学園にも平穏が戻り、穏やかな日々を送っていた。




「ねえ立花先輩!先輩ってどんな人なんですか?!」


委員会の最中、そんなことを聞いてきた兵太夫。
伝七も聞きたそうにこちらに視線を向けている。





ふむ、と記憶をなぞってみる。








むかーし、むかしのおはなし





























桜舞う中、入学した私達は皆が皆最初から友だったわけではない。
同室だからと言って凄く仲が良いというわけではない、だからと言って険悪というわけでもなく。ただ挨拶を交わすくらい、そんな程度の仲だった。


今でこそ文次郎と呼んでいるが、一年の頃は熱血馬鹿と心の中で呼び口では潮江と呼んでいた。
同室だが、アイツは鍛錬をして遅くまで帰ってこないしお互いにそこまで干渉するつもりが無かった。


それは小平太と長次、や伊作と留三郎も同じだろう。
今は仲の良いろ組とは組のコンビだが見てのとおり小平太達は性格が真逆だし、留三郎は伊作の事を面倒臭がっていた節がある。
十歳児なのだから、やはり子供というのは自分の感情が先に勝ってしまう。





それが、変わったのはいつからだろう。




ああ、と出会ってからだ。















「ねえねえ、危ないよ」

「は?」


まだ水色の井桁模様の時代、私の装束を引っ張って足を止めたのがだった。
何を言ってるのか判らないという表情を出していた私には木の棒で私の進行方向だった道を突いた。
すると目の前の地面にぽっかり穴が開いた。




「落とし穴…っ」
「ここらへん多いんだ。気を付けてね」



い組である私が気づけなかった罠にあっさり気づいた
呆然としているとはどこかへ行ってしまった。



その時は気づけなかった悔しさしか無かった。
しかも相手は“は組”と判った瞬間、余計に苛立った。



ある日、合同実習でと再会した。
お互いがペアだったからだ。

正直、私はあの時態度が良くなかったと思う。
何故私がは組なんかと組まなくてはいけないんだと思っていたから。





「あ、こないだの。オレ
「……立花仙蔵だ。私の足を引っ張るなよ」



握手と差し出された手を取らず、を横切った。








実習と言っても一年だからそれ程大したことはしない。
裏々山の罠を回避しながら山頂へたどり着けばいいだけのこと。

けど、想定外だったのは山賊がいたこと。

私達を筆頭に何人かの一年生が見つかってしまった。



「おいおい餓鬼がいるじゃねえか」

「見られちまったからには帰せねえなあ」

「おい、こっちの餓鬼高く売れるんじゃねえか?」



子供の力で適うわけもなく、私達は捕らえられた。
線の細い体型が災いして、男たちは私に目をつけた。



「は…はなせ!!」
「威勢が良いのは結構だが、自分の死期を早めるだけだぜ」



「…お前ら!!やめろ!その手を離せ!!」






そう叫んだのは同室の潮江文次郎だった。
ガタガタと震える足で必死に叫んでいた、自分だって怖いくせに。




「るせえ餓鬼だな。おい、綺麗な面してる奴以外は殺せ」

「…やあ!!やめてよっ!」
「善法寺!」



次に山賊の手が伸びたのは善法寺伊作だった。
必死に止めようと食満留三郎が飛びかかるが返り討ちに合ってしまう。


苦無や手裏剣も完全に成熟していない体では満足に投げられず、七松小平太や中在家長次の攻撃も無駄に終わった。




あれ程恐怖を覚えたことは無いだろう。
忍を目指していた自分の力が、いざ学園の外に出てみれば全く通用しないのだから。


どうせなら自分の命は自分で断ってやろう


そんなことを思っていた矢先、私を掴んでいた山賊が倒れたのだ。





全員が目を見開く中、私の目に移ったのは冷たい顔をしたの姿だった。



私が知っていたは人の好さそうな顔で、虫も殺さない男だった。
けれど現実は違った。

その時のは凄く怒っていたんだ。





「なっ…この餓鬼!!」


「ぎゃああっ!!」


飛びかかってくる男をかわし、伊作を捕らえている男に苦無を投げると伊作の手を掴んで走り出した。
弾かれるように私達も走り出す。










の走る道はまるで獣道と言わんばかりの道なき道だった。
コースを走って、先生方に助けを求めれば良いんじゃないかとも思ったがそんな事を進言するより逃げる方が先決だった。




追いかけてくる山賊達は段々と距離を詰めてくる。
再び恐怖に苛まれそうになった時、が叫んだ。





「七松、食満!右の樹を思い切り蹴飛ばせ!」

「あ、ああ!」
「これか!」




二人が蹴飛ばした樹からは、先端を尖らせた丸太が降ってきた。
それは私達の身長より上を飛び、後ろの山賊の一人に当たった。




「潮江、中在家!そのまま真っ直ぐ走ってこい、速く!!!」

「っ…!」
「…くそっお!」


かちり


何かの音がしたと思ったら山賊が逆さに吊られた。





「立花、あの木の実を落とせ!」

「…っふ!」




手裏剣で木の上になっている赤い実を狙う。
見事当たったと思ったら、最後の一人の頭上に大岩が落ちてきた。





そのまま私達は安全な場所まで足を止めることなく走り続けた。





















「…ハア…ハア…ここまで来れば大丈夫だろう」

「つ…疲れたぞー…」

「み、皆いる…?」





どれだけ走ったかわからない。
ただ、もう安全なんだと思うと涙腺が緩んだ。




「…っ」

「わ!立花が泣いちゃった!…えっと…えっと、…ふええ…!!」

「七松まで泣くな!…俺だって…怖かった…」



皆が泣き出してしまい、どうしようかとオロオロしだしたが手ぬぐいで私の顔を拭き始める。



「もう大丈夫だよ。だって皆の力で山賊をやっつけたんだから」


「え…?」


私達はお前について逃げていただけなのに…。
い組なのに…何も出来なかったのに…。






「だって、七松と食満の力があったから罠を発動出来ただろ?」

「潮江と中在家は足が速いな。捕まえられたのは二人のおかげじゃないか」

「立花の手裏剣術は上手いな。あんな小さな木の実を落とせるんだから」

「善法寺、不運って言われてるけど一度も転ばなかったし、落とし穴にも落ちなかったじゃないか」







「な、皆の力だろ」





笑みを浮かべて、そう言うは先程までの冷たい表情をした人物とは同一人物には見えなかった。


ああ、私はどうして驕っていたのだろう。


私はい組だから、あいつはは組のくせにと

勝手に見下して、勝手に敵視して





笑うに釣られ、皆が笑顔を浮かべた。






その後、無事山頂へ着いた私達は先生方に物凄く驚かれた。
私達が通ってきたのは上級生用のコースだったから、よく抜けてこられたなと褒められた。


だが、が上級生コースの罠の場所や種類まで知っていたのが引っ掛かって後に聞いてみた。






「ああ、だってオレ生物委員だから。先輩と一緒によく裏々山に来るんだ。そんで、先輩が教えてくれたんだ」
「そうなのか…。すごいなは」

、でいーよ。オレも仙蔵って呼んでいい?」


「…!…

「仙蔵、一緒に昼飯食おう!」
「ああ…!」























「とまあ、こんな奴だ」


「すっごーい…!一年の頃からそんなに強いなんて…」
先輩にカラクリ仕掛けてみても大丈夫ですかね!?」


「ああ、ただアイツは罠の感知能力は異常に高いぞ。中々手強い相手だ」

「わー!張合いあるなあ!」














(仙蔵、最近お前のとこの一年生に見られてるんだけど)

(…頑張れ、としか言えんな)

(???)