伊作の様子から、きっとろくでもない奴なんだろうと思っていたが
忍たるもの感情をあからさまに出してどうなるってことで様子見に徹することにした。


けれど、忍である前に俺は人間なわけであって






どうしても感情が勝ちそうになるときがある。



























―――達が金落寺へ向かっている頃――――








「ねえ、食満留三郎くん…だよね?」





聞き覚えの無い声で呼び止められ、振り返ればそこには件の女。
成程、伊作が言っていたのはこれか…。




「…ああ、そうだが。なんで俺の名前を知ってるんだ?」

「あ、わたしの世界にはここが描かれている書物があってね―――」






ほら出た




“わたしの世界”






本気で言ってるなら物凄い馬鹿な女だ。
そんな夢物語のようなことを誰もかれもが信じると思ってるのか?
ペラペラとそんなに吹聴して良いことなのか?






「――へえ」
「今からどこに行くの?」

「委員会だけど」

「え!?じゃあわたしもついていっていい?」





は?何を言い出すんだこいつ。
お前確か掃除係でここに置いてもらうことになったんじゃないのか?


この学園は広い。

長屋の中とかはさせないにしても、廊下や縁側、庭に厠なんかだけでも一日かけてようやく終わる程度だろう。



今は昼過ぎ。

なのにこいつの手元には箒や雑巾といった掃除道具の類が全く見当たらない。
…ふざけてるのか?




「悪いが委員会は遊びじゃないんだ。部外者を入れることは出来ない」
「え…そんな部外者なんて酷いよお。お手伝いするよ?」
「生徒の訓練も兼ねて行うんだ。生徒じゃないアンタがいても意味を為さない」
「どうしてそんなに冷たいこと言うのよぉ」




ああダメだ。
こいつは言葉が通じないのか?
頭が痛くなってくる。






「留くんの邪魔はしないからぁ」

「…」




人の名前を勝手に呼ぶな。
しかもそんな風に呼ばれるほど親しくなった覚えはねえ。










イライラを抑えるのに必死になってた俺は拳を思い切り握り締めて耐えていた。

そんな時、救いの声が俺を呼んだ。







「食満せんぱーい!」





振り返れば作兵衛がこっちに向かってくる。
俺が遅いので呼びに来たのだろう。





「作兵衛」
「食満先輩、委員会始まりますよ」
「悪いな、迎えに来てくれたのか」



作兵衛のおかげで肩の力が抜けた。
ものすごく癒された気分だ。






「あ、あの君富松作兵衛くん?」

「…誰っすか?この人」

「あれ?わたしのこと知らない?」

「知りませんけど。じゃあ、俺先行ってますね」

「え、ちょっちょっと」

「ああ。一年達にすぐ行くって伝えといてくれ」

「はい!」





作兵衛に声をかけようとしたが、作兵衛はろくに女の方を見もせず戻っていった。
三年生にしては作兵衛は中々冷静だな。



「なんで…」
「じゃあ俺も行くからな。アンタも自分の仕事しろよ」
「どうしてアンタって呼ぶの?!」
「…俺らはアンタの名なんざ知らねえのにどう呼べって言うんだよ」
「――え」




「名を聞いたところで、それを呼ぶ程関わるつもりも無いがな」









俺はさっさとその場を立ち去った。

あれ以上いれば、もっと罵詈雑言を浴びせてしまうだろうから。















「じゃあ今日は桶の修繕から始めるぞ。わからないことがあったら俺が作兵衛に聞くこと」

「「「はーい」」」








































今日は久々知先輩が体調を崩してしまったらしく委員会は無し。
でも医務室にはいないって左近が言ってたし…自室で休まれてるのかな。


そう言えば左近も少し顔色が悪かったな。

少し気分が悪い程度って言ってたけど…。



タカ丸さんと伊助に委員会が無いことを伝えに歩いていると前方から見知らぬ人が歩いてくる。





見知った人ってわけじゃないし、そのまま通り過ぎるつもりでいたらその人は俺に向かってまっすぐ歩いてきた。








「初めまして、池田三郎次くん!」
「…はい?」
「わたし昨日からここでお世話になってるの」



ああ…そう言えばなんだか一年は組が騒いでたな。
でもなんで俺の名前を知ってるんだ?




「今から委員会でしょ?」
「…だったらなんなんですか?」
「わたしも一緒に行っていい?タカ丸くんとか伊助に会ってみたいなあって」



背筋にぞわりとしたものが走った。




どうして、俺の委員会のメンバーまで知ってるんだ。


なんなんだこの人。







「委員会は今日は無いんです。俺は自室へ戻るんで、失礼します」


これ以上この場に留まるのが嫌で

俺は走り出した。












ナンダアレナンダアレナンダアレ!!!!!!!

気持ち悪い!!!!













部屋へ飛び込むように帰ると中にいた左近が目を見開いた。

俺は息が上手く吸えず、中々喋れずにいた。





「…ど、どうしたんだよ三郎次」
「……ハア…ハア…左近、委員会は?」

「委員長の都合で無しになったんだよ。…お前大丈夫か?」

「…左近、あの女の人知ってるか?」

「……ああ、あの噂になってる人?」








「近づかない方がいい。あの人…初めて会った俺の名や…火薬委員が誰か把握してるんだ…」
「…な…どういうことだよそれ」
「わかんねえよ。…でもあの目は本当に…」







獲物を狩る目だ