(藤代視点)



「…うう…なんで忘れ物なんかしちゃったんだろう…。でも朝一で提出のプリントだしな〜…」



暗い廊下を懐中電灯を点けて歩く。
なんで宿題忘れて帰ったんだろ〜〜…。



「…竹巳もついてきてくれたって良いのに…こえ〜…」




友人の竹巳に始めはついてきてくれと頼んだけど、一蹴りで断られた。



《忘れた誠二が悪いんでしょ》




確かに部活が終わり、家に帰るまで思い出せなかったのは自分の所為だけどさ。







「電気を点けたら怒られるからな…。勝手に侵入しちゃったし」


警備員の人間がいればまだよかったのに、生憎見回り中でいなかった。
待っていれば帰りが遅くなるので黙って侵入したけど…やっぱ待てば良かったかな…。

夜の学校程不気味なものはない。














「…あった!これで帰れる…。早く出よっと」



目的のプリントを手に入れ、足早に校内を出る。
サッカー部エースと言われた足は伊達じゃない。



「あー怖かった…でもこれで明日は大丈夫……?」


ふと、校舎裏の旧校舎が目に入った。
いつもなら全然気にしないのに、夜だということで不気味さが一層増している。
早く立ち去りたいのに、目が勝手に見てしまう。







「…はは…夜だと昼間よりこえ〜…さ、かえ…」

帰ろう、と発する筈の声を飲み込んだ。

旧校舎の三階端の部屋にぼうっと立つ人影があったからだ。




暗くて影なんて見える筈も無いのに、《それ》ははっきりと見えた。
一度認識してしまった以上、もう俺にはそれが別物には見えなくて。






「…っ…うわああああああああ!!!」



無我夢中で足を動かし、家路へとついた。




























「本当なんだって!!本当に見たんだよ!」
「…どうせ見間違いだって。じゃなきゃ、夢だよ」
「竹巳〜〜〜〜!!」



朝一番に竹巳に昨日の話をしたけど、竹巳は一切信じてくれない。
そりゃあ俺だって幽霊なんて今まで見たこと無かったし、信じてなかったけどあれはマジで怖かったんだって!!


「そんなに気になるなら見に行けば?昼間なら平気でしょ」
「…っ…それは〜〜〜…」
「…怖いって?」
「…お願い!!ついてきて!!」
「ヤダ」
「竹巳〜!!!」














「俺が行こうか?」














振り返れば其処には同じクラスの日吉がいた。
確かテニス部で、でもあまり良く喋るやつじゃないから最低限しか話したことがない。

なのに、急にこんな話を請けてくれるとは思わなかったので俺だけじゃなく、竹巳まで驚いていた。


「日吉…言っておくけど誠二に付き合う事無いと思うよ?怖い怖い思うから変なもん見ただけだし」
「別に、俺もあの校舎に用事があるんだ」
「マジで!?サンキュっ日吉」
「…ハア、仕方無い。俺も行く。誠二が暴走したら厄介だしね」
「竹巳もサンキュ!!」




俺達は放課後になって、旧校舎へと向かった。





























「でも鍵かかってるよね、旧校舎って」



旧校舎に向かう途中、竹巳が呟いた。
そういえば、厳重な鍵がしてあったようなー…と思えば間髪入れずに日吉が返事をする。


「それなら大丈夫だ」

「なんで?」

「この時間だけは開いている」





この時間??

時計を見れば四時四十分。



















「あれ?あそこにいるのって、三年の幸村先輩と渋沢先輩じゃない?」
「ほんとだ、キャプー!!」



旧校舎の前には人影が二つ。
1人はサッカー部のキャプテンの渋沢先輩。
もう1人はテニス部部長の幸村先輩。


「藤代、笠井…それと日吉?変わった組み合わせだな」
「君達も此処へ用かい?」
「ええ、誠二がどうしても確認したいことがあるって五月蝿くて」
「ひでー!!あ、でもキャプ達は何で此処に?」
「俺達は昨日此処から音楽が聞こえてね、それを確認しに来たんだ」
「音楽…?」


俺は昨日何にも聞こえなかったけど…?



「…
“エリーゼのために”が聞こえてきたんだよ」

…そういえば聞いたことがある。


音楽室のピアノが勝手に鳴り出す、七不思議…。



「ま、誰かが悪戯でテープでも仕込んだんじゃないかって気になってね。柳に話したらこの時間なら入れるって聞いたからさ」
「そういうことですか…。(けれど入れたとしても出られる術が無いんだよ…)」


見れば、旧校舎の玄関は数cm開いていた。
いつもなら絶対開かないようにしてあるのに…。

俺達は不思議そうにしていたけど、日吉だけは平然としていた。



「先に言っておきますけど、入ったら簡単には出られませんから」

「…え?どういうこと…?」
「ああ…柳も言ってたね」



その言葉の意味が解らない俺達と、何か知ってる風な幸村先輩。

日吉を先等にして、扉を開けた。





















「うわ…床抜けそう…」
「暗いな…皆固まって歩けよ」
「音楽室は三階だったね、そこの階段を上がろうか」





玄関を上がってすぐの階段に足をかけた時だった。












「……足りナい…タりなイの…」











すすり泣くような声が聞こえて、俺達の脚は止まった。

な、なんか嫌な予感…。



「日吉…ど、どうしよう…」
「…振り返らずに…走れ!!」



その声を合図に俺達は一斉に走り出した。
運動部の俺達ですら全速力なのに、変わらず声はついてくる。

俺は背後が気になってつい、振り返ってしまった。












!!!」










ぴったりと俺の真後ろにいたのは


髪を振り乱し、上半身だけをズルズルと引き摺りながら大きな鋏を持った女子生徒。







「う…わあああああああ!!!!」

「ちっ!!走れ!テケテケだ!!奴はこの校舎全体の見張りだ!」






足が千切れるんじゃないかってくらいに動かして、角を曲がってすぐの教室へ逃げ込んだ。
幸いにも奴は気付かず過ぎ去ってくれた。








「……出た…。本当に出たよ…」

「成程…蓮二の言ってた通りだ…。この中は霊だらけ…ってね」

「信じられないけど…見てしまった以上信じるしか無いな…」

「日吉…やけに詳しくなかった?」

「二度目、だからな。アレに会ったのも、此処に入ったのも」





さらりと言いのけた日吉に全員が驚きを隠せなかった。


「あんなのに一回会ってるの!?じゃあ此処って…本当に…」
「ああ、出る」



そこは否定して欲しかった――――!!!!!






「…此処は…偶然にもあの教室か」


ポツリと呟き、日吉は辺りを見回し始めた。
まるで何かを捜すように。





「…さん、いるなら出てこないでくれ」





いきなり何を言い出すんだ?





「おい、ひよ……」













「呼んだ?」












!!!!!!!
宙に逆さまに浮いた学生。
学ランを着ているからウチの生徒じゃない。

俺は思わず叫びそうになったが、隣にいた渋沢キャプに口を塞がれ声を出さずに済んだ。





「その言い方は、オレの正体に気づいたか若」
「ええ…ノートを見つけましたから。貴方でしょう、外に置いてくれたのは」
「オレじゃねえよ」
「ありがとうございます」


会話が噛みあってない気がするけど、日吉は嬉しそうだ。
あんな顔、同じクラスになって初めて見る。




「お前も物好きだな、二度もこんなとこに入るなんて。ま、大方誘い込まれたんだろうが」
「誘い込まれた…?…何に…」


宙に浮いていた人は一回転すると床に足をついた。
この人も幽霊なのか…?
でも、さっきのみたいに怖くない…。



「音楽室から何か視えたり、聞こえたりしなかったか?」
「見えた!俺人影みたいなの!」
「俺達はピアノの音を聞いたよ」


「お前らはそれに此処へ引き寄せられたんだ。とうとう外にまで力が及ぶようになっちまったか…」


その人は鮮やかな赤い髪を鬱陶しそうにかきあげながら溜息をついた。



「…日吉、その前にその人は誰なのか紹介してくれない?」
「人間ではないみたいですね…」



幸村先輩と竹巳の言葉に、そういえば!みたいな表情を浮かべた日吉と赤髪の人。




「この人は何十年も前から此処にいるさんです」
「よろしく。ま、人間じゃないわなー」
「俺達は前回此処へ入ってしまった時、この人のお陰で出られたんです」





さんは笑顔が印象的な人だった。
人間じゃないって言われたときには驚いたけど、そんなこと全然気にならない位眩しい笑顔。




「ノート読んだなら解るか?奴の封印法」
「ええ。何かを媒体にして呪文を唱えれば良いって書いてありましたけど…呪文が…」
「書いてなかったか。ま、それはどうにかするとして…問題はだな」



さんがちらりと廊下に目をやった。
何?と思って俺もつられるように外を見る。


ドアの向こうには一つの影が通り過ぎていく。




「あいつの霊力が学校中に垂れ流されてる所為で今日は余計な奴まで活発に動き回っている」
「邪魔が入る、ってことか…。でもなんでこの教室は平気なんだ?」
「オレがいるからだ。並大抵の奴なんかこの部屋に入る事は出来ねえ」



なんだかさんが味方でよかった、と思う。