「高淤加美神、人間風情が声を掛けることをお許しください。我が主の為、貴方様の神気を少しお貸しくださいませ」
貴船の山にの声が響き渡る。
その時、気が人の形をとって舞い降りた。
十六鬼 花は再び咲き誇る
人型をとっての目の前に降り立った高淤加美神はの姿を捉えると口元を緩ませた。
「…ほう、これは。貴様が鴇の孫か」
「いかにも。高淤加美神は我が一族の事をご存知だと思います。その上でお願いします、貴方様の神気を少々貸していただきたい」
「それは晴明の孫の為か?」
「ええ、そして自分の為でもあります」
その時のの瞳は強い意志を映し出していた。
己の死期を悟っての諦めではない、やけになって自暴自棄になったわけでもない。
ただ、目の前の問題を解決する為だけ。
それを見て高淤加美神は右手をに向けた。
「我が神気がお前の身にどれだけの負担がかかるか解っておるか?」
神の神気が本来人には強すぎる。
微弱ならまだしも、力を得るほど大きいものとなれば必ず副作用が出る。
それでもの瞳は揺るがなかった。
「承知。それでも、力が頂けるなら耐えてみせましょうとも」
「気に入った。受け取るがいい」
高淤加美神の右手から眩い光の玉が現れ、目掛けて飛ばされた。
一瞬身が焼けるように熱く感じたが、それも一瞬のことですぐに慣れた。
「ほう…それがお前の真の姿か」
「……」
神気を受け取ったは、もう子供の姿をしていなかった。
そこには一人の青年が立っていた。
の本来の年齢の姿だった。
「有難く存じます。高淤加美神」
「よい、一族のことは神々にも責任が無いとは言い切れぬからな。これで助けになるなら容易いことだ」
自分の手足の不具合は無いか確かめるとは高淤加美神に礼をし、山を降りようとした。
しかし、そこに待ったがかけられる。
「私の力はお前自身の深くに沈めてある。元の姿もそう長くは続かぬ。負担もそれなりあるだろう」
「……」
「それから戻るときには神将共に手伝わせればいい。あやつらの神気を少し貰えば我が神気を目覚めさせる」
つまり、高淤加美神の神気を火種にし、神将の神気で火をつけるということか。
燃え盛る炎をはすぐに弱まる。激しく燃えればその分だけ早く消えてしまうのだ。
「それから、私の事は高淤と呼べ。人の子よ、お前にそれを許そう」
「……有難き。失礼します、高淤の神」
巨椋池―――。
結構な面積を持つこの池は、異形達が出入りすると目星をつけていた場所だ。
窮奇は此処にいると、踏んで昌浩達は乗り込んだが其処には白い羊のような妖に率いられた妖異の大群が待ち構えていた。
応戦していた昌浩や騰蛇に六合だったが、その刹那池から幾つもの影が現れ昌浩に絡みつき水面に引きずり込んだ。
そして水面が二つに割れ、そこから大量の異形達が現れ神将達の前に立ちはだかっていた。
「昌浩…っ!!…っどけえ!!」
「騰蛇、無理だ!池が蒸発してしまうぞ!」
騰蛇の炎では水面をこじ開けるどころか水そのものが蒸発して無くなってしまう。
それに閉じられてしまった空間をこじ開けることは容易ではない。
それでなくとも、周りの大量の異形が大人しく開けさせるなんてことはしてはくれない。
「伏せろ紅蓮、彩W!!!!」
「「!?」」
叫び声と共に二人を囲んでいた異形達が落雷を浴びた。
「…あれだけの異形を一瞬で……お前は!!」
「遅れてわりぃ。これでも全速力だったんだけどな」
騰蛇はいきなり現れた青年を睨み付けた。
何故、コイツが自分の至宝の名を知っているのか。
だが、同じく名を呼ばれた六合が何も反応しないことにまた驚きを隠せなかった。
「あ、そっか…紅蓮はこの間我を失ってたから忘れてんだっけ…」
「そう言えば…お前この間も…一体何者だ!」
「騰蛇、それはだ」
青年本人の口からではなく、何故かそれは六合の口から聞かされた。
それにより騰蛇もどちらに驚いていいか判らなくなった。
青年がだということにか
そののことを知っている六合にか
「一種の術だそうだ。晴明の離魂の術のように、外見を変えられるらしい」
そう説明した六合も、それを信じてはいないような顔(とは言え無表情)をしていたが。
「彩Wとか他の皆には言ってたんだけど紅蓮には話すの遅れて…ごめんな」
「本当に…なのか?」
「ああ。……おっとお喋りしてる場合じゃねーや。此処はオレと彩Wで受け持った。紅蓮は早く入り口を!」
再び襲い掛かってくる異形達。
だが、それをものともせずは薙ぎ払っていく。
騰蛇はその姿を見て、普段見ているの姿に重なっていくことに気づいた。
―――あれが、だなんて―――
昌浩はその頃、窮奇と対峙していた。
窮奇が吐く甘い誘惑の言葉を跳ね除け、術を唱えようとするが既に力を使い果たしている。
追い込まれ、最早喰われるのを待つだけの身となった。
「…ククク、愚かな方士よ…己の愚かさを嘆くが良い…」
「…れん……う…。紅蓮、―――――!!!!!」
その時天井が割れ、待ち望んでいた声が飛び込んできた。
「昌浩――!!!!」
騰蛇は昌浩を抱え、窮奇の前から離れた。
その時耳に、以前聞いた事のある声が入った。
「轟け紅の風。我の声、届いたなら彼の者を護る盾となれ。“舜華炎舞”」
自分達と窮奇の間に炎の結界が現れた。
この場面は以前見た光景だ。
そしてあの時と同じ優しげな声が聞こえた。
「ちょっと休んでな。昌浩を痛めつけた礼はオレがしてやるよ」
あの時見た背中が、また目の前に現れた。
あの時だけじゃない、貴船の時も会った。
自分を助けてくれる大きな背中。
「また会ったな、窮奇」
「お前は…そうか、あの方士と一緒に邪魔をしていたのはお前だな」
「ご明察。鳥妖二匹には世話になったぜ」
腰の刀を二刀とも静かに引き抜くと柄と柄を合わせ、一本の刀へと変える。
器用にそれをくるくると片手で回しながら、は窮奇と睨み合っている。
「ねえ…紅蓮、あれ…」
「…アイツは…だ…」
「え?!嘘…、あの人が………?!」
「荒れろ、黒の風。我の声、届いたなら全てを切り刻む刃となれ。“黒影剣舞”!!」
黒いカマイタチが窮奇に向かって飛んでいく。
簡単に片手で軽く薙ぎ払われてしまったが、それが狙いだった。
それを目くらましとし、己が直接斬りかかる。
「これで、終わりだあぁぁぁぁ!!」
窮奇の背後から現れたは、己の刀を窮奇目掛けて振り上げた。
その時、窮奇が冷たく笑った。
「…………っ………」
「まったく、ほんに人の子は愚かだな」
いつの間にか、の周りは瘴気に囲まれていた。
そんな中人が普通に動けるわけもなく、体勢を崩してしまい反撃をくらった。
体は壁に打ち付けられ、口内には鉄の味が広がる。
しかも状況は更に良くなかった。
チラリと昌浩達に視線を向けると、彼らもまた瘴気の檻に閉じ込められているではないか。
「ふぅむ…お前も人間にしては珍しい霊力を宿しているな……。どうだ?我が配下に下れ」
「…断るね、オレの主は生涯たった一人だ」
「その身の呪いを解いてやると言ってもか?」
「!?」
思いもがけぬ一言には昌浩達の方を向いた。
どうやら聞こえてはいなかったようだが、何故窮奇が自分の呪いを知っている?!
「お前の霊力には何やら黒い怨念が纏わり付いておる。ほんの微弱だが我には判る」
「解くって…お前なんかに解けるわけが…」
「かけた奴を殺せばよかろう?容易いことだ」
鼓動が大きく鳴った。
この呪いが、解ける??
まだ、生きられる?
に迷いが見え始め、窮奇はにやりと笑った。
一方何を話しているか聞こえない昌浩達は何故が動かなくなったのか解らない。
「さあ、人の子よ。我が配下に下れ―――!!」