『龍神の神子は私一人。お前など、いらない』
『や、やめて…』
『貴女さえいなくなれば…あの人も、八葉も私のもの…』
『…っや!!』
「きゃあああああああ!!」
夜の静寂は、少女の衣を裂くような悲鳴でかき消された。
「どないしたんや、あかねちゃん!!!」
「神子殿!!」
頼久と共に駆けつけてみれば、部屋の外でガタガタと震えているあかね。
「部屋に蝶の…死骸が…いっぱい…」
搾り出すかのように紡がれた言葉に頼久が部屋の様子を見る。
はあかねの肩をそっと抱いた。
「どうや、頼久」
「…何もありません」
「嘘…そんな、さっきまでいっぱい…」
遅れて現れた泰明が部屋の中を注意深く捜してみれば、“あかね”と書かれた皿を見つける。
「――呪詛だ。明晩、神子は死ぬ」
淡々と紡がれた言葉は全員に衝撃を与えた。
予兆があったはずだ、と泰明があかねに問えば「夢を見た」と彼女は言った。
その夢の内容を詳しく聞いてみれば先日会った、もう一人の龍神の神子――天真の妹が出てきたと言う。
「…まさか………」
「あの人…言ってました。私がいなければって…。さん、私死んじゃうの…?」
「落ち着きぃ。泰明がどうにかしてくれる。それより…天真にはこの話したらあかんよ」
「…はい」
彼女がこんな事をするとは思えなかった。
だが、確かに初めて見た時の彼女は正気のようには思えない。
だと、すると何者かに操られているということも考えられる。
「…泰明」
「なんだ」
「呪詛を…返すんか?」
「それしか、神子が助かる方法は無い」
だが、それは呪詛を行った人物の元へ呪詛が返るということだ。
それは恐らく、蘭の元へ。
「…返す以外…無いよなあ…」
「どうしたのだ、。お前は呪詛を行った者に同情しているのか?」
「同情……?」
いや、違うと思う。
同情などというものだけで、まだ一回しか会った事の無い少女の心配することはしないだろう。
むしろあかねを殺そうとした相手だ、同情する余地が無い。
だけど、彼女を苦しませたくないと思うこの感情は…そう、八葉が神子を守るのと同じものだと思う。
八葉は神子の為にある、だからこそ泰明はあかねを守る。
では“守人”である、オレは―――――…??
呪詛は泰明により、返された。
あかねは勿論無事。
だが、が倒れた。
「さん!?これは…どういうこと?」
「わからないのです…殿は私と一緒に此処で神子の帰りをお待ちしていたのですが…」
永泉はとずっと一緒にいた。
神子の無事を祈り、案じていた時急にが倒れたのだ。
胸元を握り締め、苦しみに耐えながら――――…
その様子を見た泰明は眉間に皺を寄せた。
「どういうことだ、。私は確かに呪詛を行った者に返した。何故お前にその呪詛が行くのだ」
その言葉に八葉、あかね、藤が黙ってはいなかった。
「なんでに返るんだよ!!泰明、てめえ何か間違えたんじゃねえのか?!」
「そんなこと無い。大体全ての呪詛が返っていればの心の臓は喰われている。それと――…桂の神子とはお前の知っている者か?」
「なっ……!」
「呪詛を行ったのはその者だ。もっとも呪詛を返したのだから無事ではないだろうが」
「なら蘭は死んで……!?」
「だがが呪詛の半分を身に受けた。恐らく術者にも半分しか返ってはいまい」
その言葉に天真は少なからず安堵を覚えた。
が生きているということは蘭も生きている。
だが、何故蘭に戻った呪詛の半分がに向くのだ?
「、お前は何をしたのだ?」
「…なんも…して、へん…ただ、あの子が…苦しむんが嫌や…思うてたら…」
「無意識に呪詛の肩代わりをしたのか―――…これが…守人か?」
荒く息をするは薄れ行く意識の中で、同じ様に苦しむ少女の姿を見た気がした。
生きていた―――――――良かった。
「蘭よ、苦しいか?」
「…はい…」
蘭の体を抱きかかえながら男は口元に笑みを浮かべる。
「フフフ…守人はどうやら本物のようだ…。蘭よ、あの男のお陰でお前は命が助かったのだ」
「…あのひとが…」
「やはり…あれはお前のものだな。なのに今はあちらの神子の元にいる。―――悔しくはないか?」
「……悔しい……!!」
悔しさに歯を噛み締め、この間見た面影を思い出す。
自分を見る目がとてもやさしかった。
この人が、私の傍にいてくれたらと
その腕で抱き締めてくれればと
この痛みは、あの人との繋がり。
今時を同じくして二人は繋がっている。
それなら耐えられる。
「…わたし…を…たすけて…」
その願いは暗闇に溶けていった。