その日はひどく、耳鳴りがしていた。




――――――7月5日のこと。


















頭痛もしていたし、大した講義もないし休んでも問題は無かったんだけど

学校を休むと、心配性な友人がひどく気にかけてくるのでなんでもないふりをして重い足を動かした。






けれど、痛みも強くなってくるし耳鳴りもどんどんひどくなるから耐え切れず授業をサボった。


帰れば良かったんだろうが、生憎そんな体力も残されていない。
ひとまず休みたかった。








校舎の中庭には大きな八重桜の樹がある。
そこは授業中は誰も通らない静かな場所。


オレは樹に腰かけ、一休みしようと思った。






しかし、そこへ近付けば近付くほど酷くなる頭痛。
脂汗もひどく、立っているのも辛かった。





文字通り死にもの狂いで、樹までたどり着くとオレはそのまま寄りかかる形で倒れ込んだ。





意識を保つのも、限界だった。
瞼が自然と閉じていく。







『…!体調が悪いのに、無理しちゃ駄目じゃないか』






友人の声が聞こえた気がした。








































ひらひらと顔に何かがあたる。
そっと目を開けてみると、視界はピンク色に覆われていた。



「……さ…くら…?」





舞い落ちるそれは春に咲く花の筈。
何故7月――夏真っ盛りなこの季節に咲いているのだろう。
見事に満開だ。






「嘘だろ…さっきまで咲いてなかったのに…。あれ…?頭痛が治ってる」

さっきまで自分を襲っていた痛みや耳鳴りが消えている。
良かった、とホッとしたのも束の間。

オレは見事な桜に目を奪われていた。








「すごいな…。狂い咲きってやつ…?」



冬に咲く桜もあるって聞くから、別におかしいことでは無いと思っていた。





見惚れていて気付かなかったが、気温がやけに低い。
気絶する前はもう少し暑かったような気がする。


桜から目を離し、辺りを見回してみて驚いた。









「校舎が…ない…?」







中庭だった筈なのに、見回せば山の中ではないか。
おかしい、これは夢を見ているのか?

だが、気づけば涙が頬をつたった。
自然と流れ落ちた涙、これはオレの意思ではない。




「なんだ…これ。…どうなって」




拭おうとした時、視線を感じた。

茂みから出てきたのは時代錯誤な格好をした人たちだった。








「お前…」

「何故…此処に…」





一人は髪を長く伸ばした色白な青年…?少年…?
もう一人はその彼より体格がよく、目元に隈のある…こっちは青年かな?

どちらも着物を来て、足には草鞋を履いていた。



二人の手元には花が添えられている。








「あ…すいません。ちょっと聞きたいんだけど…ここって…」

「誰だ!!!なんのつもりでその顔に化けている!!」



目に隈のある青年がオレに怒鳴りつけた。
ええ?!なんでいきなり素顔を怒られなきゃいけないんだよ!





「は!?化けるってどうゆうこと!?こっちは20年間この顔で生きてきたんだよ!!」




ついムキになって返してしまったが、彼らは目を見開いていた。






「20年間…?」
「…文次郎、他人の空似なのではないか?…しかしよく似ている」

「…?オレが君たちの知っている人に似ているのか?」


「ええ…私達の友人にですがね。…もういないんですよ」
「いないって…」




「奴は去年の夏に死んでしまったからな…今日は月命日だったんだ」



そうか…それで花を…。

「そっか…そこにその子と似た顔の奴が出てきたら確かに怪しいよな。ごめん」
「い、いや…俺の方こそ怒鳴って…すみません」
「いいよ、ところでここってどこなのかな?」




「裏々山ですが。…知らないでこの場所に?」



色白の青年の目が細められる。
確かに、自分のいる場所が判らないっておかしいと思うだろうけど…それでもオレ自身何故此処にいるのか謎なんだよ。






「オレさっきまで体調が悪くて…。気絶しちゃったらしいんだけど、気づいたらここにいたんだよ。
  
 なあ、今七月だろ?この桜、夏に咲くなんて珍しいんだな」




オレがそういうと二人はまた表情を崩した。




「七月…ってなんですか?今は…卯月の初め…。これは遅咲きの桜ですよ?」







は?!


























意味が全くわからない現象の真っただ中、とりあえず自己紹介をすることにした。
現状把握しなければ何も進まないからな。








「ごめん、とりあえず今の状況を理解したいんだ。自己紹介しよう?」

「…まあ良いですけど。私は立花仙蔵と申します。年は15です」
「…潮江文次郎です。同じく15」



えええ!!!潮江君15才なの!?見えねえ……って言ったら失礼か。
まあオレも大概童顔って言われるしなあ。




「オレは。さっきも言ったけど20才ね」


…!?」
…だって!!?」

「え、う、うん」




なんで二人共ものすっごい動揺してるんだ?!
オレの名前がどうかした!?





「失礼ですが、手を見せていただけますか?」
「え?は、はい」



立花君に言われるがまま手を出すとマジマジと手を調べられる。
潮江君はオレをまだ睨んでいる。





「…
(文次郎、多少の肉刺はあるがこれは忍びの手じゃないな)すいません、ありがとうございました」
(…やはり他人の空似だというのか?しかし名前まで…)さんはここがわからないと言いましたが…確かに見慣れぬ格好をしてますね」


「え?!まあ…確かに立花君や潮江君の服装からすればオレの方が変わってるのか…?」
「南蛮の着物ですか?」
「南蛮って…ただのTシャツにジャケットだけど…」
「てぃーしゃつ?じゃけっと?」



え?二人の言ってる意味がわからない!!
そして二人もオレの言ってる意味がわからない!?


まさかと思うけど…一番確信めいた質問をしてみる。


「…今、西暦何年?」

「西暦とは???」




うっわーーーーーーありえねええ………

















二人に今が室町時代だと教えてもらい、そしてオレの話を聞いてもらう。
平成の人間だと言うこと、オレが眠る前は夏だったこと…信じらんねえよな普通。




「ごめん…きっとオレが言ってるのおかしいことだと思うけど」



「信じますよ」
「信じるぜ」



「え?」



あんなに警戒していた潮江君まで…マジで?




「だって実際貴方の着ている着物は我々は見たこと無い。それに…そうなら色々納得のいくことがあるんですよ」
「さっき、俺達の友人が去年の夏に亡くなったと言っただろう…それは此処に眠っている」




「え…?」





この場所に…?







「―――享年14、我々と同じ学び舎で机を並べていた友。――― 




―――――ドクン






「貴方は彼に似ている…。生き写しかのように…」




―――ドクン







なんだろう心臓が五月蝿い。






















まるで歓喜にふるえているみたいに。