その電話は時計の針が22時を回った頃、唐突にかけられてきた。
彼からの電話はいつも彼が1時間や2時間一方的に話し続けて、やっぱり彼が一方的に切るのだけれど。
今日はただ一言



『待ってるから』



その一言だけで、一方的に通話が切られた。
いつもみたいに浮ついた口調でもなく、やけに真剣な声で。
こんな時間に一体どうしたんだろう、とか。
そもそもドコで待ってるんだこの人は、とか。
夜遅くにはた迷惑なんだっての、とか。
思いつくのは悪態ばかり。
けれどもちゃっかりパジャマから私服に着替え終わったは、パーカーを羽織って家から飛び出した。
玄関は使わず、自室の窓からコッソリと。
なぜかって?
高校を卒業しても、未だに家の門限は10時だからだ。











空の下で













そもそもだ、居場所も述べずに「待ってるから」は無いだろう。
そうでなくても彼の行動範囲は広いというのに。
ふらふらと道路を歩くは、ひたすら電話をよこした相手に悪態をつく。
家を抜け出してからすぐにリダイヤルしたのだが、通話口から聞こえてくるのは電源が切れているか電波が届かないところに居ますというアナウンスの声ばかり。
本人に居場所を確認できないとなると、これはもう推理するしかない。
かかってきた通話越しに聞こえてきた音は結構静かだった。
よってゲーセンや有線が流れている場所は候補から外れる。
が、ソレを省いたところで、対して候補が減るわけでもなく。



「あんのオレンジ頭、見つけたら思いっきり蹴ってやる。」



そのオレンジ頭は一応一つ年上の先輩になるのだが、もはや今のには気遣いも遠慮もなかった。
彼はなんだかんだ言ってこんな暗い夜道を長時間女の子にさまよわせる程酷い人間ではないから、の家の近くにいるはずだ。
そう考えると、おのずと居場所は絞られてくる。
静かな場所で、おまけに家から近くて。
なおかつ待ち合わせに使えそうな場所といったら。



「公園…?」



思ったとおり。
家から走って3分ほどの公園に彼はいた。
オレンジ色の髪をゆらゆら揺らしながら、暢気にブランコなんかこいでいる。



「先輩っ。」



長年染み付いた癖とは恐ろしいもの。
どれだけ心の中でオレンジ頭と呼んでいようが、自然と普段の呼び方が口をついて出た。
ところがだ、呼んだにもかかわらず、オレンジ頭はちっとも反応しない。
一体全体どうしたんだ。
接近してみると、オレンジ頭は何故か目を瞑ってブランコをこいでいた。
おまけに耳にはイヤホンをしていて、最近流行の曲が音漏れする勢いで流れている。
そりゃ呼んでも気付かないはずだ。



「先輩〜。」
「……。」
「せ・ん・ぱ・い!」
「……。」
「このっ。」



オレンジ頭めっ。
スニーカーを履いた足で、ゆらゆら揺れるブランコに乗っている彼を思い切り蹴飛ばした。
鳩尾を狙って。



「うっぷっ」



何か逆流しちゃった?
そう思ってしまうような声をあげながら、オレンジ頭はブランコの後ろに落ちた。
見事に後頭部を地面に打ち付けていて、ちょっぴり心配になる。
けれど



「惜しい、スカートだったら見えてたのに。」



一体何が見えていたんだ。
当然それは彼が口にするまでもなく。
は再び、倒れたままの彼を蹴飛ばした。



「痛い痛い痛いっ!!!ちゃん痛いっ!!!」
「そうですかふーん良かったですね。」
「全然よくないよっ。俺Mじゃないんだからっ!!」
「ふふふ。」
「ふふふって、いや、あっ、ちょっ、そこは駄目っ。ああっ…!」
「紛らわしいセリフは止めてください!!!」



何もしていないのにいきなり地面に転がったまま身を捩り始めた彼をもう一蹴りしてやろうとしたのだが、ソレよりも早く彼は立ち上がると、ズイとに踏み寄った。
近付く顔に、思わずたじろいでしまう。



「こんな時間に呼び出してごめんね」
「…あ、いや…。」



本当に迷惑の極みです。
いつもならコレくらいの切り返しは出来るはずなのに。
いつになく近付いた顔を意識しすぎて、言葉が上手く紡げなかった。
近くに寄られると、どうしてもモゴモゴしてしまう。



「あの、千石先輩…、その、今日はどうしたんですか?」
「んー、今日ってさ、すっごく大切な日だったから。今さっき思い出して、それで慌てて電話したんだ。」
「何が大切なんですか?」



オレンジ頭こと千石はその問いに答えず、代わりに手首に引っ掛けたスーパーの袋を突き出した。
袋の透け具合から、中には太巻きが二本と、マメのパックが入っていることが分かる。



「これが何か?」
「だめだなぁちゃん。これ見てぴんと来ないと、これからの時代は結婚できないよ?まぁ俺がちゃんと貰って上げるから問題ないんだけど。」



最期に続いた言葉を軽く無視して、はビニール袋からマメのパックを取り出した。
パックの裏には、鬼のお面がくっついている。
ついでにスーパーにありがちな半額のシールも。



「もしかして、節分?」
「あったり〜っ!」



いつもの決め台詞口調で、千石はニッと笑った。
幼い子どものように瞳を輝かせる千石とは対照的に、は少し呆れ顔で千石を見据えた。
マメについた半額シール。
このシールがこういう季節ものに貼られている時点で気付くべきなのに。



「先輩…あのね、節分はもう終わりましたよ。」
「え?」
「2月3日。節分は一昨日です。」



この瞬間の千石といったら、なんとまあ哀れなことだろう。
絶望に突き落とされたような顔でマメと鬼のお面と貼りつけられた半額シールを凝視すること数秒。



「アンラッキーぃ…。」



肩を落としてしょぼくれる姿があまりにも可哀そうで、でも面白くて。
は腹を抱えて笑った。
千石は最初こそ「ちゃん酷い〜」なんて口を尖らせていたが、だんだん笑いに釣られたのだろう。
結局最期には二人して大笑い。
ベンチに並んで座って、二人仲良く太巻きをほお張った。



「ところでちゃん、晩御飯食べた?」
「食べましたよ。」
「更に太巻き食べちゃったから、太るね。」
「こんのっ…」
「あっ、やっ、痛いっ!あだだだだだだっ」



寒空の下で馬鹿みたいに騒いで、マメを投げまくって。
それは節分の日ではなかったけれど。
今年もこうやって二人で楽しく笑って過ごせる年になるといいな、なんて願った。










水島ユキサ様から
千石は彼女が一番書きやすいキャラだそうです