「そう言えば…あの時助けてくれたのは誰だったんだろう…?」


昌浩は夜警の最中見つけた妖怪を追いかけながら思い返していた。















三鬼 と太陽















牛車の輪に鬼の首がついた妖怪との追いかけっこの後、昌浩は無数の異形達によって潰されていた。
勿論物の怪は先に避難済みだ。
もうこれは毎日の日課のようになっている。




「…っいちいち人の上に降って来るな!!」
「なんだよ孫――!それよりあの恐ろしい影は見つけたのか?お前だけが頼りなんだぜ―」
「頼むよ孫―!」
「…っ
孫…言うな―!!!




そしてこのやりとりも日課の一部である。







「…おい、守護役。護らないで良いのか?アレは」
「わるいものじゃないし、たのしそーだから」

物の怪はふと、隣にいる子供に声を掛けた。










この子供――は昌浩の守護役である。




守護役、とは陰陽師をあらゆるものから護る。









例えば、昌浩が詠唱してる際に妖怪達の注意を惹きつけたり攻撃を防いだり。


もっと過酷なものを言えば、呪詛や傷を受けた時の形代にもなる。
















昌浩は後者は知らない。
知ればきっとを守護役から降ろせと言うだろう。
誰が好き好んでこんな幼子に自分の受けた痛みを負わせるか。

ただでさえ、責任感の強い昌浩のことだ。


















「お?新顔だ」
「お前誰だー?」


異形達がの存在に気がつき、昌浩から離れに近づく。




「おれは―。昌浩のしゅごやく」
「守護役??おい孫―こんな子供にまで守ってもらってるのか?」
「だから孫言うなって…!!それに俺が言ったわけじゃ…」



「これはおれのすきでやってるんだよー」




笑顔でそう言うに異形達もこれ以上はあまり突っ込まなかった。

















「昌浩、お前何か考え事してただろ」
「え?ああ…もっくんだって見ただろ?この前の人…」
「ああ…」





窮地の二人を助けてくれた人。
陰陽師でも知らない術を使っていた。





背の丈は少し昌浩より高めで、長い髪を高く結っていた。
服装は敢えて言うなら―白拍子―が着る衣装と似たようなものを着ていた。
ただし、烏帽子は被っておらず着物もすごく自己流な着方をしていたが。







「あの晩から…全然見ないけど…。なんで助けてくれたんだろうね」
「…さあな。そう簡単に気を許すな。まだ味方と完璧決まったわけじゃないんだ」


物の怪の表情はあまり明るくなかった。
どうにも正体の解らない奴に助けられたのが腑に落ちないらしい。








そんな物の怪は不意に抱き上げられた。





「うわ!何をする昌ひ―…って?!」




自分を抱き上げたのが昌浩ではなく、だと判った瞬間物の怪はとても間抜けな顔をした。





「そんなかおしない。ほら、そろそろかえろうよ」

とても無邪気な顔でが言うので先程まで胸にあった不快感は拭われた。
そんな二人の様子を見て昌浩もなんとなく暖かな気持ちになる。





「そうだね、少しでも寝ておかないと」
「お前顔色悪いぞ?物忌みと言っておいて休んだらどうだ?」
「そんなこと出来ないよ。じい様や父上もいるのにずるできない」
「だいじょうぶ、なにかあったらおれが昌浩たすけるから」





三人は安倍邸へと足を進めた。



























『う…うう…こわいよぉ…じいさま…』




泣いている子供。




ああ、あれは幼い自分だ。


何処かの山奥で、樹に結び付けられた所為で身動きも取れないし辺りは暗闇だ。





そして響き渡る、カーンカーンと言う何かを打ち付ける音。
それが更に恐怖心を募らせた。





段々と息苦しくなり、何かに首元を押さえられる感じがした。




ひどいよ じいさま


くるしいよ くるしいよ


こわいよ こわいよ…























「…うーん…うーん…」



目を開けてみると見慣れた天井。

ああ、夢を見ていたんだなと思うと同時に再び胸にかかる圧迫感が甦る。








何かの呪術?病?――いや、そんなわけが…










兎に角、起き上がろうと力を入れた瞬間ある物体が見えた。






「…おい」




あろうことか、自分の胸の上で仰向けになり熟睡する物の怪の姿。
昌浩はその無防備な姿に拳を硬く握り締めた。






















「…っててて…。お前遠慮なしに殴りやがって…」
「人の睡眠邪魔して、オマケに悪夢まで見せた奴が何を言う!!」
「熟睡してたんだから不可効力だろうが!!」



朝餉を済ませ出仕の準備をしながら朝の出来事で言い争う二名(一人と一匹)






「どーした?」


そこへが現れた。





「聞いてくれよ!昌浩な、折角寝てた俺をごんごん殴ったんだぜ?!」
「何言ってんだよ!元はと言えばもっくんが悪いんだろ?!」



「まあまあ。それより昌浩、どこいくの?」
「え?大内裏に出仕するに決まって――…」





「昌浩、お前は暦を見ておらんのか?」




聞こえてきた声に振り向くとやれやれと言った顔をした晴明がいた。






「お前今日から二日ばかり物忌みにあたっとるぞ」





え?と言う顔をして晴明の顔を見る昌浩に物の怪は溜息交じりで



「…しっかりしてくれ。晴明の孫」
「…孫言うな――!!







物忌みで邸にただ篭ると言うのはよくあることなのだが、昌浩は入ったばかりの新人直丁。
まだまだやらなければいけないことはあると言うのに、休んでいる場合じゃない。



しかし物忌み中に抜け出したとすればまたも晴明の嫌みったらしい小言を言われるが落ちなので大人しくしていた。







…其処にいる?入ってくれば良いのに」
「おれはしゅごやくだから。どうかした?」


現在は部屋の外、昌浩は内と障子一枚隔てた状態で話をしている。
物忌み中は悪しきものが入ってこられないように札を貼り、精進潔斎を心がける。
故には外から来るものに対し備える為に外にいるのだ。
まあ結界に守られた安倍邸はあまり有り得る事ではないが。





「どうしては俺の守護役になってくれたんだ?」
「…めいわく、だったか?」
「違うよ!が強いってことは判ったしすごく助かってる…けど」




確かにの実力は凄かった。
ここ数日の夜警で一緒に廻っているが、五歳児と思えぬ身のこなしをする。




「決められた人生って嫌じゃない――?」

「…きめられたわけじゃねーよ。おれがきめたんだ。昌浩をまもるって」







……っ!!?」







一瞬、障子に映る影が青年のように見えた。


昌浩は急いで障子を開けるが其処にはと白い物の怪の姿だけ。







「どうした?」
「い、いや…」











影だけだが、似ていた。






この間の夜助けてくれたあの背中と。




「もっくん…今此処に…」
「?誰も来てないが?」
「そっか…そうだよね…」































まだ、だよ。



まだ月が満ちていないから






まだ会えない。