「高淤神美神、ありがとうございました!……さ、帰ろうか」
「え、もう?」
「随分簡単だなあ」
「気持ちだよ。気持ち」
あれだけガタガタと揺れる車之輔で来たのにもう帰るんかい。
しかも帰りも……
十一鬼 痛み、哀しみにとらわれた心
「ねえねえもっくん…なんでは六合だと大人しくするのかなぁ」
ガタガタと揺れる車の中で、昌浩はそう物の怪に呟いた。
以前、吉昌が昌浩の幼い頃を思い出すと言ってを抱き上げようとしたらは“子供扱いしないでくれ”と言って断った。
晴明はそれを聞いて時々嫌がらせのように抱き上げるが。
なのに今六合が行きと同じ様にを膝に抱き上げて座らせているのだが、は反抗の素振りは全く見せなかった。
「…さあな。まあこんな揺れる車の中じゃあ仕方無いんじゃねえの…」
そうは言うが、物の怪はさっきから機嫌が悪い気がする。
丑の刻を半刻ほど過ぎて一同は京へと戻った。
車は急停車し、昌浩と物の怪を車から落っことす。
はと言えば、昌浩を守ろうとしたのに六合に抱かれている為それが出来ず不満気な顔をした。
「あたたた〜…絶対これ青痣になるよ…。格好悪い…」
「だいじょうぶか、昌浩。いまうつしみを…」
「大丈夫だよ、コレ位。だってあちこちぶつけたろ?」
「べつにオレは平気「駄目」…あう」
昌浩には思うところがあった。
つい先日の自分が大怪我を負った際、騰蛇は暗い顔をしていたしは元気が無かった。
自分に何かあると、この二人は特別心を痛めてくれる。
それは嬉しい事だが、自分にとってもこの二人は大切なのだからあまり傷付いて欲しくない。
「俺だってにばっかり傷付いて欲しくないんだから、ね?」
「……」
一瞬の目が見開かれたような気がしたが、すぐに笑みが戻ったので気のせいだと思うことにした。
「…やはり、結ばなきゃ駄目か……」
の口が紡いだ言葉は風に溶けていった。
「「「孫――――――!!!」」」
ドサドサという音の後にベチャっと何かが地面に倒れる音。
いつの間にやら昌浩の姿が無くなっていた。
「あれ、昌浩どこいった?」
「、お前天然か?そこだそこ」
物の怪が指す場所は雑鬼達が束になっている。
其処から苦しげに呻く声が聞こえた。
「あ、また?」
「まったくしっかりしろー晴明の孫」
「…孫って言うなぁぁぁぁ!!!」
物の怪の禁句をきっかけに雑鬼を跳ね飛ばして昌浩が起き上がった。
最初の頃は潰されて身動き取れなかったのに、とあれから進歩を遂げた昌浩には拍手を贈った。
「よっ!今日も孫のお守か?」
「ご苦労だなー」
「おまえらもまいかいごくろうだな。わざわざ昌浩のとこにだけねらいしぼって」
ほのぼのと雑鬼達と会話していると、なにやら刺さるような気配を感じる。
こういう鋭い気は妖気だ。
「――来る」
昌浩や物の怪、六合も気づいた。
小鬼が一匹の足元でガタガタと震えている。
「そうなんだ!アイツ、俺達を狩りに来た異邦の化け物を狩ってるんだ!!」
「アイツ―――…」
瘴気が膨れ上がり、闇が弾けると奴はそこにいた。
「…きっしょくわり――」
「、緊張感が抜ける」
六合に諌められてもは目の前の妖に眉間を寄せる以外無かった。
毛むくじゃらで大柄な体から伸びる八本の足。
本来ならこんな大きなものなどいない。樹などに網状の巣を作り、餌がかかるのを待つだけの生き物。
「土蜘蛛…」
昌浩が呟きつつ符を取り出し、物の怪が本性を現した。
はすぐさま刀を抜いて、飛びかかろうとしたがそれを何かが拒んだ。
「んあ?」
「駄目だ!あいつは皆溶かしちゃうんだ!」
の足元にしがみ付いた小鬼がそう叫ぶと同時に、土蜘蛛は巨大な口をがぱっと開け其処から白い糸を吐いた。
それは騰蛇と昌浩に向かっていったが、騰蛇は昌浩を抱えて飛び上がった。
「…なっ!」
先程まで自分達がいた場所がじゅっと音を立てて溶けた。
白い糸からは緑色の液体が流れ、それが地面をどんどんと溶かしていく。
「昌浩!紅蓮!…おまえらここからぜったいうごくなよ!これかけてろ」
は自分の腰元に巻いてある布を雑鬼に被せ、昌浩の元に駆け寄った。
土蜘蛛の糸は周りに縦横無尽に張り巡らされ、逃げ場所を奪っていく。
「…しまった!」
気がつけばと昌浩達の間は蜘蛛の糸に阻まれていた。
張り巡らされた糸と糸の隙間、それが最後の空間だったのだ。
「紅蓮!」
騰蛇は昌浩めがけて飛んできた糸を己の手で払った。
騰蛇の手から煙が立ち昇り、ただれた傷口が見えた。
「…紅蓮!!あのばか…」
は糸に構わず駆け出そうとした。
体中に熱が走る、皮膚が焼かれているのがわかった。
「、駄目だ!動くな!!」
昌浩の声が聞こえるが、止まることなど出来なかった。
たった数尺の距離が、こんなにも遠いなんて。
「落ち着け、」
涼しげな声が聞こえた瞬間、六合が自分の肩にかけていた長布を剥ぎ取り、広げた。
辺り一面に張られた蜘蛛の糸は長布に触れると跡形も無く消え去った。
六合はひらりと、蜘蛛と騰蛇達の間に飛び降りると槍を出しその切っ先を向けた。
「…この国に元から棲まう妖と見た」
「彩W…おまえそんなことできるならもっとはやくなあ…!」
は急いで六合の隣に駆けつけ、刀を土蜘蛛に向ける。
「ちょっと待った!!」
そんな二人を背後から引き止める人物、昌浩。
「復帰第一戦なんでここは俺がやりたいんだけど」
そう言ってのけた昌浩の表情は晴明にそっくりだなとは思ったとか、思ってないとか。
「オンアビラウンキャン、シャラクタン!ナウマクサンマンダボダナン、ギャランケイシンバリヤ、ジュチラマヤソワカ!」
昌浩が真言を唱えれば土蜘蛛はおぞましい咆哮をあげ体中の毛を逆立たせた。
効いてるのだろうか、と思った瞬間土蜘蛛の姿が消えた。忽然と。
「…え?」
「どういうことだ?」
逃げたと言う訳ではなさそうだ、まるで存在そのものを掻き消されたという感じ。
不審に顔を見合わせる騰蛇と六合、その場にへたり込む昌浩を支えに行く。
しかし今度は昌浩が怒号にも似た悲鳴を上げた。
「!!!だから動くなって言ったのに」
「え?あ、わすれてた」
先程無理矢理糸を千切りながら走っていたの姿はそれはもう悲惨だった。
着物が所々焼けてしまい、なんともみすぼらしい格好だ。
「邸に帰ったらすぐ手当てするからな!」
「え、いいよこれくらい……!!!」
は自分の格好を見直し、腕が視界に入った瞬間昌浩から距離を置いた。
痛みに顔を顰めたわけではない。どちらかと言うと驚愕の表情。
「どうしたの…?」
「ちょっとみためグロいからみないで」
の腕に何重にも巻かれた布が溶け落ち、その下の肌が見え隠れしていた。
そこから覗く、黒い鎖のような痣。
これを見られるわけにはいかない。