「え?泰明さんがいない?」
「はい…。どうやら昨日朝何も告げずに出かけられ、それから戻って来ていないようなのです」


藤姫は思案顔でそう言った。
折角四神解放の日取りも決まり、これからだと言うのに八葉である泰明が行方不明になってしまい不安なのだろう。
あかねは藤姫を元気付けようと、笑顔で言った。



「大丈夫だよ!泰明さんのことだもん、やらなきゃいけないことは解ってるんだし」
「そう…ですわよね。それに様に聞けば何か分かるかもしれませんわね」
「あ…そ、そうだね」



とは昨日別れて以来まだ会っていない。


蘭のことをだけが遅れて知らされた。
その動揺さ故に走って去っていった。


実を言うと今日来てくれるかどうか、あかねには不安だった。
























「邪魔するで」

さん!!」
「まあ、様!丁度お話してましたのよ」



心配を他所にひょっこり現れたに目を丸くするあかねと表情を明るくする藤姫。
その対照的な二人には首を傾げた。


「え?な、なんかあったん?」





















「…泰明が。…やっぱ帰ってこんかったか」
「やっぱりって…さんどうしてそう思うの?」
「何も言わず出かけたからなあ。只事じゃない気がしてん。兎に角一日様子見て、帰って来んかったら式送ろうと思ってな」

懐から鳥の形に切り取られた紙を取り出し、フッと息を吹きかける。
そしてそれを空に放つと、紙は白い鳥になり飛んで行った。



「なんらかの返事を期待しよか」
さん、知らなかったってことは…昨日はあっちに帰ったんじゃなかったの?」
「あー…昨日はなあ仁和寺に泊まっててん。雨に降られたから近かった永泉の所に世話になったんや」


多少話は掻い摘んではいるものの、嘘は言っていない。
けれど全て話すのは流石にも恥かしい、それ故大まかに纏めた。




しばらくして、一羽の鳥がの肩に止まった。
それはが飛ばした鳥だ。

が指を差し出すと、鳥はその指に飛び移った。
足に何か結び付けてある。手紙のようだ。



それを開いてみると、何やら達筆な書体で書かれている。





「“早く、迎えに来い”…なんじゃそりゃ。…しかもこれ泰明の字じゃあらへんし」
「何処とかも書いてないですね…。どうします?」
「…うーん…兎に角外に出てもう一回式を……っ!?」




外に出た瞬間、の姿が消えた。



あかねと藤姫は一回顔を見合わせ、それから慌てて外に出た。




「……さん…?」

「…き、消えましたわ…」




「「キャーーーーーーー!!」」







































「あだ…なんやいきなり…」

いきなり足元が消えたかと思えば、腰から着地してしまった。
痛む箇所をおさえつつ、辺りを見回せば其処は土御門ではなかった。



「山…?この澄んだ空気…北山か?!」





が周りをキョロキョロと見回していると背後でがさりと音がした。





「………?」





捜していた人物が其処にいた。



数秒、沈黙が流れ先に口を開いたのはだった。




「……泰明!!!お前、此処で何してんねん!!」

「私は…。それよりお前こそどうして此処に…」

「オレだって知るかいな。いきなり此処に出たんやから」





二人でそんな会話をしていると樹の上から笑い声が聞こえた。







「これぞ、天狗必殺神隠し!」




羽根の生えた、僧の格好をした妖怪。
天狗だ。




「天狗!!」

「何を怒るかのー。一人で抱え込んでも仕方が無いじゃろう。さっさと本心ぶちまけてすっきりしたらどうじゃ?」

「黙れ!」





泰明は感情むき出しに怒鳴った。
は驚き、目を見開いたが天狗の「抱え込んで」と言う言葉にひっかかりを感じた。




「…泰明、お前何か悩んどったんか?」

「……私は…直に壊れるかもしれぬ」

「壊れる?……なんでそう思ったんや?」









「…気が乱れる。術も失敗することが増えた。胸に痛みが生じる。…これは壊れる前兆なのだろう。私が…人ではないから」

「…人ではない…。それは、泰明の生い立ちに関係あるんか?」

「知っていたのか!?…師から聞いたのだな。私は師の陰の気と、師の北の方の陽の気を練って生まれた。

 女人の腹を通して生まれていない私は不完全な存在。陽の気が足らず…人間に一番必要なモノ…“心”を持たず生まれた」


「…だから、壊れる…と?」

「不完全なのだから人のようには死なず、壊れる。私には心が無いから…」





苦しみを泰明は吐き出していく。
は黙って聞いていたが、次第に言葉の節々におかしい部分を感じ始めた。











「ちょい待ち。まず一個ずつ整理しよな」
「?」





「まず、気が乱れるとは主にどんな時や?四六時中か?」
「いや…一人の時が主だ」

「じゃあ次に術の失敗はその気の乱れの所為か?」
「…そうだな。一人でいる時、集中できず気が乱れ術を失敗する」

「胸に痛みって言うのは心臓か?肺か?説明つくような場所か?」
「…いや、何処とは特定出来ぬ。胸、としか言いようが無い」


「一人でいる時、考え事が増えたりしてないか?雑念とかでもええけど」
「…ああ、目の前のこと以外が頭に浮かぶ」



質問を終えるとはフムフムと首を縦に振り、泰明の肩を叩いた。









「泰明、それは心が生まれた証拠や」

「私に…心…?!」




は泰明の胸の真ん中をトンと叩いた。




「痛いのは心や。気が乱れるのは、心が頭とは別のことに集中しとる所為。よくあるやろ、考えるより先に行動に出るって」
「ああ」
「あれは心の思うままに行動しとるからや。泰明、お前は心を持ったんよ」


「私に……」





泰明はの腕を引いた。
逆らうことなくの体は泰明の胸に飛び込んでいく。





「およ?」

「…今、私の中はとても満たされている…。お前のお陰だ…

「…さよか」



まるで大きい子供だ、とは泰明の背をぽんぽんと叩く。
すると益々泰明の腕に力が込められた。




『ん?なんか話を総合すると…

 

 気が乱れる=
落ち着かない


 術が失敗=
手につかない

 
 加えて胸が痛い…ってまるで
恋する少女かっ!』





一人ツッコミをしてしまった。






「…泰明、ついでに聞くけど…胸の痛みってどういう時?」
「…別の者と話しているのを見た時とかだ」
『……嫉妬心!?完璧恋心やん!!泰明が…
!!!?』




吃驚してしまうのは失礼だろうが、それでも驚かずにはいられない。
相手は誰だろうと、考えを巡らせているとふと気付いた。




「ああ!!はよ戻らんと!!オレいきなり消えたから、あかねちゃんら吃驚してる!!」































様が…っ!!まさか!!怨霊の仕業!?」

「どどどどうしよう…!!!!さん、何処行っちゃったの!!」





土御門では大騒ぎになっていた。

二人の悲鳴を聞きつけた頼久や天真、詩紋も駆けつけ何事か知ると慌てての捜索を始めた。



武士団の者も総出で捜索に加わる。
それでもは見つからない。

屋敷内には既にいないのでは、と頼久は外へ捜しに向かう。
その途中で友雅にばったり出会った。



「友雅殿…。殿を見かけておりませんか?」
…?いや、私は今こちらへ来たばかりで見ていないが…。は元気になっているのかな?」
「体調は戻られたようですが…。先程土御門でいきなり消えた…と」
「消えた?…鬼の仕業とでも?」
「いえ、そういう気配は一切感じられなかったと…」




友雅は頼久の後ろから駆けて来る天真に気がついた。
その表情はとても必死なもの、まるで迷子が親を捜しているかのように不安一杯の眼をしている。



「頼久!こんなとこでのんびり立ち話してる場合か!…って友雅か」

「やあ天真。何をそんなに焦っているのかな?」

がいきなり消えたんだぞ!!誰だって焦るだろうが!」



今にも友雅に掴みかかりそうな勢いで怒鳴る天真。
だが余の笑みでそれを受け流すと、友雅は言った。



「彼は君より歳も上だし、実力もある。加えて泰明殿の所で修行を積んでいる身だよ?

 多少は本人でなんとか出来るのだからもう少し力を抜いたらどうだね」




正論である。
けれど、理屈でどうこうなる感情ではない。

何処にいるか、判らないのだ。

それだけで天真は不安で一杯になる。








うるせえ!!俺ももこの世界の人間じゃねえんだ!何処に何があるかわからねえんだし焦るのは当たり前だろ!」

“この世界”“元の世界”…。君は何かとそう言って線引きをしようとするね。その枠組みで安心したいのかい?」

「……んだと!!!」

「よせ!天真!」





友雅の言葉に天真が飛びかかろうとするが頼久によって取り押さえられた。

今はこんなことをしている場合じゃない、と諌められるが天真の中にはそれだけでは抑え切れない感情が沸き上がっていた。





















「こらーそこの三名。道のど真ん中で何しとるんや」


馴染み深い関西弁が聞こえ、三人の動きがピタリと止まった。
振り返れば、泰明におぶられているの姿が。

「「!!!」」

「おや、おかえり。何処まで行って来たんだね?…おや、泰明殿もご一緒とは」
「ちょいと北山までな。ほら、泰明降ろしてや」
「駄目だ。お前は裸足なのだから怪我をする。部屋まで連れて行く」
「あうー…。オレもええ年した男やねんから恥かしいねんけど…」



体調に異常があるわけではない、ただ単には部屋の中から北山に飛ばされた為履物を履いてないのだ。
そのまま歩けば山道や、この時代の舗装されて無い道では足に傷が付く。

本人はそれを我慢出来ないわけではなかったが、泰明が無理矢理の形でおぶったのだ。

それに対抗心を燃やすのは青龍の二人。



「泰明殿、そのような役目私がやります。殿を渡してください」

「俺にだって位担げらあ!!泰明、を降ろせ!」



「…せやから、オレは背負われると言う状況が恥かしい言うてんねや…。聞いとんのか、お前等…」





結局泰明は部屋までを降ろすことなく、背負っていった。