初めまして、篠岡千代です。
野球部のマネージャーをやらせてもらっています。
この間、新しくマネージャーが入りました。
一つ上の先輩で、男の人です。
第四球 青春ストライク!
「先輩、私ちょっと買出しに行ってきます」
「ん?なんか足りねえもんあった?なんならオレ行くけど」
「いえ、ちょっとスポーツドリンクの粉を買いに行くだけですから」
「そっか、気をつけてね」
「はい」
私と会話しながらも、手はテキパキと動いている。
現在は草むしりの最中だ。
今日は暑いし、何か冷たいものでも差し入れようかな。
先輩が来てから仕事が分担されて楽になったお礼も兼ねて。
学校を出て、一番近くのお店で買い物を済ませる。
先輩へ渡すお茶も買ったし、これで学校へ戻れる。
「…ん?あれ…」
その時、雨粒が顔に当たった。
空は雲に覆われ、今にも雨が降り出しそう。
「嘘…早く戻らなきゃ」
学校から一番近い店と言っても結構距離がある。
ずっと走り続けられる距離でもない。
途中で疲れて止まってしまい、結局夕立に出逢ってしまった。
バス停の屋根の下に入り、雨の様子を伺う。
「…どうしよう、止みそうにないなあ…」
そういえば今日午後から降水確率50%だったかも。
なんで傘持たず出てきちゃったんだろう。
それでもいつまで待っても雨は弱まらない。
こうなったら、ずぶ濡れ覚悟で帰るしかない。
足を一歩踏み出し、再度走り出した。
「…ッハア…あとちょっと…」
学校が見えてきた。
もうちょっとだ、と思って気が緩んだ時だった。
足元のわずかな段差に気がつかず、バランスを崩してしまった。
「…っきゃ…!」
道は降り続いた雨でしっかりと濡れている。
今此処で転んでしまえば悲惨な目に遭うのは間違いないだろう。
「…………?」
予想していた痛みや、冷たさが中々来ない。
むしろ、何か暖かいものに支えられている。
そして自分の上だけ、雨が止んだ。
「だーいじょうぶかい?篠っち」
「せんぱい…?」
「はーい先輩でーす。駄目ジャン、携帯で連絡してくれれば良かったのに。持ってかなかったの?」
先輩が何か言ってることより、私の頭の中は今の現状を把握するだけで必死だった。
転びかけた私を支えてくれたのは先輩だったけど、それは私がまるで先輩の胸に飛び込んだみたいだったからだ。
こんなに男の人と密着した事の無い私からしてみれば、この状況はどうしたらいいのか判らない。
「濡れたねー。ほら、コレ着て。学校戻ろ」
先輩は私を立たせると自分が着ていたジャージの上を私にかける。
雨で冷えた体に暖かさが伝わる。
「…あ、すいません。先輩まで濡れちゃって…」
私を受け止めた事と上着を貸してくれた所為で先輩も濡れてしまった。
「夏だし乾くよー。それよかさ、“すいません”じゃないっしょ」
「え…?」
「“ありがとう”って笑顔で言ってくれた方が嬉しいな。それが可愛い女の子なら尚更」
先輩はにっこり笑っていた。
徐々に私の顔の熱が上がるのが判った。
先輩のジャージからは、よく先輩から香る香水の匂いがした。
先輩は柑橘系の香りを好んでつけている。
学校に戻り、濡れた服を着替え外に出てみると雨はすっかり上がっていた。
中断されていた屋外練習もグラウンド整備で再開された。
「あれ?篠岡なんかつけてる?どっかで嗅いだことのある匂いがする…」
「え!?!」
「俺結構この匂い好きなんだけど…んー何処だったっけなあ…」
田島くんって動物並みの嗅覚を持ってるのかな…?
移り香って言ったって先輩からだって微かにする程度だから私に付いた匂いもそんなに強くないのに。
「悠一郎―!キャッチボールしねえ?なんか暇になっちった」
「あ、先輩だ!!やるやるー!!」
田島くんにこれ以上追求される前に私は逃げた。
その時、一旦二人の方を振り返ると先輩がひらひらと手を振ってくれたのが見えた。
この香りは、私の大切な思い出。