突然こんなことを言えば変な奴だと思われるかもしれないが、俺達はこの夏に信じがたい経験をした。
思えばあれは夢だったのかもしれない、夏が見せた幻想なのかもしれない。
だけど、俺はあの夏の出来事を生涯けして忘れないだろう。
(日吉視点)
いつものように部活をしていた時だった。
休憩中に先輩達の話が聞こえてきたのだ。
「ウチの学校って創立してもう何十年だろぃ?……出るんだって」
「え〜〜…?ガセじゃないの?俺見たこと無いC〜」
俺達の通う高天原(たかまがはら)学園は校舎はそれ程古くは無い。
だが創立したのは明治時代とか…なんとか。
校舎が新しいのは立て直した新校舎だった。
「でも旧校舎は立ち入り禁止だろぃ?入った事ねえけどよ。噂すげえぜ。人魂とか二階の人影とか」
「それ本当なら見てみたいC〜〜」
「やめておいた方が良いですよ」
関わるつもりじゃなかったが、つい口を挟んでしまった。
先輩達の目が俺に向く。
「なんでだよ?怖いのか、日吉」
「面白そうだよ〜?」
「あの校舎が立ち入り禁止なのは老朽化が進んでるからです。廊下なんてまともに歩けませんよ」
「なんで知ってるんだ?」
「以前近くを通ったんです。木造な所為か壁すら手で軽く殴っても壊せますよ」
高校の裏側にある旧校舎。
明治時代に建てられた割には木造と言うなんとも安い造り。
学校の裏手は山しかない為未だ取り壊されていない。
「なんで壊さないんだろ〜ね」
「聞いた話じゃ壊そうとした業者が怪我したらしいぜぃ!!呪いか?!」
「呪いなんてあるならとっくにお払いくらいするでしょう。偶然ですよ」
と先輩達には言ったが、内心俺も興味はある。
だが先輩達が興味本位で立ち入ればもし本物だった場合危険すぎる…。
「そろそろ休憩が終わりますよ」
「うお!!本当だ!もう四時半じゃん!!行くぞジロー!!」
「待って丸井君〜」
次第に空が赤くなる。
間もなく来るのは「黄昏」
又の名を「逢魔が時」
「おい宍戸・鳳。仁王と柳見てないか?」
「いや?見てねえぜ?なあ長太郎」
「はい…あ、そういえば忍足先輩と滝先輩もいないですよね」
第2テニスコートで練習していた真田先輩が此方までやってきた。
仁王先輩と柳先輩とはまた珍しい組み合わせだな、と思いつつもそういえば
いつの間にか第1コートから忍足先輩と滝先輩がいないのに気付いた。
「柳は少ししたら戻ると言っていたのだが…仁王は何も言わずフラッと何処かへ行ったのだ」
「忍足先輩はさっきまで滝先輩と話してたんですけど…何処へ行ったんでしょう?」
俺はふと背後から視線を感じた。
俺の後ろには誰もいない。
だが旧校舎がある方角だ。
「…なんか嫌な予感がする…」
時刻は四時三十五分
「あれ?あっちにいるのって越前君と不二じゃない?」
鳳の言葉に振り返れば、何処かへ歩いていく二人。
その表情は見えないが、何処か不安がよぎった。
何故なら二人に向かう方向は旧校舎があるからだ。
「あいつら…鳳、悪い。少し抜ける」
「え?ちょっ日吉?」
結局来る事になってしまった旧校舎。
行けばその入り口前には人が六人。
「…忍足先輩に滝先輩…それに仁王先輩に柳先輩…?」
越前と不二以外にいたのは先程からいないと言われていた四人。
まさか嫌な気にあてられて正気を失ってるんじゃ……とも思ったが俺に気付いた忍足先輩がこっちへ手を上げた。
「日吉、どないしたんや?まさかお前も気付いたんか?」
「気付いた…って?」
「ここからする嫌な気配だよ。俺と忍足はそれに引っ張られるように此処へ来た。どうやら他の四人もみたいだよ」
「なんか呼ばれとる気がしてのぅ…。俺だけじゃなかった…ってことは、お前さんら霊感ある方じゃな」
「うむ、俺も幼い頃から見える方だ。今日は一段と禍々しい気がしたのでな…気になって」
「俺別に幽霊とか見えないんすけど…いるってのは感じる方です」
「俺も…兄貴がそういうの強いけど俺は実際はあまり…」
旧校舎はいつもと何も変わらず其処に佇んでいる。
だが何故かそれが不気味な雰囲気を醸し出していた。
「取り合えず今日は帰るか…。…ん?」
柳先輩が何かに気付き正面玄関に行く。
「どうしたんじゃ、参謀」
「…確か、此処は鍵が厳重に掛けられていたはずだが」
見ればドアは少し開いている。
いつもは鎖で巻かれていて、南京錠が幾つも付いていた……はずだ。
「誰か中にいるんじゃないっすか?」
「鍵を開けられるのは事務員だけだ。そして事務員は今さっき校門の傍を掃除しているのを見た」
俺達より先回りして、旧校舎に入るのは不可能だ。
俺がどういうことか頭を廻らせていると、ぽたりと顔に雨粒が当たった。
そして数秒と立たない内に大雨が振り出した。
「うわ!!すげえ大雨」
「通り雨か…?取り合えず止むまでそこの玄関口にいるとしよう。すぐ止むはずだ」
空は晴れているのに物凄いスコール。
校舎に帰れば手っ取り早いのだが、すぐ止むのに濡れて帰って体を冷やすのはスポーツマンにとって愚かしい行為だ。
俺達は逆らうことなく玄関の軒下へと入った。
「フー…それにしても今日は降水確率ゼロだったんだけどね…」
「狐の嫁入りってやつちゃうん?」
「なんすか?狐のヨメイリって」
「昔話でモノのたとえだ。晴れた日の大雨の日に狐の嫁入り大行列を見たと言う話がある。それで突然の通り雨をそう例えるんだ」
「へー……っわあ!!!」
バタンと音を立てて、越前の姿が消えた。
何事かと思い、見ればドアがボロかった所為で背を預けていた越前が一緒に後ろに倒れていた。
「おいおい、何してんだよ…。立てるか?」
「大丈夫だけど…あれ、帽子は?」
倒れた拍子に帽子が取れたらしく越前は辺りを見回していた。
「あれじゃなか?」
仁王先輩が指差す方向にいるのは1匹の黒猫。
越前の帽子を咥えている。
猫は踵を返すと駆け出した。
「ああ!待て!」
「お、おい!越前!」
「あまり奥へ行くな、この校舎はもう所々脆くなっているんだぞ」
「そりゃあ怖いなあ。床が抜けてしまうかもしれへんやんか」
「でもなんでこんなとこに猫が…?」
「大方俺等と同じ理由じゃろ、雨宿り」
越前を追って俺達が完全に旧校舎の中へ入った瞬間、ドアがバタンと音を立てて閉まった。
「!」
「…風やろ。ボロイし」
倒れたドアとは逆のドアが閉まったり開いたりしている。
外を見れば雨が斜めに降っている。
忍足先輩の言うとおり風の所為だ。
俺達はそのまま越前を追った。
その背後で、倒れたはずの扉が勝手に閉まっていたなんて
俺達の誰も気付かなかった。
時刻は四時四十四分。
「…一体何処に行ったんだろ…」
「帽子の一つや二つ諦めろよ。なんかこん中薄気味悪いし…」
「さっきの大雨じゃ練習は終わったかの…。真田に何も言わんと来たけぇ怒られてしまうぜよ」
仁王先輩はそう言って携帯を取り出し、何処かへ電話をする。
「赤也、真田は怒っちょるか?」
『仁王先輩?何処行ってたんすか〜。カンカンでしたよ!』
電話の相手は切原だった。
声がデカイのか、普通に会話が聞こえる。
「部活はどうなったんじゃ?雨じゃけぇ終わったか?」
『…は?…何言ってんすか、仁王先輩…。今日雨なんて一度も降ってないじゃないっすか』
その言葉に俺達は目を見開いた。
だってさっきまで凄い土砂降りだったじゃないか!
切原だってテニスコートにいたのだから気づかないわけ無い。
「…赤也…それはどういう…」
仁王先輩が再び口を開こうとした時、再び玄関から大きくバターンと音がした。
しかも今度はガチャリと何かが閉まる音まで。
「入り口に戻ろう!!」
滝先輩の合図と共に俺達は走った。
「…ッドアが…閉まってる!片方は外れたのに…」
「開かん!!外から鍵かかっとるでぇ」
「有り得ない。ドアが外れている時点で異変があるのは一目瞭然だ。それを確かめずに事務員が鍵を掛けるはずが無い」
「ガラスを割るしか無い!!」
俺達はありとあらゆる手でドアをぶち破ろうとした。
しかし駄目だった。
他の窓も何故かヒビ一つ入らない。
「此処は割れてた窓なのに…直ってる!?」
「嘘だろ…!勘違いじゃないのか、日吉!!」
「入る時に見たんだ、間違いない!」
何処をどうしても外へ出られない。
「…駄目じゃ。電話が繋がらん…」
先程まで切原と電話していた仁王先輩。
だが今は圏外になってしまっている。
他のメンバーも自分の携帯を見るが皆が圏外。
そして
「…よ、四時…四十四分で時計が止まってる…」
俺達は旧校舎に閉じ込められた。