目の前の炎が鎮まるのを見て、全員が目を見開いた。
九鬼 明るい日の下へ
炎が鎮まった後には、昌浩と彰子。そして物の怪に寄り添うように倒れているの姿があった。
晴明は急ぎ昌浩の所へ駆け付け、神将達もそれぞれ昌浩、の所へ駆け寄った。
騰蛇を鎮めたのは誰だ?
以前は十二神将が総出してやっとのことで抑えることが出来た。
だが今回は晴明も、神将も何もしていない。
―――まさか、この子ども達が?!
青龍は昌浩とを見た。
この二人があの荒れ狂う騰蛇を止めたと言うのか――?!
晴明は自分の腕の中で冷たさを増していく孫を見た。
衣は血を吸って重くなり、肌は色を失っていく。
幾らかによって移されたが、それでも昌浩の傷は重傷だった。
ふと視線をに向ければ天一が悲しそうな顔をして呼びかけている。
重傷を負った身で騰蛇の炎に飛び込んだのだ。
彼も最早虫の息だろう。
「…死なせはせん――!!」
晴明は自らの命と引き換えに昌浩を助けようとした。こんなところで後継を――愛する孫を失いたくはない。
六合や青龍達が止めようとするも晴明は覚悟を決めていた。
その時だった。
『我を解放したのはその子どもか―――』
荘厳な神気に皆が頭上を見上げた。
其処には白銀の龍が宙に佇んで彼らを見下ろしていた。
『見ればまだ頑是無い―――。ここで死なすには惜しい逸材よ…。我を解き放ってくれた礼もある。情けをかけてやろう…』
龍の持つ玉から出る光が昌浩に降り注ぐ。
昌浩に顔に赤みが増し、穏やかな息をし始めた。
神はに目をやると、瞳に悲しみを映した。
『…この子どもは…。そうか…あの時の…。これから幾多の苦難が待ち受けているか知って此処にいるのだな。よかろう…』
昌浩にやったように光を注ぎ、の傷を癒す。
事を終えると高淤加美神は空高く飛翔し、消えて行った――――。
「昌浩…」
物の怪がいち早く目を覚まし、倒れている昌浩に近づいた。
「大丈夫、眠っているだけだ」
晴明の言葉に安堵の色を見せ、今度はの傍に駆け寄った。
「…。お前も…俺を止めてくれたんだな…」
あの時感じた温もりは…。
声をかけると、身じろぎをし閉じられていた瞳が開かれた。
「…あ、騰蛇………!!昌浩は?!」
「大丈夫です。昌浩様は眠ってらっしゃいます」
天一の言葉を聞き跳ね起きた体がまた地に戻る。
地にぶつかる瞬間六合によって支えられ頭をぶつけることは無かった。
「悪かった…俺の所為で…お前まで傷つけた…」
「べつにいい。オレはしゅごやくだから……それにオレは死なないから」
「―――え?」
静かにそう言うと、は再び目を閉じる。
傷は治ったが肉体は疲れ切っているのだ。
「………?」
物の怪はの言葉の意味が解らなかった。
後日―――、昌浩の見舞いに彰子が訪ねてきた。
自分の所為だと嘆き続ける彰子を昌浩は宥めるのに必死だ。
はその光景を微笑ましく見つめ、屋根の上へと上がっていった。
「今回の事は…完璧にオレの力不足だ…」
いつもの、子どもの舌足らずな喋り方ではない。
「オレがさっさと妖怪を倒せていれば…いや、元はと言えば彰子を攫われなければ…昌浩に傷を負わすことは無かった」
一度は本来の姿に戻ったと言うのに、昌浩を救えてなければ意味が無い。
なんて―――無力なんだ、オレは。
自分しかいなかった場所に別の気配が現れた。
「十二神将―――六合か」
「…お前は…一体何者だ…?」
まあ聞かれるとは思った。
一度は本来の姿を晒したし、目の前で元に戻ってしまったから。
顔を六合の方へ向けず答える。
「昌浩の守護役―――それ以上も以下も無い」
その答えでは満足出来ない、という無言の圧力がかかる。
「…呪いなんだよ。この姿は」
観念したかのように言葉を紡ぐ。
「オレの時は止まっているんだ。力が溜まった時だけ一時的に本来の年齢に戻れる」
「それが…この間の姿か」
「ああ。この体は本来の四分の一の力が精々だ。術も使えんし役に立たん事この上無い」
「……」
「さあて、疑問は片付いたか?」
振り返れば眉間に皺を寄せている六合。
「その呪いは…それだけか?他には何も起こらないのか?」
「他ってこれだけ起これば十分だろう」
「お前はあの時言った―――自分は死なないから、と」
記憶力のいい奴だ―――は内心舌打ちをしたい気分だった。
「昌浩を守る為ならオレは何があっても死ぬわけにいかねえからな。そういう意味だよ」
それ以上は何も言わせない、という意味を込めては笑顔でそう答えた。
六合もそれを読み取ったのか、それ以上何も言わなかった。
「この話は昌浩にも、勿論他の誰にもするな」
「…わかった」
「話が早いな。頼むぜ六合」
「……彩Wだ」
「あ?」
「晴明から貰った俺のもう一つの名だ。…他の誰にも言っていない」
「なんでそれをオレに言うんだよ?」
六合はの頭に手をポンと乗せた。
「俺もお前の秘密を聞いたからな…。これで相子だ」
―――勿論それだけではないが。
何故か全てを諦めたような顔をしたこの子どもの力になりたい、と思った自分がいた。
せめて支えになれれば少しは彼の重荷も軽くなるかもしれない。
そう思ったその瞬間、自分の名を教えていた。
「…へえ…じゃあ今度からはそう呼ばして貰おうかな、彩W」
「ああ」
いつか、その心打ちを聞ける時がくれば―――迷わず力になろう。