いつものように夜警に出た。

なのにいつもより空気が重い。
















二十一鬼 された手



















…なんで会話の一つも無いんだろう。

いつも自分達が夜警に出る時は物の怪が大概自分のことを「孫」という禁句で呼んで、そこから「孫言うな!」とお決まりの文句を言う。
それをが笑いながら諌める。それがいつもの一連の流れだったのに。



どころか、物の怪も一言も話さない。








「…、今日はまた一段と後ろ歩いてない?」

いやに距離を感じる気がするのは気のせいじゃない。




「そうでもない。元々護衛としての距離はこんなもんだ」



なんでもないように言うが、口調がいつものではない。
刺々しい、というか突き放すような感じだ。





「おい、昌浩に当たるな」
「当たってなどいない」


物の怪の言葉も一刀両断された。
まるで、それ以上踏み込むな、と言う風に。














結局重苦しい雰囲気のまま、一行は歩き続け、最終的にある荒れ果てた邸の前を通りかかった。
垣根はボロボロ、庭は伸び放題のすすきだらけ、その向こうにはまた荒れた邸がかろうじて建っている。




中を覗き込んでみようと前に出ると物の怪が気を逆立てた。
その時、自分にも感じられた。




何か、いると。






「ここは…」
「確か前に当時の帝の不興を買って、左遷された貴族の家だ」
「…どうやら誰かが今も住んでるようだけど?」



冷たい気配は邸の中から、すすきを掻き分け中へ入って行くと寝殿の奥にぼうっと灰白い人影が見えた。


「霊か…」



それも、悪意のこもった霊。

自分はこんなものと対峙したことが無いのを唐突に思い出した。
怨み辛みをこめた悪意がこんなにも重苦しいものだったなんて、と鳥肌が立った。







「昌浩、気おされたら呑み込まれる」
「そうだ、しっかりしろ。

「孫言うな!!」



いつものやり取り。
幾らか気が楽になった。


もう一度気を引き締め、霊を見据えた。


血色の悪い肌、くぼんだ目は明らかに生者ではない。
眼球の無い瞳から流れる黒い雫は、血の涙。




『奴は…どこだ…』



霊は辺りを見回し、昌浩の存在を認めるとそう訴えた。
どうやらある者に向けた怨念が固まって霊となったしまったようだが、こんなにも強い邪気は霊力を削がれた今の自分には堪える。

物の怪が自分と霊の間に割り込み、庇ってくれるのは有難いがこれでは帰ったらまた祖父に小言を喰らう羽目になる。






ぶわりと怨霊が放つ念が広がった。
あまりの衝撃に体が宙に浮く。


垣根に叩きつけられる、そう思ったが思ったほどの衝撃は来なかった。


おかしい、自分の後ろには固い壁があったはずだが…と思い返すと自分の背後にはもう一つあった。








!!?」
「…っ…」




壁に叩きつけられた上で、自分の体で押しつぶしてしまった。
いや、避けることも出来たが彼は敢えて自分を庇ったのだ。


守護役、であるが故に。








『奴は…内裏か!!』


まるで鬼のような形相を浮かべた怨霊は刺す様な邪気を放った後その場から掻き消えた。
思わずその邪気を全身で受けてしまい、膝から地面についてしまう。




「昌浩!大丈夫か?」
「…うん。内裏って…言ってたけど…。!!そうだ、!!」




振り返れば着物をはたいているの姿。

よかった、無事だった。








「ごめん、潰しちゃって。大丈夫だった?」
「問題ない。鍛えているからな。それより、昌浩こそ大丈夫か?すすきで切っているぞ?」



そういえば、自覚するとヒリヒリしてきた気がする。

帰ったら薬をつけなければな…。


それに先程怨嗟に当てられた所為で鼓動も五月蝿いし、指先も冷たい。
深呼吸を繰り返し大分心臓は静かに落ち着きだしたが、まだ万全ではない。




「捜して調伏したほうがいいよね」
「そんな青い顔で調伏が出来るか、ばか!!とっとと帰って寝ろ!」


修行をしている昌浩でさえこうなのだから、徒人があの怨霊と出会ってしまえば落命してしまうかもしれない。
それ故事を早く済ませようと考えた昌浩に物の怪は素早く異論を唱える。

そして恒例の言い合いが始まるのだが、止めたのは意外な人物だった。



『安倍邸に戻れ』



脳裏に直接響いた言葉。
昌浩達が視線を廻らせるとその先に、闇にとける長布を肩にまとった六合が姿を現した。



「あれほどの恨鬼はまそうそういない。だからまずは体調を万全にしろと騰蛇は言っている」



六合の言葉に昌浩は目を丸くし、物の怪はバツが悪そうに明後日の方へ視線をやる。だがその時、と目が合ったが逸らされた。



「…」

物の怪は何か言おうと口を開こうとしたが、今この子供に何を言っても聞きやしないだろうと諦めた。
ただでさえこの間、あんな終わり方をしたんだ。
何を聞いても、何を言っても答えないだろう。





物の怪の言葉の裏を読み取った昌浩は、今夜は大人しく帰ることにした。
確かにここ最近きちんと休んだ事はない。
気温もすっかり冬仕様になり、ただでさえ冷える夜中はまともに体が動かない。
昌浩は物の怪の体を掴むと自分の首に巻きつけるようにする。




「おろせ、自分で歩く」
「やだね。寒いんだもん、襟巻きになったってばちは当たらないだろ」



視線を合わせず言い合う二人を見ながら、六合は息をふっと吐いた。




















は昌浩と物の怪を数歩後ろから見て、六合とは違う意味で息を吐いた。
それはほんの小さな溜息で、前にいる二人には聞こえなかったが六合の耳には届いていた。




「……何を悩んでいる?」



こんなことを聞いても、きっとはぐらかすだろうと思ったが何故か聞かずにいられなかった。
だが、いつもなら何事も無かったかのように笑って誤魔化すはずのはとても暗い顔をしていた。







「……あれ程の怨霊が今まで静かだった事の方がおかしい」



おぞましい程の恨みを持った怨霊。
内裏、と言って自分達の目の前から消えた。
何故、今まで内裏へ行かなかったのか。





「…オレは、爺様の文献で読んだ事がある。……黄泉還りの呪法」
「!!」

「この間の大蛇、そして今日の怨霊。………これは偶然か?」





何処かを見つめながらそんなことを言う
六合はの言ったことを肯定出来る根拠は無いと思っている、だが否定も出来ないのだ。






「…………もしかして………」





小さく呟いたの言葉は今度は六合には聞こえなかった。