「もしもーし、野球部主将のクラスはこちらでよろしかったかー?」

先輩?!」




一年の教室に二年のあの人が来た。



















第三球 凡フライだからといって油断しちゃあいけませんぜ



















「なーなーお前ら今日、三橋ンチ行くの?」
「あ、はい…テスト勉強の場、アイツが提供してくれるっていうんで」
「へーオレも行っていい?」




それは試験休みに入った日の朝練の時のこと。
赤点を取った者は試合に出さないとの監督の言葉から、三橋と田島がヤバイと言うことで花井が面倒を見ることになったんだけど
正直、他のメンバーも苦手分野をどうにかしたいらしくこうなったら全員でということになった。

十人もいるのでは場所も捜すのが大変…と言う時に三橋が“俺んちで…”と申し出てくれて助かった。



その話を更衣室にいなかった先輩は何処から聞きつけたのだろう?
それで花井に許可を求めに来たのか。




「先輩が入ってくれるなら心強いっすけど…でもいいんすか?」
「いーのいーの。練習ねーなら暇だし。オレ文系と生物得意よ。数学だって一年レベルなら問題無いし」


その言葉に花井の目が光った気がした。



「よろしくお願いします!!」
「お、おう…。…そんなに気合入れて言われるとは思わなかったな…」


ああ、そう言えば花井生物と数学は駄目って言ってたな。
でも先輩文系得意ってことは古典教えてもらえるかも。





















先輩は遅れて来るとのことで俺達は一足先に三橋の家へと向かった。
そういえば、三橋の家は金持ちだったなーとか考えていると予想通りデカイ家に辿り着いた。




さて、と勉強会を始めるかと部屋に案内された時チャイムの音が鳴った。
その後





「みーはーしーくん、あーそーぼっ」





おいおい。
先輩そりゃ無いよ。



三橋も活き活きと出て行かなくていいって!!遊びに来たんじゃないから!田島まで!!




「わりぃわりぃ。人ん家来ると何故か言いたくなってな」
「…先輩」
「なんだ主将。そんな疲れた顔して」


花井はもう突っ込みをいれる気力も無いみたいだった。
先輩はと言うと、何故かデカイクーラーボックスを持って来ていた。



「先輩、それなんすか?」
「んー、後で教えてやる。それよか勉強しねーのか?」



なんだろ、めっちゃくちゃ気になる。
クーラーってことは食べ物か飲み物ってことだろ?まさか氷とか保冷剤ってわけじゃあるまい。
差し入れかなあ。














さて、と気を取り直してと勉強を始めようとすると今度は何やら間延びした声が聞こえてきた。
三橋がそれを聞くなり「親が帰ってきた!」と言い、下に降りて行った。



「おい、泉!ああ…お前ら先にやっててくれ!」

三橋を追い田島が降りて、田島を追い泉が降りた。
そして泉を追い花井も部屋を出て行った。



数分後、何やら騒がしい階下の様子に俺達も下に降りてみると三橋と三橋のお母さんが騒いでいた。
どうやら今日は三橋の誕生日だと。


三星にいた時は誕生日に友達を呼ぶなんてこと出来なかったんだろうなと思うと、いたたまれなくなっている三橋が小さく見えた。



その時田島が良い発言をした。



「じゃあ歌おうぜ!ろうそくつけてさ」


コイツのこういうところは本当に尊敬する。



「いいねえ、じゃあいっちょぱーっと三橋くんを祝いましょー」

先輩が田島に賛成し、俺らの方を振り返ったので頷いて返事を返す。



手分けして料理を三橋の部屋へ運び、ケーキのろうそくに火を点けて歌を歌う。
俺達としては普通に仲間の誕生日を祝ってるだけなのに、三橋がすっごい照れた顔をしていた。


その後、同じく4月生まれの巣山と花井の分も祝って俺達はご馳走にありついた。






「ん?そういえば、先輩の誕生日っていつなんすか?」

皆の誕生日はいつだ、という会話の末阿部がそう先輩に聞いた。


「んあ?明日」



「「「「!!!!???」」」」



「明日?!なんで言ってくんねーの!!もうケーキ食っちゃったじゃん!!」
「いーよいーよ。まだきてねえし」
「そーいう問題じゃないってえー!!じゃあ明日やろ!!」
「試験中だろがこら。オレなんかに気まわさなくていーのさっさとやれ!じゃなくてもお前は不安要素が多いんだから」



田島を黙らせ、先輩はそこらの食べ終わったゴミを片付ける。
そういえば先輩って自分の周りのものすぐに片付けるよなーとか思っていたら阿部が「外行こうぜ」と声を掛けてきた。











庭にあったのは三橋の練習用的。
使い古されていてそれだけで三橋が物凄い練習をこなしてきたのがわかる。

実際に投げてみて、更によくわかった。





「三橋」
「…は、はい?」
「お前、カッケーな。うんうん、見直したぞ」


よしよしと先輩が三橋の頭を、そりゃあもう鳥の巣のようにわしゃわしゃに撫で回した。
三橋は吃驚していたが、褒められたんだとわかるとまた照れていた。










そして、今日の本来の目的である勉強会は夜になってようやく始まった。
取り合えず三橋と田島は西広に教えてもらい、後は大体各々が上手く補い合っていた。


「問二、そこ移項してるから符合変わるぞ」
「…やべっ!」
「展開式はこうやったら速いし正確だ」
「あ、成程…」



なんか数学やってる花井と栄口の方は結構順調にいってる…。
先輩教えるの上手いんだ…。
後で俺も古典聞きに行こうかな……。




「レフトくん、そこ書き下し文ちょっと惜しい。此処にレ点があるからこっちが先に来る」
「…あ!」


って先輩いつの間に!!


「こういう奴はちゃんと点をチェックしておかないと痛い目見るぞ」
「は、はい…」



先輩って黒目黒髪でほんと日本人って感じだよなー。
そりゃあ大抵の奴がそうだけど、ここまで綺麗な黒髪って男子じゃ珍しいし。
裏方仕事が中心だからそんなに焼けてないし。




「…だから…って聞いてるかー?」
「うわあ!!はい!」
「集中力切れてきたかなあ…。お!そういや忘れてた!」




先輩が最初に持ってきたクーラーボックスに歩み寄る。
もう冷えたかなーと言いながら蓋を開けて「よし」と頷いていた。



「おいっ!皆ちょっと一息つけ!集中力の回復だ」



机の上の教科書を閉じ、スペースを開けさせられた俺達の目の前に置かれたのはひんやりとしたシャーベット。
色からして黄色のはレモンだろうか、見ればオレンジや赤っぽいのもある。

「本当ならもっと早く出すはずだったんだけどよ、おばさんの御厚意もあったし忘れてたわ。ほれ、三橋」



そう言って先輩が三橋の前に出したのは他のとは違ってバニラアイスのように見えた。
しかも何か書いてある。




“Happy Birthday!Ren Mihashi”



「うっわー!!すげえ…」
「これまさか先輩…」


「おう手作りだ。見かけちょい不恰好なのは持ってくるときに崩れたんだぞ。最初はもっとマシだったんだからな!」



三橋がまた目を潤ませてる。
…あれ?もしかして先輩この為に今日…。



チラッと先輩を見ると、目が合いウインクを返された。



ああ、そういうことか。
先輩は最初から三橋のこと祝う気で来たんだ。





先輩の作ってきてくれたシャーベットはマジで美味かった。
甘い物が好きとか嫌いとか関係なく、さっぱりと果物をベースに使った味わいで。
皆自分のと他の奴のを交換したりして、全部の味を一通り食べた。












今日の一件で三橋が先輩を“いいひと”と断定したらしく、珍しく積極的に話しかけているのを見た。
これぞ先輩マジックなのだろうか。



明日は絶対先輩の誕生日を祝ってやる!!