朝、少し早めに出て幼等部に行くのは俺の日課となった。
小十郎と行けばママチャリと言うアイテムで楽に行けるのに、何が楽しいのか政宗は俺と行くのを好む。



「仲の良いご兄弟ね」



最近よく言われる言葉。
朝の幼等部は他にも母親達がいるから俺達は目立つ。

最初に来た時は皆の目が一様にこちらを向いたから驚いた。

慣れてきた今でもなんとなく居心地が悪いのを感じていると、それを助けてくれた人がいた。






「あ、おはよーちゃんに政宗くん♪」





明るい髪色が一段と目立つ、佐助さん。
政宗の記念すべき友達第一号になってくれた幸村の世話人だ。

好奇な視線を集めている俺に気軽に声をかけてくれて、肩に重く圧し掛かっていた何かが消えた。




「おはようございます、まさむねどのとまさむねどののあにうえ!!」
「Good morning」
「おはよう、佐助さんと幸村。幸村、別に俺の事はで良いんだぞ?」









幸村はわざわざ“政宗の兄”と言う長ったらしい呼び名で俺を呼ぶ。
面倒くさくないかと名前で呼んでくれと言うと、幸村は視線を泳がせた。









「…えと、…でも…」
「?」


言いづらそうにしている幸村はぴゅっと佐助の後ろに隠れてしまった。
チラチラとこちらの様子を伺っている。
それを見た佐助は幸村の言葉を代弁する。




「旦那ね、自分に兄弟がいないからちゃんみたいな兄が欲しいんだって。だから兄上ってつけて呼びたいみたいよ」






それを聞いた瞬間、政宗が俺の手を強く握って幸村を睨んだ。
幸村はそれに一瞬ビクッとなったが、怯まず睨み返した。




「なんでゆきむらがおれのにいちゃんをあにうえっていうんだよ!!おかしーだろ!」
「だ、だって…まさむねどのばっかりずるいでござるぅぅ!!!」


お子様達がまたしても争いを始めてしまった。
この二人は仲がいい分余計に反発する点も多い。
俺と佐助さんは大体苦笑しながら見守る、敢えて止めない。












「おはようございます、お二方」
「まつ先生、おはようございます。政宗、お願いします」
「おはよう、先生。幸村の旦那、よろしく」






先生に連れられて教室へ入って行く二人を見送り、佐助さんと俺は自分達の教室へ急ぐ。


佐助さんはどうやら同じ学園の高等部だったらしく、毎朝の登校は大体一緒だ。








「あ、そうだ。今日俺様少し遅くなるんだ。だから今日は一緒に帰れないや」
「そうなんだ。幸村は知ってるの?」
「うん、朝言ってあるから。それじゃあね、ちゃん」



いつからか幸村と佐助さんと一緒に帰るのが恒例になっている自分。
偶々帰り道が一緒だったから、最初の日に一緒に帰ってそれから毎日。











「…でも佐助さんなんで小学生の俺と帰る時間同じなんだろう…」











俺の方が明らかに授業時間短いのに。












と、そんなことを考えていると予鈴が鳴ってしまい俺は急いで教室に向かった。



































「政宗ー、帰ろうぜー」
「にいちゃん!!」



幼等部に行くと政宗の突進と言う洗礼。
最近はダメージが少ないように受け止めれるようになった。
今日は五時限しか無かったからちょっと早めのお迎えだ。




「まさむね、このひとまさむねのにーちゃん?」
「にてねー。でもにーちゃんいるっていいなー」



俺と政宗の所に集まってくる園児達。
おお、いつの間にか友達出来たんだな政宗。兄ちゃんは嬉しいよ。

一人はポニーテールにデカイ羽根飾りを着けた男の子。
もう一人は政宗と反対の方の眼に眼帯をしている銀髪の男の子。




「へへんいいだろ!!」


自慢気な政宗、何処か羨ましげな目で俺を見てくる二人。



「政宗、政宗。紹介して?」
「こっちがけーじで、こっちはちかべだ」
「もとちかだ!!!」



一人は弄られキャラなんだろうか?
名札には“まえだ けいじ”と“ちょうそかべ もとちか”の文字。
まえだ…って…あ、まつ先生と同じ名字じゃん。家族かなあ?




「そっか、俺が今日早いからまだ他の皆はお迎え来てねえんだ」

教室にはまだ多くの園児が残っている。
時刻は二時前。それじゃあまだ迎えは来ないよなと自己完結していると裾が引っ張られた。



「なーまさむねのにいちゃんの名前は?」
「俺はだ。皆政宗と仲良くしてくれてありがとな」
「おう!!なあなあにいちゃんもあそぼうぜっ!」
「おれもおれも!にーちゃんとあそびたい!」



二人の申し出に政宗の顔がまた微妙に歪む。
どうしてコイツは…と思ったが、やめとこう。
こんなに懐いてるのは今だけだろうな、と思い政宗の頭を撫でてやる。


「にいちゃん…?」
「どうせ、帰っても暇だし皆と一緒の方がいいだろ?遊ぼうぜ」
「……うん!!」



やっぱりな。
なんだかんだ言っても友達と遊びたいのが顔に出てる。
三人で何をするか話しているのを微笑ましく思いながら、そういえば一人足りないのを思い出した。



『…幸村がいない…?』


あいつは賑やかだから、教室の何処に居ても声が聞こえるはずだ。
なのにさっきから幸村の声を聞いていない。








俺はそっと教室を出てみた。








「まつ先生、幸村知りませんか?」
「幸村くんですか…?さっきまで外で遊んでおりましたのに…」
「そうですか…。今日佐助さん遅いって言ってたからまだ帰ってないと思ったのに」
「そういえば連絡帳に書いてありましたわね。では少し捜してみますわ」




先生が駆けて行った後に俺は三人に捕まった。
強制的にオニゴッコに参加させられ、すばしこい幼児三人を追いかける羽目になった。
遊んでいれば時間も経ち、他の園児達のお迎えも来る。

慶次と元親も帰ってしまい、そろそろ俺達も帰るかと教室へ戻ろうとした時樹の上に赤い色を見た。




























「幸村、何やってんだ。落ちちまうぞ」
「…!!…ま、まさむねどののあにうえ…」


結構高い樹だと言うのによく登ったもんだ、と見上げてみる。
幸村は何故か妙に大人しい、というか元気が無い。



「…降りられなくなったのか?」
「ち、ちがうでござる!…おりたくないだけでござる」



・・・・・・・嘘だな。
降りられないんだろうが。
微妙に震えてるし。




かと言って俺の体格じゃ飛び降りられても受け止められる自信は無い。


佐助さんなら……











あ、そういうことか。















「政宗、俺の鞄見てて」
「え…?に、にいちゃん!!」



俺は樹に足をかけて登り始めた。
下で騒ぐ政宗の声が聞こえるが、「大丈夫、大丈夫」と返し幸村の所まで上がっていく。
幸村は驚いたような目で俺を見た。




「ほら、手貸せ」
「…ま、まさむねどののあに「それ、やめろ」


そう言えばまた俯く幸村。
だけど俺は言葉を続ける。



でも、兄上でも、なんでもいい。そんな長い呼び方しなくても幸村の呼びたいように呼べ」

「…!!」






今度は驚きは驚きでも、陽の表情。
慶次や元親だって気軽に“にいちゃん”と呼んでいたのに、なんで幸村はこんなに遠慮するんだか。






幸村のいる枝に乗り、小さい体を無理矢理背負う。
はっきり言ってこれは結構危ないことだと思う。
でも仕方無い。






「離すなよ。何があっても絶対だ。佐助さん待つなら一緒に待ってやる、下でな」
「わ、わかったでござる!」





ゆっくりと足場を捜しながら少しずつ降りてゆく。
よしよし、もう少しだ。













その気の緩みだろうか。













枝が嫌な音を立てて、折れた。









「っ!!!」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!!」







背中には幸村がいる、後ろ向きに落ちるわけにはいかない。
あ、でも顔面もいやだなあとか呑気なことを考えていると下にオレンジ色を見た。











「旦那っ!!ちゃん!!」











凄く焦った顔の佐助さん。
初めて見た、とか思ってたら急スピードで俺達は落下。
来るであろう痛みに構えながら歯を食いしばった。



























「…あれ?」



衝撃はあった。



だけど、何故か固い地面ではなく柔らかい何かの上に落ちた衝撃。



目の前にあるのは白いカッターシャツから覗く迷彩柄のTシャツ。









「あたたた……もう!何無茶やってんの!この二人は!!」



近くでした声に頭を上げれば怒った佐助さんの顔。
背中の幸村が強く俺の服を握ったのが判った。

ああ、佐助さんが受け止めてくれたんだ。







「あ、ごめんなさい…」
「にいちゃん!!!」


呆然としていると政宗が泣きそうな顔で飛びついて来た。
幸村もしゃくりあげている。


「旦那も!また樹に登ったんでしょ!?あれ程駄目だって言ったのに!」
「だって…」












「待って、佐助さん。幸村は佐助さんを待ってたんだよ。あそこなら佐助さんが来たらすぐ判るから」













あの樹の上からは門がよく見える。





「俺じゃ駄目だったけど、佐助さんならあの樹の上でも迎えに行けるでしょ?」




そう言うと佐助さんはやれやれ、と幸村の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
涙を堪えていた幸村はそこでようやく泣き出した。







「政宗はちゃんと樹の下で待つんだぞ。俺じゃ格好良く行けないから」
「Yes,そんなとこのぼらなくてもおれはにいちゃんがきたらすぐわかるもん」































帰り道、いつものように一緒に帰る俺達。
俺の左側には政宗。右には幸村と佐助さん。


俺の両手は塞がっている。


「ゆきむら、はなせよ」
「いやでござる」
「おれのにいちゃんなんだぞ!」
「でもあにうえってよんでいいっていわれたからそれがしのあにうえでもあるでござる!」



そして繰り広げられる攻防。




「モテモテだねえ、ちゃん」
「俺こんなに幼児に好かれるの初めてだよ」
「“良いお兄さん”だからだよ」



そう言って笑う佐助さん。
俺は少し考えて、口を開いた。













「佐助さんも“良いお兄さん”だと思うけど。少なくとも俺にとっては」









「・・・・・へ?」




またしても初めて見た、佐助さんの間抜け顔。

その表情を見て、頬が緩み俺は笑った。
左右の二人が何事かと見てきたが「内緒」と言って誤魔化した。




「さー帰って飯だー」


「ちょっ、ちゃん?!今の…」



「え?何が?二度は言わないよ」



「そ、そりゃないでしょ?もう一回言って!!よく聞こえなかったから」

「いやでーす」





夕日に染まる道を笑いながら帰ったのは今日が初めてだった。