長く降り続く雨は次第に激しさを増して行き、風も吹いてきた。
そういえば台風が来てるってニュースで言ってたな…。
流石にこんな日は練習も無い。
だけど…帰れるかなあ…。
まるで嵐のような
警報が出なければ学校は休みにならない。
だから仕方なく頑張って来た。
まあ、まだ朝はそんなに酷くなかったからよかったけど帰る頃には前も見えないくらいの暴風雨。
あーあ、と溜息をつきながら外を見ると田島が外ではしゃいでいた。
おいおい、風邪ひく……かなあ、アイツ。
でもアイツの家近いもんなあ…。
俺どうしよう…40分かかるし…まず電車動いてるかなあ…。
「あれ、ゆーとまだ残ってたのかー?」
「…っ先輩?!」
此処は一年の教室なのに、二年の先輩が此処を通りかかるなんて珍しい。
「台風来てんのに、遠いお前が残ってちゃ駄目だろー」
「ですよねー…どうしようかなあと思って…。先輩なんで一年の階に?」
「これよこれ」
先輩は手に部活日誌を持っていた。
花井が持ってたはずだから…それを受け取りに来てたのか。
「シガポが持って来いって言うから主将くんとこにわざわざねえ…」
先輩はそういうと窓に目をやった。
ああ、先輩もこの天気で帰れないのか。
「……うーん…」
「?どうかしました?」
「なあ、ゆーとはどうやって帰るよ?この天気の中」
「…はっきり言ってどうしようか悩み中っす。電車もバスも止まってるらしいし」
本当に為す術が無い。
まあ残ってて良いことと言えば部活が無いから会えないと思ってた先輩に会えたことかな。
「よし!キミに二択をあげよう!!」
「へ?」
「一つはずぶ濡れ覚悟でダッシュ。もう一つはもうちょっと待てば車で快適なお迎えだ」
「ちょっ、先輩なんの話?!」
「うちに来る手段」
へ?
俺は一瞬理解出来なかったが、時間が経ちようやく先輩の言葉が理解できた。
「先輩の…うち?」
「そう先輩のおうち。近いよ、徒歩五分内」
初耳だ。
でも、先輩の家って…野球部では俺が初!!?
「後二時間くらい待てばにーちゃん帰ってくるから車があるんだけど、今のうちに走れば帰れなくもないと思うんだよねえ」
「でも俺今日帰れないかもしれないし、迷惑じゃ…」
「だからウチ来いってんじゃん。泊まればいーよ、布団くらいあるし」
先輩の家に………
泊まり!!!?
「い、いいんすか?!」
「なんなら強風の中はしゃいでる田島の家の方が良いか?徒歩一分だし」
「いや、流石にアイツんちは家族多いし…(ってゆうか誰か田島を止めて!!)」
「じゃ、決まり。じゃあ走るか?車か?」
「………そりゃあ…」
「ゆーと!!ついてきてるかぁ―――!!」
「…来てます!!!」
台風の中走る高校生二名。
五分以内の距離が物凄く長く感じられた。
向かい風だし、雨粒は痛いし。
「うひゃあー冷てええ!!」
「うわーすげえ濡れましたねえ」
たった五分といえど、台風の中走れば服のまま泳いだんじゃないかってくらいびしょびしょで。
俺と先輩はどっちも情けない姿になっていた。
「取り合えず風呂行け。服は適当に置いとくから」
「え…でも先輩こそ濡れてるのに…」
「選手優先!そうでなくとも後輩は先輩の言うこと聞け」
無理矢理と言える形で脱衣所に連れて行かれた。
先輩に意見するのは無理だと、日々の部活で理解している為大人しく一番風呂を頂くことにする。
俺が上がった後、先輩も風呂へと直行した。
出たらいきなり上半身裸の先輩がいたのには本当に驚いた……!!!!
「あ、家に電話いれとかないと……。ん?阿部からメールだ」
“明日は台風の後始末するから朝練は無いって。花井から”
そりゃあグラウンドは滅茶苦茶だろうな…。
この調子じゃ、土が乾くのも遅そうだし。
後始末は勿論俺達がやる。
グラウンドを使うのも俺達なのだから当然だ。
了解の返信をしようとしたら肩に手が置かれた。
「!!」
「そんなに驚くなよー…ん?メールか?」
「は、はい…明日の練習はグラウンド整備に変わるって阿部から……あ!」
先輩は俺の手からケータイをひょいっと拾い上げ、何やら打ち込み始めた。
「ほい、送信完了」
「わー!!!何送ったんですか!!?」
「“Ok、それじゃあ明日な。任せとけ、勇人はオレが責任持って連れて行ってやる。”って書いた」
それ絶対阿部が何事かと思いますけど!!!
俺の返信なのに第三者みたいな書き方してあったら、誰だって不審に思いますよ!?
返信して数秒後、今度は着信。
勿論、阿部から。
「も、もしもし……」
『栄口?今のメール栄口か?』
「い、いやあなんと言うか……」
返答に困っていると先輩が俺の背中にぴったりと張り付いた。
先輩の体温が伝わってくるほどくっ付いていたから心臓が少し速くなった。
先輩は電話越しの阿部に聞こえるように
「安心しろ。オレがきっちり責任持って連れてくよ、隆也」
『!!んな!!』
俺は思わず電話を切ってしまった。
「な…何してんですか!?」
「オレを放って、隆也と電話してんじゃねーぞ」
悪戯が成功したみたいに笑いながら言う先輩に、半分ドキドキして、半分溜息をつきたくなった。
明日絶対阿部に睨まれるー……。
「あ、そういえば先輩の家の人とかは…」
「両親は今外国。兄貴は今日は友達のとこ泊まるって連絡が入った」
・・・・・・・・・・・・
じゃあ今夜、二人っきり!!!??
「二人っきりだねえ。何かするか?」
心を読まれた?!
「えええええ?な、何かって……」
「ゲームとか、トランプとか」
俺は一瞬前の自分を殴りたくなった。
何考えてんだ、と。
明日も早いということで、早々に俺達は寝ることにした。
客間の一つを借りて、其処に二つ布団を並べた。
「あーでもこうやって人が泊まりに来るっていいなあ」
「先輩の家って結構広いですよね。お兄さんと二人じゃ寂しくありません?」
「うーん…大体一人のが多い。兄貴は今忙しくて大学近くの友達のとこ泊まるから」
先輩の家は結構新し目の一軒屋。
前に言った三橋の家もでかかったけど、先輩の家も負けてない。
「なあ、勇人。また泊まりに来いよ。練習が遅くなった日とか帰るの大変だろ」
「それは有難いですけど…先輩に迷惑」
「かかるくらいなら言わない。他の奴らも誘って皆で来ても構わねえくらいだぜ」
その言葉にちょっと胸が痛くなった。
ああ、まだ俺はこの人にとって“仲間の一人”でしかないんだろうなあ、って思ったからだ。
「でも、オレんち泊めたのは勇人が初めてだ」
・・・・・・その言葉で浮上した俺ってすげえ単純じゃない???
翌朝、グラウンドに行った俺を出迎えたのは物凄く不機嫌そうな阿部(+水谷・泉も)
一緒に登校して来たのはなんでか、昨日は何処にいただとか、恐ろしい勢いで詰め寄られた。
先輩はいつの間にか篠岡と話をしていて、こっちに気づいてなかった。(涙)