昼休みに偶然廊下で会った先輩に呼び止められた。


「……なんすか?先輩」
「副主将くんは榛名という奴を知ってるかにゃー?」


思いもがけないところで嫌な奴の名前を聞いた。






















第四球 は紙一重

















「知ってますけど――…先輩、なんでそいつの名前…」
「実はねー同じクラスだったことがあるのよ。まあ一時だけど」
「一時?」

「オレ転勤族だったから昔は。中学校の時によく喋ってたのが榛名だったのよ」




驚いた。

あの野球しか、しかも自分にしか興味の無いような人が。
先輩と仲が良かったなんて。







「あ、言っておくけど別に仲良しこよしじゃねーぞ」
「え?」







先輩は嫌そうな顔して右手を横に振った。






「アイツ何かとオレに喧嘩売ってきたのよ。勿論口喧嘩だけどよ」



よく喋ってた…ってそういう意味でか。





「そん時、シニアに生意気な後輩がどーのって言ってた」


「なんでそれが俺ってわかったんすか?」







「“タカヤ”って言ってたから」












ドクン





喧嘩するほど嫌な奴の言った事をよく覚えてるな、って感心したけどそれより気になったのは


先輩に名前を呼ばれただけなのに、何故か心臓が高鳴ったこと。









「…あれ?どした?副主将くん」
「あ…いや、そういえば先輩ってなんで俺のこと“副主将くん”って呼ぶんすか?」
「だって副主将だから」
「そうだけど…それじゃあ栄口もじゃないっすか」
「あーあっちはセカンドくんって呼んでるよ」




そういえば先輩って大体ポジションか役職で呼ぶ。


花井は「主将」
水谷は「レフトくん」
泉は「センターくん」とか…




「名前まだ覚えてないんすか?」
「ちげえよ。態度に相応した呼び方だよ」
「は?」




先輩が俺の後ろを指差す。
するとあっちから田島と三橋が来るのが見えた。



「あ、先輩と阿部じゃん!!何々?何話してんの?」
「あ、べくん?せ、んぱい?」




「よお田島、三橋」




先輩が軽く手を振って答えれば田島が走って来る。
三橋も慌てて田島を追いかけ走り出した。





「な、こいつらとお前らの違い判る?」
「い、いえ…」





「余所余所しいのよ、君ら。だからあんまり馴れ馴れしく呼んじゃ駄目かなって自粛してたわけ」
「別に名字呼び捨てくらいで、馴れ馴れしいとか思いませんけど…」
「その態度改めないと呼ばない、そう決めてるの」



そういえば、田島や三橋は先輩だろうが監督だろうが態度を変えたりしない。
俺達は先輩に敬語を使って話している。



「一人二年生じゃん?だから壁ってちょっとしたことで感じるのよ。オレ入った時言ったっしょ?
浜田のように扱ってくれていいって」


あいつはもう随分野球部に打ち解けてるもんなーと先輩は言う。
俺達に追いついてきた田島と三橋は何を話していたか先輩に問い詰めている。


「でもこれ癖なんすけど」
「まあ運動部じゃそうだろうね。君らは特例だあなあ」


頭をいきなり撫でられた田島と三橋は何のことだかわかっていないけど嬉しそうだ。







なんとなく、そのポジションが羨ましくなった。
















「じゃあ俺が先輩の事、先輩って呼んでもいいっすか?」



「…!おー、そうしろそうしろ。隆也」





・・・・・っ不意打ちだ。




「あっれー?なんで阿部のこと名前呼び?俺も俺も!!先輩にーちゃんみてーだからそっちのが良い!」
「お、俺も…」
「ん、じゃあ悠一郎と廉な。隆也、その呼び方戻すなよ?」
「…うっす」












先輩はまったく解らない人だ。


こっちが歩み寄った分しか、踏み込んでこない。


こっちから行く気にさせるのが上手い。






































「隆也ー!!ブルペンでの投球練習オレ立ち会っていーか?」
「うっす。じゃあ行くぞ三橋」
「う、うん」






グラウンドでは呆ける人間が数人。
ま、原因は俺と先輩だからだろうけど。




「…今先輩、阿部の事名前で呼んでた?」
「“隆也”って…阿部?」
「だろ?返事したんだから…でも、なんで??」





そんなに驚かないでも良くないか?
水谷、栄口、泉よ。



そこへ偶々通りかかった篠岡が三人に声を掛ける。



「どうしたの?何かあった?」
「あ、篠岡!!今さ!先輩が阿部のこと“隆也”って呼んでたんだけど!!」
「なんでか知ってる?」

「え…?んっと、なんか仲良くなったみたいだよ。お互い名前で呼び合ってるんだって。三橋くんや田島くんも」








そんな羨ましそうな目で見たって、簡単には教えてやらないぞ。


折角こんな良いポジションに立てたのに。












「せ、せんぱい!俺の球…どう?!」
「んー…まあ廉らしいちゃらしいけどよー。お前もうちっと食べなきゃなー。細すぎだあ」
「まったくだ。お前あれだけ自己管理はちゃんとしろって言ったろ」









この人に、一歩近づいているのは俺達だけ。
































「別に今まで名前で呼んで欲しいとか特別思ってたわけじゃないんだけど…」
「なんか阿部や三橋や田島だけってのも……」
「やっぱずるい!!!俺も呼んでもらう!!」
「あ、おい水谷…行っちゃった。じゃ、俺も」
「泉も?!そんなお願いしに行かなくてもいつか呼んでくれるんじゃない?」
「栄口はそれまで待つのか?」
「……俺も行く」



















貴方はこんなにも俺達をかき乱す。