朝目覚めて最初に見たのは赤い色。
なんや、と思い視線を下へずらしていけばなんとまあ間抜けな寝顔のイノリがいるやないの。
逆側を向けば今度は金色、あどけない寝顔の詩紋がいた。
何故二人が此処にいるのか、と記憶を掘り起こしてみれば昨日のこと。
そういえば、この二人が来たんやった。
帰らずについとってくれたんかな、おおきに。
昨日までの自分と違って体も軽い。
手足に浮かび上がっていた紋様も無い。
どうやら黒龍の力は完全に馴染んでくれたようやね。
どちらかと言えば、寝っぱなしで体の方が鈍っている感じや。
少し運動がてら散歩にでも行こか、と思ったが何故か動けない。
なんでや、と見れば着物に伸びる二つの手。
二人はオレの着物をしっかりと握って熟睡していた。
「これじゃ、動けへんやないか」
笑いが自然に零れる。
結局二人が起きたのはその半刻後。
朝餉を食べた後、三人で土御門へと向かった。
「本当にもう大丈夫なのかよ」
「信用無いなぁ。お兄さんはタフやねん。もうすぐ儀式やろ?準備は進んどるか?」
「あ、はい。藤姫ちゃんが吉日を占ってくれて――」
本当なら此処に泰明もいるはずだった。
なのに朝早く彼は出て行ったと屋敷の者は言った。
何処へ行くとは告げずに出て行ったそうだ。
心配だが、何かあれば式を飛ばしてくるだろう。
もし一日経っても戻らなければこちらから連絡してみるのも有りだ。
「――さん?」
「ぼーっとしてるけど、大丈夫か?」
「ん?ああ堪忍な。ちょお考え事や」
自分より低い位置にある頭を二つとも撫で回し、誤魔化す。
一抹の不安を抱えながら、土御門の門をくぐった。
「様!お元気になられたのですね!!!」
今にも駆け寄ってきそうな勢いの藤姫。
これ程までに心配をかけてしまったのかと少し申し訳なくなる反面嬉しく思い、緩む頬を押さえるのに必死だった。
姫の着物を汚すわけにはいかないと、は早足で距離を詰める。
「心配してくれておおきにな、藤姫ちゃん。今日は儀式のこと聞きに来たんや。日取りは決まったんやて?」
「はい。一番良い日に、神泉苑にて儀式を行うことに致しました」
「神泉苑か…。確かに最適やね。ところで、あかねちゃんは?」
「神子様はお庭にいらっしゃると思いますわ。早く顔を出してあげてくださいまし。神子様も心配しておられました」
「そやね、じゃあ行ってくるわ」
庭に向かうと話し声が聞こえてきた。
天真の後姿も見える。
けれど相手がいないのに、天真は一人で何かを話している。
「……俺だって守りたいんだよ。いつも助けられてばっかだし…俺なんか弟くらいにしか思われて無いだろうけどさ。
けど、俺だって男だし…。頼るばっかりじゃなくて、頼られる存在になりたい。
だから俺は……っ」
そう言うと天真は振り返った。
そしてを見て目を見開く。
「あ、ごめん。邪魔した?」
「な、え、あ…?っっっ?」
「やけど…」
「ど!何処から聞いてた?!」
「“俺だって守りたい”のとこからかなあ。いやーほんまにすまん。あ、あかねちゃん知らへん?」
「そりゃ俺が聞きてえよ!今まで俺あかねと話してたんだけど…」
赤くなったり、青くなったりと忙しない天真。
途中から介入したにはなんのことだかさっぱり解らないが天真にとっては物凄く重要なことだったらしい。
「あかねちゃん、何処行ったんやろうねぇ。じゃあまあその辺捜してみるわ」
「あ…っ…。…っ……待ってくれ!!」
「?」
腕を引かれ、足を止められた。
天真は耳まで赤い。
「、お前もう元気になったのか?」
「ああ、もう大丈夫や。皆心配してくれてたんやろ?おおきにな」
「いや……」
天真の手に力が篭る。
「…聞かれたついでじゃねえけど……。もう…はっきり言う…」
「うん?」
「俺はっ……!!!」
「天真、何をしている?」
天真が意を決した時、頼久が現れた。
折角勢いをつけたのに邪魔をされた天真はそのまま前にずっこけた。
「殿、おはようございます」
「おはよう頼久。…天真、大丈夫か?」
「……次から次へと…!!」
わなわなと拳を震わせ天真は頼久を睨みつけた。
すると頼久は睨み返してきた。
「!?」
「…殿。神子殿が捜しておられました。あちらです」
「おおきに。天真、話ええんか?」
「…ああ、今度でいい」
が立ち去って行き、その場には天真と頼久だけが残された。
天真はが消えて行った方向をずっと見つめる頼久に問いかける。
「…お前、見てたのか?」
「聞かれたくない話なら表でするな」
「…じゃあ解ってて邪魔したってのかよ」
「……」
「沈黙は肯定と取るぜ。……まさかお前も…」
頼久はそのまま天真に背を向け、の後を追いかけるように歩き出す。
「お前のことは信頼しているし、良い友だとも思っている。…だが、あの方のこととなれば…別だ」
それだけ言えば、天真が理解するには充分だった。
頼久も自分と同じ想いを抱いている、と
「…そうかよ。……でもなあ、俺だって諦める気はねえんだよ」
天真は拳を手の平に打ち付けると頼久の後を追って走り出した。
「あかねちゃん、みっけ」
「さん!もう動いて良いんですか!?」
「一応はまだ若いからなー。一晩たっぷり寝たから大丈夫や」
「良かったぁ…」
ホッとした笑顔を浮かべるあかねの頭を軽く撫でると、は気になっていたことを質問した。
「あかねちゃん、さっきまで天真と一緒やったんやないの?」
「あ…そうだ。天真くん置いてきちゃった」
あかねはばたばたと走り回る女房達の姿を見つけ、何事かと天真の傍を離れてしまったらしい。
そしてが来ていると聞き、捜し回っていたのだ。
「あらら。ま、過ぎたことはしゃーないとして…。いよいよ、日取りが決まったんやてな」
「…はい」
「…これまでも長かったけど、まだこれからや。後ラストスパートきばれる?」
「……大丈夫です。わたし、出来ることは全部やるって決めたんです」
「よし。その答えなら安心や。………蘭を頼んでもええか?」
「…さん…蘭のこと…知って…!?」
「え?」
「…え?!」
話が急に噛み合わなくなった。
あかねがしまったと口を押さえる。
頼久と天真も追いついてきた。
「おい、…。あれ、どうしたんだ?」
「殿…?」
「あ、あの…」
「オレは“蘭の事友達として支えてやってな”って意味やったんやけど…。…あかねちゃん、それどういう意味?」
「…えと…」
言葉に詰まったあかねは次第に震え出す。
頼久や天真が助け舟を出そうとも、口を挟める雰囲気じゃない。
だが即答しないあかねの様子から何かあったことだけは感じ取ったは走り出した。
「…っさん!!」
「!!」
「殿!!!」
塀を飛び越え、は土御門を出て行った。
向かうは安倍邸。