がこの世界に来て、かれこれ何ヶ月が経っただろうか。
怨霊を倒し続ける日々が当たり前になってしまった今、かつての平穏な日々はすっかり記憶から抜け落ちていた。
最初は慣れなかった京の生活も、今ではすっかり馴染んでしまって苦に思わない。
ただ一つだけ、未だに慣れないことがある。



さん、一緒に散歩に行きませんか?」
「おや弁慶、抜け駆けとは感心しないね。、俺と海を遊覧しようぜ。」
「あ、ちゃん!発明が完成したんだ。良かったらちゃんに初披露したいんだけど。」
「神子、今朝は運気があまり宜しくない。外出は控えて私と庭木でも見ないか。」
「神子殿…あの、良かったら私とお茶でも…。」
「おいっ!!!俺と一緒に物見遊山する約束はどうした!?」



起きて普段着に着替えたが部屋を出た途端、わらわらと八葉たちが寄ってたかって声をかけてくる。
その内容は大抵デートのお誘いだ。
がこの世界にやってきて未だになれないこと。
それは、八葉達からのお誘いの嵐だった。








それでも
だに慣れません








よっぽど皆暇人なんだ。
毎日毎日声をかけてくる彼らの本当の気持ちも知らず、は彼らに暇人のレッテルを貼っていた。
皆、膨大な量の仕事をせっせと片付け、あるいは休憩の合間をぬってみに会いに来ているのだが、当の本人はそのことに全く気付いていない。
なんとも報われない八葉達だったが、彼らはにどう思われようが、龍神の神子を手中に収めるために毎日アタックを仕掛ける。
今日もいつものように朝からが部屋を出てくるところを待ち伏せして一斉攻撃を仕掛けたわけだが、彼らを邪魔するように白龍(小さいほう)がトテトテとやってに抱きついた。



「神子、龍脈が乱れてる。何か不吉な物がこの京に現れたみたい。」
「知らせてくれてありがとう白龍!皆、早く行こうっ!!!」



一帯この少女はいつからこんなにたくましくなってしまったのだろう。(答え 周回プレイのせい)
今や誰よりも強くなってしまったは、率先して屋敷を飛び出していく。
もちろん八葉たちも、の隣を奪うべく我先にと彼女の後姿を追うのであった。
そんな彼らの後姿を見て、朔は感慨深げに呟く。



「いい加減も気付いたらどうかしら…?」



どれだけ彼らがアタックを仕掛けても、がその気持ちに気付くなんて、海が割れるくらいありえないことだと思うけど。
朔は何気に酷いことを考えながら、今日も留守番係としての勤めを果たすべく、箒を片手に庭に下りて落ち葉を掃くのであった。




「白龍、龍脈の乱れは何処?」
「このまままっすぐのところだよ。」
「おいっ!!先陣を切るのは俺に任せろっ!!お前は後ろに――――」
「九郎さんこそそのオレンジの髪が邪魔なんで引っ込んでてくださいっ!!!」



哀れ九郎。
の身を案じなければならない八葉なのに、逆にに気遣われている。(というか邪険に扱われている)
ぶっちゃけ今のは、八葉が居なくても一人でラスボスを倒せるほど強くなっていた。
むしろ八葉達は今のにとってお荷物に等しい。



さん、あそこに奇妙な黒いもやが。」
「神子、あれが気の乱れを引き起こしている元凶だ。」



弁慶が指差すほうには、確かに一本の枯れ桜を覆うようにして黒いもやがかかっている。
なるほど、リズヴァーンが言う通り、確かに嫌な乱れをそのもやから感じた。
は腰に差した刀を引き抜き、八葉達を残して木めがけて走っていく。
しかしだ、あと少しでたどり着きそうだったというのに、地面の出っ張りに大きく躓き派手にこけた。



「あたた〜。こけちゃった。」
「神子殿!!!」



なんて無様なんだ自分。
あまりにも恥ずかしい失態に頬を染める
八葉達はその顔に思わず生唾を飲み込んだが、ハッと気を取り直してを取り巻くように円陣を組む。
黒いもやはどうやら枯れ桜自体に取り付いているようで、枯れ桜の根っこがボコボコと地面から這い出てきては、その鋭い先端を八葉めがけて突き刺してきた。
刀を持った八葉達が、器用に根っこを切り落としていく。
しかし、切り落とせなかった根っこがの体に巻きついたかと思ったら、あっという間にの体は枯れ桜の本体まで引き寄せられる。



「きゃっ。」
ちゃんっ!!!」
『ふふふ、コレが龍神の神子…。』



地を這うような超低音の声に、地面がびりびりと震える。
一体何処から声がしているのだ。
キョロキョロと辺りを見回す八葉だったが、声の主はそんな彼らをあざ笑う。



『何処を見ておる。我はすぐ目の前におるぞ。』
「まさか、あの枯れ桜が喋ってるのか?」



ヒノエの言葉に、枯れ桜はその幹を震わせながら低い笑い声をとどろかせる。
間違いなく、枯れ桜が喋っているのだ。
いまだかつて、人間型以外の怨霊が言葉を発したことなどなかった。
驚きを隠せないでいる八葉達めがけ、枯れ桜は大きな根っこを振る。
あまりにも太い根っこは断ち切ることが出来ず、前に出ていた九郎の体を軽々と薙ぎ飛ばした。



「九郎、大丈夫ですか?」
「っ…これしき…大丈…」
「大丈夫じゃないです九郎、少し眠っててくださいね。」
「な、何を言う弁け―――」



地面に転がっている九郎に真っ先に近寄った弁慶は、九郎の体を支えながら衣の袖から小さな竹包みを取り出すと、無理矢理九郎の口にねじ込んだ。
苦い風味の液体が口の中に広がったと思った瞬間、壮絶な眠気が九郎に襲い掛かる。
かくっと首が傾き、九郎は白目をむいて眠りの世界に旅立った。



「ちょ、弁慶、今九郎に何したの…!?」
「ただの気付け薬ですよ。」



気付けどころか逆に逝ってるよね!?
景時は心の中で思ったが、口には出さなかった。
万が一口答えしたら、次はおそらく自分があのようになってしまうから。



「さぁ皆さん、さんを助けますよ。」
((((コイツ皆とか言ってるけど、最終的にを独り占めするつもりだー!!!!!))))



なんて腹黒いんだ武蔵坊弁慶。
身にまとう漆黒の衣は、腹のうちだけでは隠せない腹黒さが表に出てきてしまったに違いない。
残りの八葉達は、さりげなく弁慶から距離を置いてを助けるべく枯れ桜に切りかかった。
を助けるのは自分だ!!!
しかし必死になる彼らを後ろから見ていた弁慶は、フッと微笑み、黒い袖の中から毒々しい紫の竹筒を取り出した。
ひょろりと伸びた導火線に火をつけると、思いっきり枯れ桜めがけて投げつける。
弧を描きながら落ちていく竹筒の存在に、皆必死のあまり気付いていない。



「皆さん、よけて下さいね。」
「「「え?」」」



弁慶が口を開いたのは、竹筒が枯れ桜に触れる寸前だった。
よける暇など当然無いわけで



ボンッ



くぐもった爆発音と同時に、なんとも怪しい紫の煙がモクモクと立ち上る。
それを吸い込んだ瞬間、八葉達はばたばたと倒れていた。
彼等だけではない。
枯れ桜までもが幹を震わせてあえいでいる。



「ふふ、その薬は桜にとって害となる成分を含んでいます。人間が吸い込めば強力な睡眠薬なだけですが、あなたには辛いでしょう…?」
『ぐ、が…ギャあああああああああああああああああ!!!!!!!』



ぴしり。
ゴツゴツした幹に、一筋の大きなひび割れが出来る。
それを境に、あれよあれよという間に幹がボロボロと崩れ落ち始めた。
枯れ桜もたまったものではない。
必死に己の体を蝕む煙から逃げようともがき、地面から根っこを全て引き抜いて移動しようとする。
きつく体を拘束していた根っこが僅かに緩み、は弁慶の怪しい薬のせいで朦朧としてた意識を無理矢理奮い起こした。



「響け…天の声、巡れ…地の声…かの者を封ぜよ…っ!」



その後どうなったかは、意識を失ってしまったには分からない。


































「無事に鎮めることができましたね。」



怪しい煙がすっかり風に流れて消えた頃、弁慶は作戦の成功を細く微笑みながらに近寄った。
ぐったりと地面に倒れているが眠っているだけだ。
力の抜けた体にそっと触れようとしたまさにその時、背後で砂を踏む音が聞こえた。



「お前なぁ、ちょっとはマシな戦い方ってのが出来ないのか?」
「…おや、ヒノエ。生きていたんですね。違った、起きていたのですね。」



怖い間違えは止めてくれ!!なんて恐ろしいんだこの黒頭巾め。
ヒノエは内心冷や汗をかきながら、弁慶を睨みつける。
意識の無いに弁慶を預けてしまえば、一体何をしでかすか分かったものじゃない。



「弁慶、から離れな。」
「おや、怖い顔をしないで下さい。」



すぐにキミも彼等(地面に転がってる八葉達)の後を追わせてあげましょう。
笑顔でそう言いながら袖から奇妙な竹筒を取り出した弁慶に、ヒノエは「ゲッ」と後ずさる。
きゅぽん。
ゆっくりと外された竹筒の栓は、小気味よい音をたてて地面に転がった。


















ふんわりとした暖かいまどろみ。
目覚めたばかりのボーっとした頭で、は心地よいぬくもりを与えてくれる存在に抱きついた。



「おや、お目覚めかい?」



とろんと溶けてしまいそうな甘い声。
きっと叔母様達がこの甘い声を聞いたら、さぞかしキャーキャー騒ぎ立てるだろうに。
けれど、それが誰かを判断する前には再び猛烈な眠気に襲われた。
ぼやけた視界に映るにじんだ紅の色を最後に、は再び眠りの世界に旅立つ。
ヒノエはそんなの長い髪を梳きながら、昼間の出来事を思い出していた。
あの時、弁慶が竹筒を自分に放つより先に、ヒノエは奥の手として隠し持っていた痺れ薬を吹き矢で弁慶に打ったのだ。
更に念には念を入れ、弁慶が使おうとしていた睡眠薬を弁慶に使い、麻痺と眠りという強固な障害を仕掛けておいた。
おそらく半日はろくに動けないはずだ。
ばたばたと倒れている八葉達の処理は、そのうち異常に気付いた朔がやってくれるだろう。
ヒノエは今こそ好機とばかりにを隠れ家に連れ帰った。
布団に寝かしつけて、さぁいただきます。
なんてことは眠っているに対して失礼だからせずに、ただ一緒の布団で寝転ぶだけにした。




「無理せずゆっくりお休み、俺の姫君。」



ヒノエがかける言葉は、熟睡するには聞こえていないだろう。
けれどそんなことは気にせず、ヒノエはの頬に軽く口付けを落とした。



今だけは、俺だけのものでいてくれ。



そんな願いを込めて。










ユキサ様からの頂き物。
キリバンを踏んだので即効リクしましたvv