「臨める兵、闘う者。皆陣列れて前に在り!!」
「昌浩っ!!後ろだ!」
物の怪の叫び声を聞いて、振り向くが間に合わない。
昌浩の眼前には妖の爪が迫っていた。
「――!!!」
「破ッ!!!」
だが、心配いらない。
彼には守護役がついているのだから。
は手に持った二刀を巧みに使い、妖の爪を叩き折った。
四鬼 無限は有限
「大丈夫か、昌浩」
「うん…俺はなんとも…。は?!」
「だいじょぶ」
無事調伏も終わり、刀を鞘に戻す。
その時一瞬だが顔を歪めた。
「…!」
「?どうかした?」
「…なんでもないっ!かえろ!」
だがすぐいつもの笑顔に戻ったので昌浩はそれ以上追及しなかった。
物の怪は眉間に皺を寄せていたが。
さて、時は変わり場所は東三条邸――…
昌浩は此処に晴明の名代として来ていた。
元は晴明宛に届いた文。それからはよく知った香の香りと女性の筆跡。
間違いなく彰子からの文だった。
昌浩は文を読んではいないが、訪ねてすぐ通されたということはどうやら火急の用件だったらしい。
女房に案内されるがまま、昌浩とは東北対屋に向かった。
少しのゴタゴタはあったが、ようやく本題に入ろうとした時彰子が昌浩の隣の人物に気づいた。
「あら、昌浩。そちらの方は?」
「あ、紹介するね。こちらは って言って…俺の」
「“守護役”です。はじめまして、彰子ひめ」
「、というのね。彰子で良いわ。守護役ってなあに?」
「昌浩をまもるの」
「まあ、それは凄いわね」
話が盛り上がる中、昌浩は脱線してしまった話を元に戻した。
「じい様に手紙を出したのは彰子だろ…?何かあった?」
すると彰子の表情が曇り、奥から螺鈿の箱を持ってきた。
「これを見て欲しいの…」
「これは…何かの呪具?いや法具かな」
昌浩の手に取ったそれは元は深緑色だったと思われる白く濁りヒビの入った数珠だった。
「晴明様に頂いたの…。私を守ってくださるものだと仰ってたわ」
それがこんな風になると言うことは何かあったという事だ。
「…何か…来た?」
「そのことで…晴明様にお話しようと思ってたの…」
いよいよ話が核心に迫っていた時、は庭に出ていた。
「…なにか、いた…。とても…くらくてかなしいもの…」
地面に手を当て目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
余程強い怨念を持ったものが来たのだろう、微弱だがまだ残っている。
「……っち。きぶんわりぃ…」
顔を歪め、その場から離れる。
此処に残っていたのは女の生霊の霊気。
ドロドロとした情念や怨みつらみの塊だ。
女は、苦手だ。
「ー?何処?」
「帰るぞー」
昌浩と物の怪はいつの間にか姿が見えなくなっていたを捜していた。
昌浩の守護役なのだから近くにはいると思うのだが…中々見つからない。
「おかしいな…大体呼べば聞こえる位置にいるのに…」
「昌浩が彰子とばっかり仲良くしてるから拗ねたんじゃないか?」
「な、何言ってんだよもっくん!!」
「昌浩…」
「!何処行ってたの?帰るよ」
「…うん」
「何か…あったのか?」
「なにも。はやくかえろ」
少し暗い表情のように見えたが、本人がなんでもないと言い張るのでこれ以上は無意味だ。
大体こういう時は本当に強情なので、聞いても絶対に言わない。
歩きながら貴船の丑の刻参りのことについて話していると嫌な緊張感が三人を襲った。
先程までざわついていた往来に音が無い。
「……!!おかしい」
「…うん。さっきまであんなに人がいたのに…」
物の怪が何かの気配を感じ取り、そちらに目をやる。
昌浩も視線を巡らせた。
其処には女性が立っていた。
しかし、それがおかしいのだ。
着ている物は身分のある女性と思わせるもの。
漆黒の闇のような黒髪、そして生者と思えないほど真っ白な肌。
そしてにやりと笑う赤い口元。
「もっくん…あれ…」
「昌浩、さがって」
は昌浩の前に出ると二刀を構える。
物の怪も昌浩の肩から降り、身構えた。
「…駄目よ、邪魔しちゃ…。今なら許してあげるから…」
女が笑った途端風も無いのに、女の髪が蛇のようにうねり出す。
「臨める兵、闘う者。皆陣列れて前に在り!!」
昌浩の呪文を引き金に物の怪とは女に向かって走り出した。
灼熱の風が頬を撫でる中、昌浩の剣印が女に向かっていく。
しかし、二つの黒い影によって術は昌浩に戻っていった。
「!!?」
「「昌浩!!」」
物の怪は本来の姿―紅蓮になり昌浩を守る。
も跳ね返された術を防ぎ返した。
そして、二つの影と対峙した時何かを感じ取った。
「異邦の…妖異か…」
女を守るようにして渦巻く瘴気は間違い無く、窮奇率いる異邦の妖異の眷属のもの。
女はニヤリと笑いながら呟いた。
「いいこと…?邪魔立ては許さないわ…」
空間が奇妙に歪み、女と影は無くなっていた。
そして再び人々の喧騒が戻ってきた。
ふと、強い視線を感じは上を見た。
「……」
「どうしたの…っ青龍…!!」
それは屋根の上からこちらを射抜くような目で見ている青龍のもの。
昌浩と目が合うとすぐに姿を消したが、指すような視線は心に余韻を残していった。
「……」
―――夜、は屋根の上にいた。
安倍の邸は結界に守られている為何者かが侵入しようとすればすぐにわかる。
それ故、はこの中にいる時は昌浩の傍を離れることもある。
「」
屋根の上に一人でいた背中に声を掛けた者がいた。――――騰蛇だ。
騰蛇はと二人だけの時には本来の姿に戻ることがある、今夜もそうだった。
「なんだ?昌浩のそばをはなれていいのか」
「すぐ戻る…。お前、腕を見せてみろ」
は一度騰蛇に視線をやるが再び空へ視線を戻す。
こうなったら実力行使だ、と騰蛇はの右腕を掴んだ。
袖を捲るとそこにはまだ真新しい傷がついていた。
「…っ!」
「やはりな…。お前この傷は…昌浩を庇った時だな。血の臭いがしたからまさかとは思ったが」
「…おれは昌浩をまもるものだからきずついてあたりまえだ」
「それでも、自分を粗末にするな」
騰蛇は布を取り出すとそれをの腕に巻く。
「……騰蛇、そのことばおまえにかえす」
「何か言ったか?」
「いや、べつに」
お前だって昌浩を守るために自分を投げ出したじゃないか。