最近、生物小屋のやつらの様子がおかしい。
小動物は怯えているし、狼は落ち着きがない。
孫兵のジュンコも、そうらしい。
俺は六花を撫でながら、自分にも鳥肌が立つのを誤魔化していた。
「八」
「先輩!来てくれたんすか!」
「ああ、六花の様子見ついでにな。一年が沢山入ったんだって?」
「そうなんすよ。あ、ちょっと待ってくださいね、紹介します。おーい!全員集合!」
餌やりや掃除をしていた後輩たちを呼び集める。
皆先輩とは初対面だから、興味深々って顔してるな。
「こちら、生物委員長の先輩だ」
「八、“元”だろ」
「いーんです。俺は先輩の代理なんだから」
先輩は俺に遠慮してか、一線引いてるところがある。
けど、俺や孫兵は今でも先輩が委員長だと思っている。
「じゃあ、自己紹介していこう。まず、虎若からな」
「はい!一年は組佐竹虎若です!先輩は六花の飼い主なんですか?」
「うん、オレが三年の頃拾ったんだ」
「同じく一年は組夢前三治郎です!からくりは好きですか〜?」
「からくりは興味はあるな。残念ながら創る腕と知識が無いが」
「一年い組、上ノ島一平です。どうやったら六花と仲良くなれるんですか?」
「そうだな…六花の目をしっかり見てあげてくれ。アイツはちゃんと言葉を理解するから」
「一年ろ組…初島孫次郎です。今度日陰ぼっこ一緒にやりませんか〜…?」
「そうだな、この時期は日陰の方が涼しいし。またやる時誘ってくれ」
元来、一年は人見知りほとんどしないから先輩に馴染むのも早かった。
その後、先輩は一緒に委員会活動をしてくれてすっかり打ち解けたみたいだ。
「六花、おいで!」
「ワン!」
今、一年と六花を対面させている。
その微笑ましい光景に、先程まで感じていた不安が嘘のようだった。
「竹谷先輩…」
「ん?どうした孫兵」
「…先輩とられちゃいましたね」
「ははっ、そうだな。悔しいから俺達も行くぞ!」
「はいっ!!」
日も傾きかけ、委員会活動の終わりを告げる。
部屋へ戻ろうとした時、先輩に呼び止められた。
「―――おい、最近生物達はどうだ?」
「え…あ、そういやこのところ様子がおかしいんですよね…。怯えてるっつーか、落ち着かないって言うか…」
「…やっぱりか」
「…この間の兵助のことと、関係が?」
「ああ。兵助は“嫌な臭いが充満している”と言ってたからな。鼻の良いこいつらなら特に感じ取ってるんじゃないか?」
「そういや、俺も最近鼻がひん曲がりそうな時があるんすよね…」
時々だが、物凄く鼻に突き刺さるような臭いを感じる。
そういう時は我慢しきれずその場からすぐ離れるんだけど…。
「お前も鋭そうだな…。ここからは大事な話だ。戌の刻にオレの部屋へ来い。誰にも言わずにな」
「……!わかりました」
先輩の雰囲気が張り詰めていた。
……これはヤバい話なのか…。
先輩の指定した時間になったので俺は部屋をこっそり抜け出した。
先輩の部屋は教員達の部屋より二つ離れた所。
念の為天井裏から忍んでいくと、中には大勢いた。
「ハチ!」
「え?!皆いたのかよ」
五年だけではない、六年も全員いる。
「竹谷で最後か?」
「―ああ」
潮江先輩が見回すように確認すると先輩が肯定する。
五、六年が集まってるなんて…これは任務レベルの話なのか?
「――皆が集まった所で現状を聞きたい。
何でもいい、異常だと思ったことを教えてくれ」
先輩が隣にいた食満先輩を見る。
発言はそこから左回りに行われた。
「―――俺が思ったのは、最近うちの平太が何かに怯えてる。理由を聞いたら“寒気と鳥肌が治まらない、けどなんでか分からない”と言っていた。
にそれを言ったところ、喜三太やしんべえと一緒にいるよう言われたからそうしている。大分マシになったらしいが、まだ完全じゃない」
「じゃあ、次は僕ね。医務室の利用人数が大幅に増えている。体調に異変を感じている子が多くなってきたってこと。
全て、仙蔵や達がなったような症状ばかりだよ」
「……怪士丸も少し元気がない。以前にも増して顔色が悪い」
「私の所は皆元気だ!…けど、確かに学園中で変な臭いがするな」
「私と藤内は大分良くなった。――が、喜八郎が異常に穴を掘っている。特に四年長屋の前や作法室の前をな。あいつも何か感じ取っているのかもしれん…」
「田村も大分調子が戻ってきたようだ。ただ、食事量が大幅に減ったらしくやつれている」
「俺の所は動物達がおかしいんす。何かに怯えてたり、妙に威嚇したり…。ジュンコも様子がおかしいそうです」
「池田三郎次が精神的に少しまいってます。斎藤も…疲れているようで」
「僕は…三郎が僕の顔をしなくなったことと…やたらあの人に声をかけられることです」
雷蔵の発言に先輩の眉がぴくりと動いた。
確かに三郎はここ最近、俺や兵助、勘右衛門の顔と雷蔵以外の変装をしている。
「…雷蔵、なんて言われる?」
「大体は三郎と間違われますね。その後、三郎の居場所を聞かれます」
「まだ三郎狙われてるの?」
「ホント勘弁してほしいんだ……」
勘右衛門の隣でぐったりとしている三郎がいる。
今日は雷蔵の顔だが、変装の上からでもわかるくらい顔色が悪い。
「皆が感じ取っている異変は全て、彼女がここへ来てからだ。
最初は単なる偶然かと思っていたが…彼女と接触した者は知っているだろう。
―――名乗る前に名前を知っているんだ。あいつは」
確かに…俺も会ってすぐに“竹谷八左ヱ門くん!”と言われた。
「そしてもう一つ、あいつは生徒の個人情報も知っている。そうだな?長次」
「…ああ。…きり丸が戦孤児だということ、私と小平太が同じ組だということ…それから図書委員が誰なのかを」
「それは火薬委員会もそうだった。滝夜叉丸からも聞いたが…喜八郎が穴を掘っているということもだ」
…おかしいじゃねえか!!
どうして、外から来た人が委員会という小さな枠組まで把握してるんだよ!
「先輩、もう一ついいですか?」
「なんだ、勘右衛門」
「あの人、先輩のことだけ何も知らないんですよ。他の生徒のことは質問してこないのに、先輩のことだけ“あの人誰?”って」
その言葉に六年生がざわめいた。
――本来なら先輩はここにいない。
もし、忍術学園の内情を調べているなら先輩だけ知らないなんてありえない。
その矛盾が、余計に不気味だ。
「…後、決定打かもしれんがオレと兵助が目撃したものがある。――兵助」
「はい。……先日俺と先輩が見たのはあの女の影でした。人から、まるで鬼のような異形へ変貌していく様をこの目で確認しました」
…!!人間じゃない!?
「以上の点から…オレは異変の原因があの女であると思っている。既に今までの経緯は学園長に報告済みだ」
「して…学園長はなんと?」
「“内密に始末せよ”とのことだ」
優しい先輩の目が、“忍”の目に変わった――――。