風の噂で不吉なことを聞いた。
夜中、さ迷い歩く怨霊。
















第二十鬼  たい夜




















その怨霊の邪気によって亡くなった人間もいる。
雑鬼達が昌浩の所にその話をもちかけているから噂は真だったようだ。


昌浩のことだから勿論退治に行くだろうと内裏の外で待とうと屋根伝いに入り口へ向かう。
馴染みの気配を感じて門の前に飛び降りた。






「まさひ―――…ろ?」


呼びかけが半端に終わったのは、昌浩の様子が明らかにおかしかったから。
目に見えて、落ち込んでいる。

何事かと物の怪に視線を送れば、返って来たのは眉間の皺と溜息だった。


内裏の中で、昌浩が落ち込むような何か……?



思考を廻らし、考え付いたのは先日聞こえた不愉快な会話。
そして不愉快な人間の声。





「…あの男か…」



その呟きは物の怪の耳にも届いていたようで、またオレが暴れるんじゃないかと慌てていた。



けれど自分でも驚く位、オレは冷静だった。






「…?」
「ここでオレがどなりこんでも、昌浩の立場をよけいに悪くしちゃうから」







そう、これは当人が受け止めなければいけない問題。
オレが幾ら反論や異議を唱えても、昌浩の分が悪くなる以外無い。





オレは、落ち込んだ昌浩の後をゆっくり追いかけることしか出来ない。


































―――邸に戻って、昌浩は彰子に任せることにした。
多分、彰子以上の妙薬なんて昌浩には無いからな。




だが、問題はもう一つあった。




それは屋根の上で黄昏ている
ただ視線を遠くにやり、ボーっとしている。
まるで覇気がない。


昌浩が落ち込んでいたからと言って、まで暗くなってしまうとは…。









「おい、どうした?」


声を掛けても返事は無い。
振り返る素振りも見せないので、前に回りこんで顔を覗きこむ。
見上げた顔は落ち込んでいるわけでは無いが―――……







――――全くの、無。





怒りも悲しみも、その他諸々の感情が一切感じられない。
こんなに近くにいるのに、声を掛けたというのに、俺の存在に気づかない――……




っ!!!」
「うわ!びっくりしたあ…もっくん、なに?」



ようやく返事をしたはいつもと変わらなかった。
けれどさっきまでの表情は、まるで魂の抜けた人形のように無機質だった。






モ ウ 二 度 ト 俺 ヲ 見 テ ク レ ナ イ カ ト 思 ッ タ






「もっくんどうし…うわ」

神将へ姿を変え、小さなの体を抱き締める。
温もりも、心の臓の鼓動も感じるのに




この拭えない不安は何だ?!







「紅蓮どうしたんだよぉ。あ、もしかして昌浩が彰子と仲いいからヤキモ






お前は一体何を隠している?」








の言葉が止まった。

ただの俺の思い過ごしであってくれ、「何が?」とあっさり切り返してくれ

そうすればこの不安も杞憂に終わるのに―――……。





「…べつに。ただオレにできることって少ないなあとおもって」
「身を削って昌浩を守っているお前にそれ以上のことを望みは
「ちがう!!!!」






身を削らなくちゃ昌浩を守れないんだ!!!オレが弱いから…爺様はもっと…」


こんなに取り乱したは初めてだった。
昌浩が晴明を目標としているように、も祖父である鴇を目標としているのだろう。
けれど、その影に捉われることは無かったはずなのに……。





「そんなことはない!お前はよくやっている」

「よく?窮奇の時には呪詛を昌浩に肩代わりさせて、鳥妖の術に惑わされた彰子にも気がつけず――…。

これでアイツを守っていると言えるのか?!なあ、オレはなんの為にいるんだ?!!


ただでさえ…時間が無いのに……」


「…“時間”…?」



!!…オレ今…なんか言った…?




“時間”

その言葉を言った瞬間、の顔色は真っ青になり俺から距離を置いた。
失言してしまったことは読み取れたが、それ以上にが何か隠していることが判った。





、一体何を隠している?!」
「…んでもねえよ!!」



身を翻し、屋根から飛び降りた
追いかけようと立ち上がるが、それは後ろから伸びてきた手に止められた。












「そこまでにしておけ、騰蛇」
「……匂」





俺達の会話を聞きつけ、様子がおかしいと見に来たのだろう。
しかも、匂一人ではなく六合もいる。




「誰にでも言えぬ秘密は一つ二つあるものだろう。お前だってそうじゃないか」
「…なら言うべき時が来れば言ってくれるのではないか?」



二人はのことを知っているかのように言う。
俺を宥めようとかけるその言葉は逆に俺を苛立たせる。


「お前達…何か知っているのか?が…何に苦しんでいるのか…」


「さあな。あいつの話など聞いた事も無いからな。だが、何かあるのは明白だ」
この前見た、妖怪達と戦っている時のの様子はいつもと違った





「俺も……知らない」
呪いは、子供になるとしか聞いていない











「だが、何かあってからでは遅い!!あんな子供が……」
「騰蛇。お前はがただの子供だと思っているのか?アイツは晴明の守護役だった“ 鴇”の孫だろう」




稀代の天才陰陽師、安倍 晴明の守護役、 鴇。

神将達も彼がどれだけ凄い人物だったかは知っている。





「鴇は確かに家最高の守護役だ。…しかしアイツも……!!」
「どうした、騰蛇?」




そうだ、思い出した。



かつて、守護役だった鴇が晴明を守る為にしたこと――――……。















『鴇っ!!この…馬鹿者が…守護役だからといって済まされることではないぞ!!』



『阿呆…“守護役”と“陰陽師”の間柄だけで、我が…こんな不利益なこと…をするはずがなかろう。

お前は…我が認めた、大切な…半身なのだ。故にこれは…当然の行為だ』




















そうだ、一族には古より最大の禁忌とされた秘術があった。
も勿論知っているはずだ。






「匂…、六合…頼みがある」

「「?」」







から…目を離さないでくれ。特に、昌浩に何かあった時には」


勿論、昌浩に危険が及ぶようなことをみすみす許しはしないが



それでも、もしまた窮奇の時のようなことがあったら……












『身を削らなくちゃ昌浩を守れないんだ!!』










、俺はお前に何をしてやれる?