体調も大分元に戻り、ようやく授業に参加出来るようになった。


あの後の変化と言ったら、三郎がやたら雷蔵以外の変装をするようになったことと

俺達以外にも体調を崩す奴がチラホラと出てきたこと。





















授業が終わり、井戸へ手を洗いに行こうとした時ソワソワと落ち着かない様子の三郎次を見つけた。
どうしたと声をかければ、一度びくっと肩を震わせたが俺だと判ると落ち着いたようだった。





「久々知先輩…お元気になられたんですね」
「ああ、心配かけたな」
「いいえ…」



俯き、どことなく元気の無い様子。
いつもハキハキとしている三郎次にしては珍しい。





「―何かあったのか?」
「…!…」
「俺で良ければ、話してみてくれないか?」





しゃがんで目線を合わせてやれば、恐る恐ると言った風に口を開いた。






「――この間、委員会が無くなった日…あの人に会ったんです」


それが誰を指しているかなんて考えなくてもすぐに判った。




「なんでか俺の名前を知ってて…伊助やタカ丸さんのことも知ってて…。俺…怖いんです!あの人の目が…。


 それに同室の奴も最近おかしくて…。夜なんか魘されてて…顔色も悪いし。食欲も無くて…」





「――三郎次、少しここで待っててくれるか?大丈夫、なんとかするから」






不安な様子の三郎次を落ち着かせ、俺は走った。




















先輩!」

「ん?」




食堂で薪割りをしている先輩を見つけ、三郎次の様子を説明する。
先輩は斧を置き、おばちゃんに断りを入れるとすぐさま走り出した。




「兵助、一旦オレは部屋にあるモノを取りに行くからお前はその二年と一緒に同室の子の所へ行っててくれ」
「はい!わかりました」






先輩と別れ、三郎次の元へ戻る。






「三郎次、その同室の子は今どこだ?」
「左近なら…今日は長屋です。あまりに具合が悪そうなので休ませました」
「案内してくれ」














二年長屋へ入ると、部屋に嫌な臭いが充満していた。
これは――俺が具合の悪い時に感じた臭いだ。




「三郎次、お前なんともないのか?」
「へ…?いや、俺は特に…」


部屋で横になっている子―――川西左近は、脂汗をかきながら魘されている。





「兵助、ここか?」
「はい」




先輩が天井裏から降りてきた。
三郎次は誰だ?という表情を浮かべるが、俺が返事をしたので敵ではないと理解したようだった。





「初めまして、オレは
「あ…知ってます。俺、一年の時先輩のこと見たことありますから。二年い組池田三郎次です」

「この子は…ああ、伊作と同じ委員会の子だね」
「はい、川西左近です。何日か前から頭が痛いって言ってて…でもそんなに酷くないからって我慢してたんです。でも、最近は夜寝られない程酷いらしくて…」
「ふむ、保険委員会は自分のことを蔑ろにするね。他人の怪我や病気には五月蝿いくせに」
「全くですよ。…こんなふうになる前に言ってくれれば良かったのに」





「…っうう…」




川西がうめき声を上げる。
先輩はそっと川西の枕元に近づくと、脂汗の出る額に触れた。




「…熱…は少しあるか。けど…原因は兵助と同じだろうな」
「ええ。時期も合ってますしね。恐らく川西も“そういうのに敏感”なんだと思います」
「じゃあこれが効くな」






先輩は川西の上半身を起こしてやり、升を口元に近づけた。
そして、飲んだのを確認するともう一度額に触れる。




「――…うん、大丈夫。熱も下がったし、今日からはぐっすり眠れるはずだ」
「本当ですか…?!よかったぁ…っ」
「念の為、しばらくは誰かと一緒にいるように言っておいてくれ。――ああ、体育委員が良い。確か二年に体育委員がいたろう?」
「は、はい。二年は組の時友四郎兵衛が…」
「体育委員会だけ、誰も体調を崩してないからな。小平太を筆頭に陽の気を持つ連中の集まりだ」





先輩の笑顔を見て、三郎次も気が抜けたのかへたり込んだ。
川西の顔を見ると、先程までの苦痛に満ちた表情がまるで嘘のように安らかな寝顔だった。



「…しかし、やはり被害は拡がっているな」
「三郎次、他にも症状のある奴がいたらすぐ教えてくれ。先輩か、新野先生なら治せるから」
「はい!ありがとうございました!」










三郎次と別れ、先輩と廊下を歩いていると嫌な臭いを感じた。
俺が顔を顰めた瞬間、先輩に腕を引かれ近くの部屋へと身を隠した。






「先輩…」
「しっ」






ぱたぱたと忍にあるまじき足音で駆ける人影。
誰かと言われれば、一人しかいない。





「なんなのよ…まったく。どうして三郎はいないのよ…」





あの女の声だった。
三郎を探しているのか…?何故…。





「どうして…皆わたしを好きにならないのよ…。どうして誰も寄ってこないのよ…」





女の影がどんどん変化していく。
例えるなら、そう鬼だ。

不気味な姿へ変化していく様を見ていたくないのに目が離せない。

恐怖のあまりに動けないでいる俺の目を先輩が覆った。
俺は息を最小限にし、ただただ時間が過ぎるのを待った。












「…行ったか」

先輩の手が外され、ようやく安全だと解ると一気に疲労が押し寄せてきた。



「…ハア…っ…ハッ…」
「兵助、落ち着け。まずは呼吸を元に戻せ」

「す、すいま…せっ…」






「しかし、これでわかったな。アレはただの人間じゃないということが」
「…なんなんですか。アレは…」
「わからん。どう…対処すりゃあ良いんだ」



この学園にあんな不浄なモノがいるなんて…。
脂汗と鳥肌が中々治まりそうにない。






「兵助、お前は特に毒されやすそうだな。…そうだ、これをやろう」
「これは…」





掌に置かれたのは小さな…鬼子母神?


「伊作が仏像を彫るバイトをしてたからな、オレも手伝ってたら作れるようになったんだ。

 これは神社近くの木を使って彫ったから少しはご利益あると思うぞ」



「あ、ありがとうございます!!」




先輩が作ったものを頂けるなんて…。
それだけで俺が舞い上がるのには充分だった。





「…今までの事全て含めて学園長に報告に行くか。これ以上野放しに出来ないだろ」
「…気をつけてくださいね」



何故か、俺の心には一抹の不安が過ぎった。

先輩なら大丈夫の筈なのに…どうして…?





俺は手の中の鬼子母神を握り締めた。