(不破視点)
この間の奇妙な一件以来、俺は益々あの猫に興味を持った。
いや、正確には猫ではなく中にいる――という人物に。
テニス部の連中に聞いたところによれば、は天邪鬼だと言うが俺にはそうは思えん。
天邪鬼に霊を消滅させるなど、出来るものなのだろうか?
天邪鬼は妖怪の一種と本にはあったが、そこまで強い力を持つ者ではなかった。
人間の恐怖心を糧とし、自分の力に変えるということはあるらしいのだが…はそうではなかった。
元々心霊現象そのものを否定していたが、実際に目の当たりにした今はそうも言えなくなった。
それどころか更に考察し甲斐のある対象を見つけられて嬉しい限りだ。
「翼、完全復活したのか?」
「当たり前だよ。原因は片付いたんだし、俺はそんなにひ弱じゃないしね」
椎名もあの日が嘘のように順調に回復していった。
あの覇気の無かった椎名は何処へ行ったと言わんばかりに、今日もマシンガントークを後輩にぶつけている。
そう言えばはよく渋沢や藤代達と一緒にいたな。
ということは渋沢達も俺達のような体験をして、知り合ったのだろうか?
これは聞いてみる価値があるな。
「藤代、笠井。お前達は黒猫――といつ知り合った?」
「!!不破…さん知ってるの!?」
「ってことは旧校舎入ったんだ…」
案の定二人は俺達と同じく、旧校舎に入り中で不思議な体験をしていた。
音楽室の霊を封じる際、と出逢ったと彼らは言う。
その時、“花子さん”も見たらしい。学校の怪談では有名な“花子さん”か…興味深いな。
「あの中にいる霊を封じる為に俺達を助けてくれるんだって」
「テニス部が最初にさんに会ったんだってー。だからってさん独占しすぎだよなー」
「そうか。フム…」
俺の足はテニス部コートへと向かっていた。
コート脇にあるベンチの上ですやすやと寝息を立てている黒い塊。
その横にいる男は暖かい笑みを浮かべてそれを見ている。
「…サッカー部が何か用かな?」
「そこの猫に用がある」
俺の答えに男は一瞬眉間を寄せたが、猫が起きたのに気付いたのか表情を戻した。
『大丈夫だ萩之介。大地も経験者だからな』
「…そうか、柳が言ってた件だね。僕は三年の滝、君は?」
「二年不破だ。俺“も”と言うことはそちらもか」
「ああ、俺も旧校舎には入ったよ」
軽く伸びをした猫は、俺に目線を合わせるために滝の肩に飛び乗る。
近くなった蒼い瞳が俺を見据える。
『大地、お前何か言いたいことがあって来たんだろう?』
「ああ――…テニス部の何人かはよくと“行動”しているのだそうだな」
この“行動”というのは旧校舎に行き霊を封印することを指している。
それを察したはゆっくりと頷いた。
「俺にも出来ることないか?」
「!!」
『…本気か?』
「無論だ。霊感などが自分にあるとは思っていない。だが、協力したいと思う」
俺がこんなことを言うとは思っていなかったのか、滝は驚愕の表情を浮かべの答えを待つ。
『…霊感は確かにねえが…お前精神力は強いな…。揺さぶっても揺らぐどころか燃えるタイプだ』
「幸村と同じだね…」
は滝の肩から降り、何処かへ向かう。
そして振り返らずに言った。
『オレは封印する力はもたねえんだ。だからどうしても人間の力が必要となる。…その時は…頼むぜ?』
「…ああ!」
はそのまま何処かへと立ち去って行った。
「わざわざ許可を取りに来る奴なんて初めてだよ」
「足を引っ張る可能性があるからな」
この間のの力があれば、霊を片付けるなんて容易いのではないのだろうかと思った。
だが、は“封印する力は持たない”と言った。
は霊を退治したいわけではない、眠らせてやりたいだけなのだ。
「不破、何処行ってたんだ?テニスコートの方から来たように見えたけど」
「ちょっと用があっただけだ」
グラウンドへ戻ると若菜と出会った。
俺が来た方向を見ていたらしく、不思議そうに聞いてくる。
だが最小限の返事しか返さなかったので首を傾げている。
「最近テニス部と一緒に居る奴多いよなー」
別にサッカー部とテニス部が対立しあっているわけではないが、この学校で好成績を出しているがこの二つの部なのだ。
その所為かいつの間にか対抗心が芽生えているので、サッカー部の中にはテニス部を敵視している奴もいる。
まあそれはあちらも同じだろうが。
部活時間以外はテニスもサッカーも関係無い。
現に藤代なんかは訳隔てなく友人が多いし、三年はそういう対立に興味が無いようだ。
大体鳴海や若菜、真田なんかがテニス部を煙たがっているように見える。
「藤代や笠井はこの間日吉と一緒にいたし、黒川も切原と仲良いしよ」
同じ体験を共有した者達程、惹かれあう。
何かの本で読んだような覚えがあるな。
「第三者が加わっただけだ。それだけで事態は変わる」
「は?」
――という存在によって、変わったもの。
白夜のプレリュード