気持ち悪い。
あの人の纏う雰囲気も、媚びるような視線も、声も
ああ、吐きそうだ
「きゃあっ」
耳に入ってきたのは、嫌いな声。
ああ…蛸壷に落ちたのか。
確か喜八郎が苛々しながら掘っていたからな…。
今や競合地域だけでなく長屋周辺は穴だらけだ。
見て見ぬ振りは……流石に人としてまずいだろう。
ただでさえ喜八郎の蛸壷は上級生以上じゃないと出られない。
流石、我が旧友だな。
「大丈夫ですか?」
「あ!大丈夫…助けてくれるの?」
「今縄梯子をおろしますからそれに掴まってください」
「ありがとう、滝夜叉丸くん」
「いいえ。ここら辺りには来ない方が良いですよ。蛸壷だらけですから」
喜八郎はただ苛々して掘っただけじゃない。
この人を寄せ付けたくなかったんだろう。
「そうなんだー。喜八郎くんすごいねっ」
「…なんで穴を掘ったのが喜八郎だって知ってるんですか?」
「あ…えっと…伊作くんに聞いたの。彼よく落ちてるから」
嘘だな。
善法寺先輩はこの人を嫌悪している。
それに軽々しく六年生ともあろう方が生徒の名前を教えるわけがない。
「では、失礼します」
「あ、あのぉ滝夜叉丸くんって戦輪が得意なんだよね?」
「…あの、ちょっと良いですか?」
「え?な、何?」
「どこから聞いたか知りませんが、私の事を知ったふうに言われるのとても
不愉快です」
七松先輩が呼ぶ声がする。
私はすぐその場から立ち去った。
何か言いたそうな視線が刺さったが、最早私があの人と会話することは無いだろう。
「滝夜叉丸、あの女と何話してたんだ?」
「話なんて」
「通じる人じゃありませんよ」
いつものマラソンやバレーをして、ボロボロになって学園に戻る。
金吾や四郎兵衛は既に夢の中だ。
三之介はかろうじて歩いているが、その場ですぐ寝てしまいそうな勢いだ。
着くなり七松先輩が嬉しそうに声を上げた。
「!」
先輩はどこにまだそんな元気が残っているのかというくらいの速度で走り出した。
門の前に先輩が立っている。ああ、それでか。
「小平太、おかえり。皆もおつかれ」
「何してるんだ?ここで」
「…ちょっとな」
先輩がちらりと門の向こうに目線をやる。
その表情は苦笑いと言った感じだ。
「小松田くんが今プリント配布でいないから、門番してるんだが…門の向こうにあの人がいてな」
その言葉に全員の空気が固まった。
「あの人、やたらオレを敵視するから仕事が進まないんだよ。まあ、これで生徒は全員帰ってきたし門が閉められるな」
「…なんでまた先輩を…」
「さあ、わからねえ」
先輩は私が背負っている金吾を抱き上げ、三之介の手をとった。
「さあ、飯食って風呂に入れ。小平太、今日は唐揚げ定食があったぞ」
「ほんとか!?急げ――――!!」
四郎兵衛を背負っても尚落ちることのない速さで七松先輩は駆けていった。
「先輩。俺あの人嫌いっす」
「…おや、三之介はあの人と話したことがあったのか?」
「一度だけ…。でも、“話した”と言うより勝手にあの人が喋ってただけっす」
「それは私も同感だ。話なんて通じない」
先輩は、ふっと笑みを浮かべて
「しばらくは一人でいちゃだめだよ。必ず誰かと共にいなさい。少しの間の辛抱だから」
私はその言葉の意味が解らないでいたが、何故か無条件に信じられた。
「先輩、一緒に飯食いましょう。そんで風呂も入りましょう」
「なっ!先輩は私がお誘いするのだ!三年生のくせに生意気だぞ」
「行き先は同じなんだから皆で行こう」