一歩邸の外に出て、身の毛がよだつような寒気を感じた後まるで心の臓を鷲掴みされたように締め付けられた。


…っ!?これは…………―――昌浩!?」



守護役と言うのは陰陽師と少なからず繋がっていると聞いた事がある。
仕えている主に危険が及んだ時判る様に。

家の邸は特別瘴気などに強い結界を張ってある。
これも母の為に祖父が施したものだ。
それ故中では気づかないこともある。




は昌浩の気配を辿って走り出した。




















十三鬼 小で交わした約束















辿り着いた先は何故か安倍邸ではなく、東三条邸。
彰子のいる道長の邸。




「…え?なんで…」




が此処に来たと言う事は昌浩は確かに此処にはいただろう。
でもそれも過去形の話。
もう此処に昌浩の気配は無い。






何故自分が此処に来たのか解らないが、とりあえず中に入ってみる。
勿論正面からではなく、忍び込んでだが。









「…なんて濃い瘴気…。これは…彰子の部屋から…?」




奥へ行けば行くほど、空気が澱んでくる。
これは何者かがいた証。








「微かだけど…紅蓮の気配もある。晴明様もいたようだな……あ?」



彰子の部屋前まで行くと、苦しむ息遣いが聞こえてきた。
とても微弱なものだが、には聞こえる。








「…彰子?」





部屋の中では魘されている彰子の姿があった。
右手から禍々しい邪気が発せられている。



――――あれは…窮奇の眷属がつけた傷の場所








それだけ見るとは全てを悟ったかのように安倍邸に走り出した。



























「……」

時折、心の臓に痛みが走る。
これは自身の疾患などではない。




昌浩に何かあったというしるし。


額に嫌な汗が流れる。
こういう時は大抵良くないことが起こるとしか言いようが無い。







「…昌浩!」






更に足を速めた。
















夜更けになり、静まり返る安倍邸。

家人は寝ているだろうが、昌浩はいつものように夜警へ行こうと準備していた。
物の怪は今日は休め、などと口うるさく言うのだが最終的にはいつも共に出る。




…まだ帰ってこないね」
「…そうだな。一日と書いてあったから月が真上に昇るまでには戻るさ」




きっと今日中には戻る。
物の怪の言葉に頷くと、昌浩は自室を後にした。






















「突然の訪問を失礼します……晴明さま!!」

子供らしからぬ口調に目を丸くしつつも、いきなり飛び込んできた人物を迎えた晴明。
肩で息をし、眉間を寄せただ。




「おお、お帰り。用事は片付いたか?」
「はい…。それより、どういうことですか!?昌浩に何かあったでしょう?」



晴明に詰め寄ると背後に刺々しい視線を感じた。―――青龍だ。

主に失礼を働くな、と言いたげな目でを見る。

しかしは今それに構っている時ではなかった。







「先刻からずっと昌浩の体調に異常が感じられます。そして東三条邸の一姫のあの様子…呪詛でしょう?」

そこまで言ってしまえば晴明は真面目な目になった。





「…昌浩は、彰子様にかかる呪詛の痛みを全て自分が肩代わりすると言ってなあ…」


その言葉に今度はが目を丸くする番だった。





「…それを…ぐ…騰蛇は知っているので?」


騰蛇、と名前を出したら背後の視線が余計にきついものになった。
晴明はが一度“紅蓮”と呼ぼうとして、騰蛇と言いなおしたことに気がついたがそれには触れず首を横に振った。




「あれの願いでな…騰蛇と…お前には言うなと言われたよ」
「…!!」
「解ってやってはくれんか?昌浩はお前たちに心配をかけたくない、彰子様を守りたい一心じゃったということを」




それを聞いて、の肩から力が抜けた。

俯いてしまったを見て、晴明は優しく頭を撫でる。






よ、お前にも昌浩に言えぬことがあろう?それはあ奴を心配させたくないからであろう?だから…解ってやってくれるな?」



知っているのだ、この人は。


自分の一族の間で何があったか、高名な陰陽師である安倍晴明が知らぬわけが無い。
その上で、深くは聞いてこないということは自分が話すまで待ってくれるということ。





「……でも、オレは…守護役…ですから」


それだけ搾り出すと、は立ち上がり晴明の部屋を後にした。
ただ、一度も晴明の目は見れなかったが。






「…昌浩と言い、と言い…子供達ばかり辛い思いをさせるのぅ…」
























昌浩は部屋にはいない。
いつもならこれくらいの時刻は夜警に行っている、それは解っている。




は安倍邸を飛び出し、昌浩を捜しに走り出した。
あれには十二神将最強と言われた騰蛇が傍にいる、気配を探すことは難しくない。

けれど段々との走る速度は遅くなっていった。



「……結局、オレは何も出来ないんだな。ガキにされて、守護役の役目も果たせずただ死ぬのを待つだけか…。














フッ…それも一興か」






残された僅かな命だからこそ、自分が認めた主の為に使いたかった。
短い人生を生きた意味を残したかった。





自重の笑みを浮かべ、は立ち止まる。


そして刀を抜いた。





「だからと言って、オレはあっさり死ぬのを受け入れたわけじゃねえ」




背後でざわめく異形の者達。
陰陽師程ではないにしても、守護役も強い力を持つ。
子供の姿をしただからこそ、狙われやすい。


いつもなら神将や、昌浩と一緒だったからこうあからさまに自分自身が狙われた事はない。
だけど昌浩と出会う前は日常茶飯事だったこと。





「強イ…チカラ…」
「欲シイ…欲シイ…子供…喰ウ」
「餌…極上ノ餌…」





理性の無い瞳で自分を見据える化け物達。

それを恐ろしいと感じなくなったのは、いつだっただろうか。


もう覚えていない、遠い昔の記憶。









「運命に抗ってみせようじゃねえか」