(切原視点)
旧校舎内はとてつもなくボロくて、暗い。
おまけに夏だってのに寒いのか鳥肌がぞわっと浮かぶ。
俺でもこの中が普通じゃないってわかった。
俺と不破、黒川と鳳の二組に別れ俺達は仁王先輩に付いて行く事になった。
なんでわざわざ少人数になるのかって聞いたら…
「此処にはそこら中に霊がおるんじゃ。全員で移動してたら目立ってしまうじゃろ」
とのことらしい。
具合の悪い椎名先輩は柳先輩が背負って鳳達と一緒に行くらしい。
人数が増えるその代わり、動きやすい俺達が先に入ることで霊の目から出来るだけ離させる作戦だ。
「仁王先輩…ところで何処で待つんスか…?下手したら他のと会っちゃうんでしょ?」
「さんと俺等が出逢った教室じゃ。あそこには元々さん以外おらんけえの」
「一つ良いか?後ろから何か向かってくるのだが、逃げた方が良いのか?」
へ?と後ろを向けば小さな影が走って来る。
それも物凄いスピードで。
後から入った五人ではない。
というかあいつらより、走ってくる影は背が低い。
「…ににににににに仁王先輩……!!」
「…走りんしゃい。オニゴッコのスタートぜよ!!」
仁王先輩の掛け声と共に俺達は全力で走った。
もう一度振り返ると俺達の後ろにいたのは保健室や理科室にあるアレ。
「……人体模型…!!!」
「あいつ中々足が速いな。フム、いかにしてあの速度を出せるのか興味深い」
「どんだけお前呑気なんだ!!」
俺等は全力に近いスピードで走っているのにアイツは段々速くなっていく。
向こうは疲れねえんだもんな!!卑怯だっつの!!
「…しつこいのぅ…。赤也、思い切り蹴飛ばせ」
「はあ!!俺っすか!?」
「先輩命令」
「……っ!!ちくしょ―――!!!!」
半ばヤケで足を振り上げる。
アイツもこちらへ走ってきていたし、その力も合わさって勢い良く俺の足は人体模型の頭にヒットした。
反動で後方に吹っ飛ぶ人体模型を後にし、俺達はまた走り出した。
「ま、これで怨まれるのは赤也一人じゃ」
「先輩!!?」
「大丈夫だ、見たところアイツは無傷だ。器物破損で訴えられる事はない」
「それも違うだろぉぉ!!!」
なんで俺こっちのグループなんだろう。
二階まで止まることなく走り続けたお陰で、他には全く会わずに目的の教室へ辿り着いた。
飛び込むように中へ滑り込むと、既に中には柳先輩達がいた。
「遅かったな。何かと出くわしたか?」
「人体模型と追いかけっこしとっただけじゃ。もっとも赤也が蹴り飛ばしたが」
「先輩がやれって言ったんでしょぉぉ!!!」
先輩に弄られつつも、先程まで全力疾走だったので息が荒い。
今の内に休んどかないと本番辛いからな。
「…っう…」
教室の机をくっつけてベッドの代わりにしている椎名先輩が苦しそうに呻き声をあげる。
「あの霊が近づいてるんだ。耐えろ、椎名。もうすぐ決着がつく」
「…勿論……勝って…終わらせて…やるよ」
苦しそうでも強きな椎名先輩がすげえ痛々しくて、俺は無意識に手を握り締めすぎたらしい。
爪が刺さり、血が滲んでいた。
「…っ…さっさと来いよ…!潰してやる……!!」
「!切原、離れろ!!!」
黒川の叫びが聞こえた瞬間、体が咄嗟に反応し立っていた場所から離れた。
俺がいたのは窓際。
その窓の向こうには嫌な笑いを浮かべるあの霊の姿があった。
「…っ!!!」
ガシャンと音を立て、窓ガラスをぶち破りそいつは入ってきた。
椎名先輩を庇うように柳先輩が立ちはだかり、仁王先輩や日吉も俺等を守るように霊と俺達の間に立つ。
なんだよ…
俺達自分から来るって言っておいて…守られてるだけなんて…
「て、テメーなんか怖くねえぞ!!俺一人で十分だ!!!」
「!!よせ赤也!!」
霊とか言ったって、所詮は女。
力じゃ俺の方が上の筈!!
「うおらああああああぁ!!!」
『……邪魔ヲ…スるなァァァぁぁ!!!!』
「うわっ!!!」
見えない力で吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
いってえ……。
「馬鹿野郎!!相手は霊体なんだから肉弾戦で勝てると思うな!」
「だって…さっきの人体模型は…」
「そりゃ、体は人体模型だから当たっただけじゃ。恐らく効いとらんぜよあれも」
日吉に怒鳴られ、仁王先輩に呆れられた。
…チクショウ……。
『寄越せ…その、体…ヨこせェエェェッェ!!!!!』
奇声を上げながら椎名先輩を目掛け、向かってくる霊。
だが、柳先輩がそれを邪魔するかのように立ちふさがる。
『…ッ!!!グゲぇえェエアアァ!!!!』
柳先輩に触れるか触れないという距離まで詰めた瞬間、霊は後ずさった。
『ナ…んだァ…!!なゼにんゲんから…こンな強イ力がァっ……!!!』
「…さんの霊力か…。だがコレは好機だ!」
柳先輩は懐から何か取り出し、それを霊に向けた。
『…ヤめロっ…!!!!ヤメろお…!!!!』
女の声とは思えないほど野太い声で、顔を歪ませる霊。
まだ人間に近かった姿はまるで獣のように変わっていく。
口は裂け、目はぎょろりと飛び出て、見ているだけで吐き気がする。
「何出したんじゃ?参謀」
「鏡だ。ノートに書いてあった。こいつの弱点は鏡、だと」
柳先輩の手に握られていたのは小さな手鏡。
これを見せられたから苦しんでるのか。
『…グあ……オのれ…ニンゲン風情が……』
とうとう無差別に襲いかかろうとした霊が最初に目をつけたのは俺だった。
多分一番最初に飛び掛った所為で、日吉や仁王先輩から離れてしまった俺が一番狙いやすかったんだろう。
「切原!!!」
「…っうわああああ!!!!」
目を閉じ、来るであろう衝撃に体を構えた。
いつまで経っても何も起こらない。
そっと目を開けると、眼前には霊の顔。
「ひい!!……あれ…?」
目の前にいる霊はそれ以上俺には近づかなかった。
いや、近づけなかったんだ。
霊の頭を片手で押さえ込んでいる人がいたから。
「…下等霊如きがこの俺様のテリトリーに入るなんざいい度胸だぜ…」
目に映ったのは、鮮やかな赤い髪。
鋭い瞳で霊を睨みつける。
「……も、しかして……」
掠れ気味に出た俺の声に応える様にその人はにっこりと眩しい笑顔を浮かべた。
すぐさま、手に掴んでいた霊を俺から引き離してくれた。
片手で霊を押さえ込みながら宙に浮く。
細腕一本だけだと言うのに、振り払えない霊は成すがままに吊り上げられる。
「てめえは悪事を行いすぎた…。封印なんて生温い事やってられるか。今此処で消えろ。“永遠に輪廻の輪から外してやる”」
氷の様に冷たい笑みを、俺は何故か“綺麗”だと思ってしまった。
本当は怖い。
だけど、目が離せなくて
目の前の光景に魅入ってしまって
「…じゃあな」
その人の霊を掴んでいない、もう片方の手が霊の心臓辺りを貫く。
甲高い声を上げ、霊は消えると同時に目も眩むような光を放つ。
俺はその瞬間、意識が遠ざかった。
「…や……かや……赤也!!」
「っは!?」
目を開けば、赤い髪の人が俺を見下ろしていた。
周りには皆いる。
「大丈夫か?」
「…はい。あ、あいつは!!?」
「もう消えた。心配無い。ほら翼も元気になったみたいだしな」
確かに椎名先輩は最初より数段顔色が良くなっている。
それでもまだ完全じゃないのか黒川の肩を借りているが。
「そ、そういえば…アンタ…もしかして……
さん?猫の…」
「こっちが元の姿だっつうの」
先程見せた冷たい笑みとは全然違う暖かい笑顔で俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
その手に気が緩んだのか、俺の目からは涙が出た。
「赤也、泣いとるんか?」
「な、泣いてなんかないっス!!」
そりゃあ初めて見た幽霊にはびびっちまったけど、これは恐怖から来る涙じゃない。
この人が来てくれたから
「お疲れさん。あいつが逃げられないように弱らせたのも、ひきつけたのも全部お前らだ。だからトドメを刺せたんだぞ」
俺等は役立たずだと思っていたのに、ただついて来ただけで何も出来ていないのに。
「よくやったな」
褒めてくれたことが、嬉しくて
また俺は泣いた。