(渋沢視点)


「仕方ねえ、此処は花子に手伝ってもらうか」

「「「「「花子????」」」」」


俺達五人の声が揃ったのが面白かったのか、さんは笑みを零した。



「お前らもよく知ってるだろ?
《トイレの花子さん》は」

「で、でもあれってトイレに引きずり込んだり、首絞めたりするんじゃ!!」

藤代の言うとおり、《トイレの花子さん》というのは大体良くないものとして見られている。
そんな幽霊が俺達を手伝ってくれるのだろうか?



「そりゃ《花子》の名を騙った低級霊だろ。他は知らんが此処の花子はそうじゃねえよ。
 
 花子は三階の東女子トイレにいる。左から三個目のドアをノックし、“おいでませ”と言え」

「…女子トイレに入るんすか…」

「仕方ねえだろ。使われてるトイレじゃねえんだから気にするな」

















東階段は俺達が上がってきたのとは反対の階段。
まずはこの二階の廊下を渡らなければならない。
先程教室の前を通った影が戻ってこないうちに急がなければ。





「女子トイレは上がってすぐだぞ」



階段脇にある女子トイレ。

誰が花子さんを呼び出すか、ということになりじゃんけんをしたら見事に俺が負けてしまった。





「キャプ!頑張って!!」

「渋沢、骨は拾ってあげるよ」

「先輩の勇姿は忘れないです」

「お前達…なんだか不吉な言葉をかけてないか…?」











左から三番目のドア。

三回ノックをし、「おいでませ」と声をかける。



しーん…と何も起こらない。




「何も出てこないぞ…」




戻ろうと振り返った時だった。






「なんか用?」



背後から女の子の声がした。






「わあああああああ!!!」
「誠二五月蝿い。あらかじめ花子さんが出るって知ってて叫ぶな」

藤代が1人叫び声をあげたが、他の皆は出てくると解っていたから平然としていた。
ただ…すぐ真後ろに出てこられた俺は少しだけ吃驚した。






振り返れば、其処には俺の腰位の背の高さの女の子。
可愛らしいワンピースに、セミロングの黒髪。
全然怖い、とかそういイメージとはかけ離れた姿をしていた。



「よっ花子」
「あら、じゃない。アンタまた人間とつるんでるのね」
「おもしれーからな。おっと世間話しにきたんじゃねえや。花子、ちょいと手貸してくれねえか?」
「手?珍しいわね。アンタが頼みごとなんて」


花子さんは笑みを浮かべながらトイレの戸に腰をかける。
こう見ると、怪談に出てくる花子さんのイメージが全然変わってくるな。




「音楽室のアイツうるせーんだよ。で、ちょっくらシメてくるから他の奴等の足止め頼めねえか?」
「ああ確かに五月蝿いわね。アイツ、ボキャブラリー少なすぎよ。毎晩毎晩、同じ曲しか弾けないのかしら」



同じ幽霊であるはずの二人にまで言われてる音楽室の霊って…。
あ、でも天邪鬼のさんはまた幽霊とは違うのか…?




「いいわよ。アイツはあたしも嫌いだし。そうね、廊下を彷徨ってる奴を威嚇する位なら任せておいて」


花子さんはにっこりと笑顔を浮かべるとさんの周りを回った。


「アンタ、前より良い顔つきになったわね」
「そうか?」
「ええ、格好いいわ」


さんはよくわからない、と言う顔をしていたが花子さんはとても嬉しそうだった。
仲が良い、って言うのかわからないけど二人は俺達の見えない何かで繋がれている気がした。









「取り合えずこの階には上がれないようにしてあげるから、頑張りなさい」




花子さんのお陰で三階は安全に歩けるようになった。















「ねえねえ、さん!今度俺らの試合見に来ない?」
「アホー、一応はオレは此処の住人だぞ。ひょいひょい外に出れるかっての。ま、媒体がありゃあな」
「…媒体。ふうん、それがあれば良いんだね」
「…幸村先輩?何、企んでるんですか?」
「嫌だなあ、笠井。………内緒



否定しろ、幸村。




安全と判ってからの俺達は、とても気楽に歩いていた。
一緒に居るさんも、此処の霊達と同じ存在なのに不思議とそんな感じがしない。
むしろ心地良いと思える程だ。




「さて、気引き締めろよ」


三階の西、第一音楽室。
扉越しに聞こえてきていた曲がぴたりと一瞬止んだ。


そして激しい曲調で弾きだした。




「気付いてるな。気をつけろ、奴やる気満々だ」
「…さっきの花子さんとの会話聞こえてたんじゃないですか?」
「気にしてんのかね、ボキャブラリー少ないの」



笑い事のように言っているが、段々と曲が速くなっている。
俺達がいることはとうに気付かれているのだろう。



さんは音楽室の扉を勢い良く開けた。














中には誰もいない。



ただ、真ん中にあるグランドピアノの蓋が開けられていて、鍵盤が勝手に浮き沈みしている。








「若、呪文がわからねえ上での封印だ。ちょっくら霊力貸せ。後、精市も」
「え?俺もかい?俺そんなに霊感強くないけど……」
「精神力の強さはお前が一番上々だ。乗っ取られる不安が無い。それから誰かピアノ弾ける奴いねえか?」

「…一応出来ますけど…」

「竹巳か。よし、オレがサポートするからアイツのピアノ邪魔しろ」
「ええ!!?大丈夫なんですか?」
「平気平気。それから誠二に克郎。何か封印の媒体になるものをこの中から探せ。何でも良い、手で持てる位の物だ」

「了解っす!」
「はい!」






ピアノの前に笠井が座る。
笠井の後ろにさんが立つ。

そしてピアノの横に幸村と日吉がそれぞれ立つ。


「良いか、本体はピアノにとり憑いた怨念だ。よって竹巳の演奏で邪魔し、引き摺り出す。出て来たところを媒体に入れて封印する」
「はい」「了解」

「出てきたと言っても大人しくは封印されてくれない。オレら三人で無理矢理押し込めるぞ」




笠井の演奏が始まる。
勿論弾いている鍵盤は同じものなのだから、笠井が弾いていればピアノの演奏は不協和音になる。

段々と荒くなる曲調。
弾いている笠井も必死だろう。




「出るぞ!!!!」






背筋に走る戦慄。
鳥肌、なんてものじゃない。
まるで肌全身に針を刺されたかのような殺気。





『……グゥ…グア…アアアア!!!!





「まだか!克郎、誠二!!」
「えーっとえーっと……」
「こっちには無い!!……藤代!!その棚の上の箱は!?」
「まだ見てないっす!!」


音楽室、と言っても此処にはピアノ以外にめぼしい楽器は無い。
棚の中も楽譜ばかりで、媒体になりそうなものなど無い。

唯一ありそうなのが棚の上にあるダンボールだった。


「…くっ…コイツ…強い……」



「若!精市!気をしっかり持て!竹巳!!お前は自分の演奏をしろ!!!」



皆が押されつつある中、さんは強気な言葉を止めなかった。
その言葉に勇気を貰ったのか、皆が目に光を戻した。








「あった!!!!さん!コレ!!」


藤代が見つけたのはメトロノーム。



「アイツに思い切り……シュートしろ!!!」
「え?!あ…うっす!!!」




藤代はサッカー部のエースを背負っている。
そのコントロール力とパワーは二年の中で一、二を争うほどだ。

その抜群なセンスで藤代はメトロノームを蹴飛ばした。



「今だ!!!“汝、眠るがいい!!輪廻の理に交わり、蒼穹の夢を見よ!”」



グアァアアアアアアアアァァ!!!!!!』







目も開けていられない閃光が教室を包み、俺達の視界を奪った。