あれから、わたし達は四神の呪詛を解除してもう一度解放をやり直した。
勿論、簡単なことではなかった。
アクラムが蘭を使って黒龍を召喚しようとして、京に暗雲と絶望をもたらした。
澄んだ水が流れていた神泉苑がまるで、泥水のように濁り雷鳴は鳴り響く。
京には怨霊が溢れかえった。人々の悲鳴があちらこちらから聞こえ、地獄絵図。
けれど、それでも諦めることはしたくない。
皆で力を合わせ、怨霊を封印していく。
最後にはアクラムが自らを生贄に百鬼夜行を呼び寄せ、空には大量の怨霊が現れた。
それでもわたし達は最後まで逃げることはなかった。
だって、まだあのひとを見つけていないんだもの。
この戦いに勝てば、戻ってくるよね。
アクラムの呪詛を受けたのなら、解ければ貴方は戻ってくるのよね?
それだけを信じて、前だけを見ていた。
明王の力、四神の加護、八葉の絆。
沢山の恩恵を受けて、取り戻したのは平和。
アクラムの目を覚まさせることは出来なかった…。
百鬼夜行と一体になったあの人は…封印するしか方法が無かった。
怨霊を封印する時、わたしの中の龍神の力が蘭の中の黒龍の力とひとつになった。
とても暖かな、黄色い光。
光は白と黒の龍になり、二匹の龍は一匹の金色の龍になった。
あの金色の龍は、前にわたしを助けてくれた光と同じ暖かさを感じた。
京に平和を取り戻せば、わたしの「神子」としての役割も終わり。
龍神はわたしに言った。
「元の世界へ戻る事を望むか?」と
勿論、わたしは帰ることを望んでいた。……此処へ来た当初は。
天真くんだって絶対帰るってずっと言ってたし、詩紋くんだって元の世界で叶えたい夢があるって言ってた。
蘭だって、三年もこっちへ一人で来ていたんだから帰りたくない筈無いのに………
今じゃあわたし達四人ともが帰ることを渋っている。
だって、あのひとがいないんだもの。
一緒に帰れると思っていた、貴方はここにいない。
ねえ、さん。
何処にいるんですか?
蘭は、ずっと元気がないんだよ?
堪えてるけど、一人の時はずっと泣いてるみたい。
天真くんはあれ程帰りたがってたのに、毎日京を歩き回って貴方を捜してる。
詩紋くんも元気が無い、わたしだって……。
ずっとこちらの世界にいて藤姫ちゃんにお世話になり続けるわけにもいかない。
元の世界には家族だっている。
わたし達は帰る決心をした。
「あかね。……準備出来たか?」
「天真くん…。うん。後は身の回りを…あ」
制服に着替え、荷物を整理する。
着ていた水干を畳もうと広げるとコロンっと何かが落ちた。
「…っ!」
桜模様の櫛と、桜色の小袋。
あの人がくれたもの。
わたしは震える手で小袋を掴んだ。
『なんかあったら開けてや。その代わり効き目は一回きりやからな』
あの言葉が甦る。
わたしはあのひとがいなくなったなんて思いたくなかったから開かなかった。
けれど…今、これを開けなきゃいけない気がした。
「それ…俺達と同じ時に貰ったやつか?」
「うん…。なにかあったら開けてって……」
袋の中から出てきたのは、水晶のような透明感を持った、ビー玉位の黒い石。
これは一体なんなのか、わたしはそれを泰明さんに見せた。
「……っ!!神子、これを何処で…」
「…さんから貰った小袋の中に入ってたんです。…あの、それ何の石なんですか?」
「……これは、黒龍の力の欠片だ」
「!!!」
龍神には、逆鱗と呼ばれる力の源がある。
この石はその逆鱗の欠片。
だけど、龍にとって逆鱗は命と呼べる位大事なもの。
欠片とは言えコレ位の大きさでもかなりの力を宿している、と泰明さんが言った。
「黒龍の力は破壊の力、…だが白龍の神子であるお前ならば別のことに使えよう。
例えば……失ったものを元に戻すこと、などだ」
「!!!再生の力…」
「だがその大きさでは精々一回が限度だ。勿論、人を生き返らせると言う大事は出来ぬが」
わたしは手の平の中の石をじっと見つめる。
さんはもしかして、この石に保険をかけていたのだろうか。
もしあの香袋が身代わりをしきれなかったら、京が怨霊に支配されてしまったら
そんな時わたしが挫けて、諦めてしまわないように
この石を託したのだろうか。
「…そうか、それであやつは…」
何かを納得したように泰明さんが呟く。
「…どういうことです?泰明さん」
「欠片とは言え、逆鱗の一部を失えば龍は弱る。守人は龍の分身……恐らくは力を使い果たし長き眠りについたのやもしれぬ」
「……じゃ、じゃあ…また力が戻れば…さんに会えるってこと!?」
「それが何十年先、いや…何百年先か判らぬ。またこの地に降り立つのかも…定かではない」
とても低い可能性
けれど、それでも“0”じゃないんだ
此処へ来る前のわたしだったら、きっとその答えを聞いて諦めていただろう。
けれど京で暮らした日々が、さんと過ごした日々がわたしを変えた。
さんが、消えるわけない。
きっとまた会える。
手の平の中の石はいつまでも輝きを失わない。
この石がある限り、貴方を思い出せる。
「おはよー蘭!」
「あかね、おはよう。早く行かないと遅れるわよ」
蘭との待ち合わせ、今日はこれから女二人で小旅行の予定。
運良く当てた福引の旅行券、江ノ島観光ツアー。
平和な日常、わたし達はまたこの世界へ帰ってきたんだ。
あれから一年が経ち、わたし達は高校二年生になって詩紋くんは高校一年生になった。
天真くんはよく休日はバイクに乗って遠出をしてる。何処に行ってるの?って聞いたら京で行ってた場所を廻ってるんだって。
詩紋くんは沢山お菓子の勉強をしてる。色んな国のお菓子を作りたいんだって。
そうそう、まだ驚く事があるんだ。
わたし達がこっちの世界に戻った時、他の八葉の皆もこっちへ来る事を選んだの。
もう戻れないんだよ、って聞いたけど皆後悔はしないって。
…わたし達と一緒にさんが帰ってくるのを待つんだって。
頼久さんも
イノリくんも
鷹通さんも
友雅さんも
永泉さんも
泰明さんも
そして勿論わたし達も貴方を待っています。
きっと…帰ってくるよね。
もう一度会えるって信じてる。
貴方がくれた石はペンダントにして、今も私の胸元で輝いています。
「ねえ、蘭。この間隣のクラスの男子から告白されたって本当?」
「誰よ情報源…。でも、私恋人いらないから。…理想高くなっちゃったしね」
「…そっか。確かに蘭の理想は高すぎだよね。そこら中の人じゃ叶わないよ」
蘭は胸に光る赤い石のついたチョーカーに優しく触れ、
「あのひと以上の人見つけるまで恋はしないの」
と笑った。
そんな話をしながらバスに揺られているとあっと言う間に鎌倉へ着いた。
展望台が新しくなったとガイドさんに聞き、わたし達はそこを目指すことにしたのだが土地勘が無いので道順が判らない。
駅前で丁度同じ年位の女の子がいたから道を尋ねてみた。
「あの、江ノ島の展望台ってどうやって行くんですか?」
「あ、あの新しく出来たやつ?それはね、このバス使って、この停留所で降りれば良いよ」
「ありがとうございます。時間も丁度良いし、乗れそうね。あかね、行きましょう」
「うん。ありがとうございました!」
バスに乗る時、その女の子が二人の男の子と合流した。
少しだけだけど話し声が聞こえてきた、何処かへ出かけるようだ。
「今日はちょっと足伸ばしてみようぜ。あの辺とかよく行く店あったろ」
「帰りにマンションに寄ってみましょう。手がかりがあるかもしれないし」
「うん。大学とかにももう一度行ってみよう?友達とか、先生に何か連絡してるかもね」
よくは解らなかったけど、何かを捜してるみたいな会話。
バスの戸が閉まり、それ以上は聞けなかった。
三人の姿が段々小さくなっていく。
見ず知らずの人なのに、何故か妙に気になった。
「どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもない」
窓から視線を外し、ようやく旅行気分に戻った。
また 会える よね?