(鳳視点)

何故日吉が、仁王先輩や柳先輩とこんなに親しくなっているのだろう。
日吉の性格上、あんまり人と深く関わる事なんてないのに。

そして、さっきの保健室での光景。


血まみれの女性、喋る猫。



頭が混乱してきた。












「まずは椎名に聞いておこう。ここ最近変わったことは無かったか?」


「…言っておくけど、俺は正気だからね。三日前、帰り道で…血まみれの女に会った」


「その時、なんとその女は言っていましたか?」


「…“顔を取り替えろ”とかなんとか…」










椎名先輩の言葉を聞いた途端に柳先輩の眉間が寄せられた。

顔を取り替えろって…そんな無理なこと…。
でも椎名先輩の顔って確かに女子より可愛らしいからなあ…言うと怒るけど。



「ま、女がそーいうのも無理無いっすよ!椎名先輩そこらの女より女顔ですもん!」


あ、切原・・・それ禁句。



「へ〜…切原そう思ってたんだ?でも産まれてくる時顔なんて選べるモンじゃないし?
 
そもそもこの顔は遺伝子だから俺にはどうしようもないんだけど。大体、顔なんかで狙われたら馬鹿馬鹿しくてやってられないよ。

 顔を取り替えろ?そんなこと出来るんだったら、とっくの昔に俺だってやってるよ。
こんなオ・ン・ナ・ガ・オじゃなくてね!




…ほらー…怒った。切原真っ白になっちゃったよ。
椎名先輩は顔と身長は気にしてるんだから…それ言っちゃうと回し蹴りか踵落しだよ?
今は体力無いからマシンガントークだけだったけど。命拾いしたね、切原。







「俺も聞きたい。俺は今まで心霊現象等に遭遇した事はない。無論信じているわけでもないが。

 だがさっきの椎名を襲っていたのは幽霊だと言うのか?」



「はっきり言えばそうじゃの。椎名、お前さん三日前のその時にとり憑かれたんじゃ」
「悪夢に魘されて夜も眠れないでしょう?そうやって生気を吸い取って奴は自分の力にしてるんですよ」












普通に考えれば非科学的なことを言っているのは日吉達だけど、今此処では正しいのはきっとあの三人なんだ。
現実に椎名先輩は襲われていたわけだし、本人もそれを否定していない。




















『お前の生気を吸いきったから奴は此処まで来れたんだな。もう時間はあまり無いってこった』
「おう、ようやく復活か」



先程まで仁王先輩の腕を借り、眠っていた猫が目を覚ました。
目の前で実際に喋っているとは言え、物凄く奇妙な光景だ。



『こらこら変な顔してんじゃねえぞ。そこのワカメと大型犬』
「誰がワカメだ!!」
「犬って俺っすか!?」

『だってお前らだけが変な顔してるぞ』



え?と見てみれば不破はいつも無表情だからわからないけど、黒川も椎名先輩も普通。
驚いているのは俺と切原の二人だけ。



「あんなの見た後じゃ猫が喋る位で驚かねえよ」
「そ、そう…?」
「フム、実に興味深い。考察させてもらおう」
「不破…」




むしろ不破は面白い物を見つけた、と輝かんばかりの顔で猫を見つめている。











『オレは。旧校舎に住んでる霊なんだが、今はこの猫の人形の体を借りてる』
「そのままの姿では旧校舎からは出られないのか?」
『昼間はな。それに出たところで見えないだろう、霊感の無い奴には』












さん、それより椎名の…」
『おお』


日吉に促され、不破と話していた猫―ええと…さん?
(なんでさん付けしてるのかわかんないけどなんかしなくちゃいけない気がした)は椎名先輩の所へ行った。



『お前の生気を吸ってあの霊は自由に動けるようになった。このまま待ってたら殺されるぞ』
「…っ…」
『そうなる前に、奴を封印するしかねえ。だがアイツはお前を求めてくる。…わかるか?』
「……俺を狙ってくるんだから、俺が居ればあいつが来るんだろ?囮…ってことだね」
「翼!」
『勿論危険だ。だが、結局何処にいたってあいつの目的はお前だ。なら迎え撃ってやる方が準備が出来る』



 
正直、今日初めて会ったさんや、会話を交わした先輩達の言葉を信じろと言うのは無理があるかもしれない。
だけど、何故かその言葉がすとんと胸に落ちて――…






「…わかったよ。待っててもどうせ死ぬんだ。そんなのはごめんだよ。俺はまだまだサッカーをしたい」



椎名先輩に晴れやかな表情が戻った。


さんの言葉が信用出来ると判断出来たんだ。






『よし。それじゃあ旧校舎へ行くか。翼はオレと来い。…そこの四人はもういいぞ』

「え…?!そんな、俺達もついて行きます!!」

「やめときんしゃい。お前らあの中に入ったこと無いじゃろ?危険なんじゃ」
「そうだ。それに見たところ、お前達は今まで霊に遭遇した事がないだろう」
「そういう人ほど霊にあてられやすいんだ。特に鳳、お前みたいなのがな」
「ええ?俺!?」



なんで俺?
確かに今まで産まれて一度も霊は見たこと無い。
霊感なんてあるとも思ってない。




『お前メンタル弱いだろ。誰かにそう言われたことないか?』
「…っ…はい…」


確かに俺は跡部さんや部長からもう少しメンタル部分を鍛えろと言われた。
ダブルスしか出来ない奴じゃ話にならないって。


『精神力が弱い奴は“霊の言葉”を聞き入れやすいんだ。そうすれば簡単に体を取られたり、操られたりする』
「…でも、ここまで聞いて…黙って帰れません…」






『たとえお前が操られて、この中の誰かを襲ったり、自分が傷付いてもか?』





自分が傷付くのは自業自得。
だが、人を傷つけたら………
















「……もし、俺が操られていたら…遠慮なく止めてください。何されても構いません」






俺はそれでも、ついて行きたかった。











『……わーったよ。ったくテニス部は頑固者の集まりか』




「じゃあ俺も!!」
「俺も…つーか絶対ついて行く」
「俺もだ。この目で見なければ気がすまん」



他の三人も一歩も譲らない。





『…ハア…そう言うと思ったよ…。ま、今回は旧校舎内をウロウロする必要は無いから比較的マシかな』
「けれど、さんがいると霊が近寄れないんですよね?」
『そうだ。だからオレは奴が現れるまで身を隠す。その間が危険なんだ』
「…、俺達も勿論同行させてもらうぞ。俺達なら対処法も心得ている」
『じゃあ蓮二達にこいつらを任せるぞ』




さんはそう言うと窓から旧校舎へと走っていく。




「あの校舎へは四時四十四分にしか入れない。黒川、不破、赤也、鳳。お前達は二人一組になり日吉か仁王と必ず一緒にいろ」


柳先輩の助言を受け、俺達は旧校舎へと足を運んだ。