ああわからない。


何故こうも彼女に惹き付けられるのだろうか。





















い込んだ少女






















「…これはなんの騒ぎだい?」
「……えーっと…」




豊臣軍軍師、竹中半兵衛。
彼は今、目の前の出来事に眉間を寄せていた。







「勉強しようと…思って…で……ごめんなさい」






目の前にいる少女、はある日戦場で一人座り込んでいたところを半兵衛が見つけた。
何を聞いても「わからない、何故、どうやってここに来たかわからない」しか答えないので見つけてしまった手前半兵衛が保護、という形になったのだ。




そして今、目の前の情景は自身が墨で汚れまくっており、部屋も紙が散らばり猫の足跡だらけである。



「字の読み方くらい覚えよう…って思って。そしたら猫がね…捕まえようとしたんだけど」
「もういいよ。話を聞かなくてもこの有様で大体想像つくからね」



溜息を吐きながらを風呂に入れるよう女中を呼ぶ。
女中に背を押されるように連れて行かれながらも何度もこちらを申し訳無さそうに見ていた。














廊下の角を曲がり、姿が見えなくなったのを確認する。

部屋に落ちている紙を一枚手にとって見ると色々と書き込みをしていた。

台の上には積み上げられた書物。

努力はしているようだ。
















ふと考えてみる。








何故、あの子を連れて帰ったのだろう。










本来自分は慈善活動に興味は無いし、今は秀吉にとって大事な時だ。
普通ならその場に見捨てて帰るのに。







「まさか…この僕が他のことに気を取られるとはね」


秀吉を天下人にすることが一番だった自分が最近はあの少女のことが脳裏に浮かぶようになっていた。















何かしでかしてないか


何処かで転んでいないか





……一人で膝を抱えていないか


















最初は女中達に全て任せていた。


だがある日、自分が咳き込んでいる時に彼女と会ってしまった。
彼女は顔を真っ青にして走り出したかと思えば、手に水と手ぬぐいを抱えて戻ってきた。



『無理…しないで』




その時の表情が何とも言えずに儚げで、病人の自分より白かった。





それからだろうか、彼女と少しずつ話すようになったのは。









朝が苦手らしく、寝起き時はぼーっと縁側に座り込む。
声を掛けると一瞬間を置き、挨拶を返してくる。


それからどんなに遠くにいても自分を見かけると必ず声を掛けてくる。
何度も呼ぶので軽く手を上げて返したら凄く嬉しそうに笑っていた。



あまり泣き顔を見せることが無い彼女は笑顔を絶やす事は無かった。


その笑顔を見た時、度々自分の中に暖かい感情が生まれた。








だが一度だけ、が泣いているのを見たことがある。






その日は風の強い夜だった。

部屋に戻る途中、声を押し殺して泣く姿があった。

声を掛ければ、怯えてしがみ付いてきた。



彼女は暗闇が苦手だ、と判ったのはその次の日のこと。
風で灯が消えてしまい、身動きが取れなかったと泣きすぎて目を腫らしたは言った。






あの時は、小さな肩が振るえていたのを見て無我夢中で声を掛けた。
冷血軍師とまで言われた自分が、珍しく焦りを感じた気がする。










「ほんとうに…君は退屈させないね」






「…何か言った?」





振り返ればようやく墨を落としたが戻ってきた。


あどけない表情でこちらを見てきたので何も答えず、頭に手をやる。





「なんでもないよ、それより君の字は個性的だね」
「…下手って言ってるでしょ」
「これじゃあ上達はかなり先の話だね、大方書物もまだ全部読み終えていないんだろう?」
「…」


図星のようで目を逸らす彼女が、愛らしくて




「少しは休憩しようと思っていたところだよ。読書に付き合ってくれるよね?
「……うん!!」





今ではあの時彼女を連れて帰ったことは間違いではないと確信できる。
のいない生活はもう考えられなくなってきた。










この感情の名前はまだ知らないが、悪い気分じゃない。