんなに無いだけ」
「じゃあ肉巻き一個やろう。魚少しもらっていいか?」
「え…あ、どうぞ」
皿の上に置かれた肉巻き。それに対して、先輩がとった魚は一口分だけ。
割に合わないんじゃないかって思ったけど気にしてないみたいだった。
「…先輩は」
「ん?」
「なんで私なんかに関わるんですか?」
先輩の箸が止まる。
今だって、ヒソヒソと陰口を叩く奴らの声が聞こえる。
そんな奴と、なんでこの人は関わるんだろう。
「別に普通だろ?」
「は…?」
「ここは学園、つまり先輩と後輩が接触することは当たり前。
詳しく言えば、ここは食堂。誰だって飯食うし、談笑だってするだろ。
別にお前に関わるとか、お前だから関わらないとか関係ない」
…つまり、この人は……
“私”と言う個体じゃなくて、“後輩”と言う全体で見ているってことか?!
「ついでに言えば、鉢屋のことをまた一つ知ったぞ。食べ方が丁寧だ。オレそこまで綺麗に魚食えないし。
全く知らない赤の他人よりかは、少しでも知ってる人間選ぶだろ」
「…私も、また一つ知りましたよ。…先輩、変わってますね」
「よく言われるが、オレは自分のやりたいようやってるだけだ」
……なんて居心地が良いんだろう。
“普通”がこんなにも心地いいなんて知らなかった。
先輩は、特に何も考えていないんだ。
同情とか、義務とか
ただ自分が思うままに、やりたいように行動しているだけなんだ。
だから、押し付けがましく感じないし余計なお節介とも思わない。
それから、私は先輩を目で追うようになった。
ある時は、目つきの悪い先輩と組手をしていて
ある時は、穴に落ちていた同級生を助けていて
ある時は……
「あれは…い組の…」
私と同じ色の制服。
確かい組の優等生だ。
先輩の後ろを雛鳥のようについて回っていた。
確か…あいつもクラスでは浮いてるって噂があったような気がする。
頭は良いけど愛想が良くなくて、それが周りには反感買ってるとかなんとかくだらない噂だったけど。
そいつが先輩の後ろをずっとついて回っていた。
先輩が時折話しかけるが、口下手なのか中々答えない。
それを責めるでも、急かすでもなく先輩は待っていた。
もう少し、近くに行ってみようと私は二人に近づいた。
「久々知、お前オレにばっかついて回っても面白くないだろ。オレ、毒虫探してるだけだし」
「……」
「まあ、ついてくるならお前も気配っててくれれば助かるけど」
「……」
喋っているのは先輩だけ。
なんなんだ、あいつ。一体何がしたいんだ。
「……俺は」
ようやく出た言葉は、気を抜くと聞こえない位か細かった。
「先輩と同じ委員会が良かった」
「……なんか、言われたか?」
「…“上級生や先生に媚売ってる”って…“お高くとまってんじゃねーよ”って…」
「同級生にか?それとも委員会の先輩にか?」
「…他の組の奴とか…火薬の先輩にも…」
久々知は段々、泣きそうだった。
先輩はそれを聞いて、慰めるわけでもなく
ただ、ずっと話を聞いていた。
「…どうして…皆俺を嫌うの…?…俺、何がいけなかったの…?!」
そしてとうとう、久々知が涙を零し始めた時
先輩は口を開いた。
「“忍びとは、いかなる時にも冷静であれ”」
「…」
「一年の最初で習うだろ。お前も知ってる筈だ」
「…っ」
「そいつらがやってることは、言うなれば怒車の術。…挑発されてるってことはそれだけお前が有望だってことだ」
「…?」
「万人に好かれるなんて無理だ。まあ、好かれようと努力するのは構わないけど無理な相手にそこまでしなくていい。
お前の周りは、そんな奴ばっかりなのか?」
「……ち、違う…勘右衛門は…勘ちゃんは…そんなことないっ」
「じゃあ、好きに言わせておけば良い。どうせ、そんなこと言ってる連中は進級出来ずに落ちていく。心許せる人間が一人でもいればそれでいいじゃないか」
先輩の言ってる事は、一年の私達には厳しすぎるんじゃないかと思った。
けど同時に私の心にも響いた。
私は、いつの間にか全てを拒絶していた。
『鉢屋三郎くんだよねっ。ぼく不破雷蔵。よろしくねっ!』
皆が陰口を叩く中、同室の雷蔵だけは“私”を見てくれようとしていたのに。
私が勝手に壁を作って、折角伸ばしてくれていた手を掴もうとしなかったのだ。
「勿論、オレだって久々知のことを嫌ってない。もっと探せばお前自身を見てくれる奴はいるはずだ。なのにそれを探さず、そんなどうでもいい奴らのことばっか気にかけてたら
折角の学園生活が勿体無いぞ」
「……先輩…」
先輩の手が久々知の頭を撫でた。
それを見た私は気づいたら走り出していた。
「うおっ」
「…え!?…ろ組の…鉢屋?」
先輩の背中に飛びつき、久々知には顔が見えないように私は叫んだ。
「い組の久々知…。わ、私もお前の事嫌いじゃないぞ!!お前のことよく知らないけど……知らないからこそ嫌いになんかならないっ!!」
ぽかんとした久々知の顔。
私は自分がこんなことを口走るなんて思いもよらなかった。
顔を上げられずにいると、私の頭を先輩の手が撫でた。
「ほらな。探せば、いるって言っただろ?」
「…俺も…鉢屋の事…よく知らない。…だから…俺と友達になってくれる?」
「…そうだな。知らなきゃ、好きにも嫌いにもなれないからな」
それから久々知――――兵助と話すようになり、雷蔵ともやっと打ち解け顔を借りられる間柄にもなった。
そして兵助繋がりで勘右衛門とも親しくなり、先輩の後輩と言う八とも仲良くなった。
今の“不破雷蔵の変装をした鉢屋三郎”はこうして出来上がった。
「せんぱーいっ!」
「あ、三郎。丁度いいとこに」
「なんですか……っ何故、がっちり掴まれてるんです!?」
「お前を除く学級委員会の子達からお前の捕獲を頼まれていたんだ。まさかわざわざ飛び込んでくれるとは」
「え!?嘘!!いつの間に!!」
「いい子だから委員会に行ってきなさい。終わったら遊んであげるから」
「私を1はの子達と同じ扱いにしないでください!!…あ!じゃあこうしましょう!先輩も委員会に出てくださいよ」
「残念ながらオレはこれから火薬委員会のお手伝いだ」
「なっ!!!また兵助ばっかり優先して!!!」
「日頃の行いかなー」
「きいいいいいいいい!!!」