札探しも順調に事を運び、四枚の札を集めることに成功した。
後はこれで四神を取り返し、京の守護を復活させられれば良い。

けれど鬼の邪魔を受けなかったことが不思議で仕方が無い。



そんな時、嫌なニュースが神子と八葉の元に届いた。














「蘭が…いない…!!?」




その知らせを届けたのは泰明。
安全な場所、堅固な守りを誇る安倍邸から蘭の姿が無くなった事、それは即ち本人が自ら出て行ったことを物語る。

天真は顔色を青くし、へたり込んだ。
その背を支えるように頼久が手を当てる。




「なんで……っ!そうだ!は?!アイツは蘭の守人なんだろ!?なら…一緒なのか?」



その問いに首を横に振る泰明、それだけで天真のささやかな希望は打ち砕かれた。



さんは…?何処にいるんですか?」



ここにいない彼は何処へ


詩紋が恐る恐る問いかけた。
嫌な答えが聞こえなければ良いと願いながら。





「………は」

































「っ……!!こら…思ったよりこたえるなあ…」


安倍邸の一室、褥に横になった体にはどす黒い紋様が広がる。
今、の体内には黒龍の力が身に余る程受け継がれていて制御が及ばない状態だ。


この部屋は幸い晴明の結界で守られている。
もし結界が無ければ力が暴走して、周りのものを全て破壊しつくしてしまっているだろう。
この中にいることでかろうじて抑えこんでいられるのだ。






「デカイ力得る言うんは…そう簡単じゃ…ないっちゅーことやな…」






























は…黒龍の娘がいなくなったことを知らぬ」
「!!」
「今は自身の状態が良くない為師匠の結界の中で療養中だ。今娘の事を知らせればアイツは這ってでも捜しに行くだろう」
殿の体…何処か悪いのですか!?」



鷹通のその問いには首を横に振るだけで、詳しい事を答えなかった。
泰明も詳しいことを知らない。

晴明からは「力の制御が出来るようになるまで出せぬ」としか聞いてない。



「兎に角、この話をの耳に入れるな。黒龍の娘は恐らくだが…鬼の許へ行ったとみて間違いないだろう」

「蘭…どうして…」

「何か彼女にも考えがあるのかもしれないけれど…単独行動はいただけないねえ…」


友雅が扇を閉じながら溜息交じりに言う。
泰明は話が終わると、用はそれだけだと言わんばかりにおもむろに立ち上がる。



「や、泰明さん何処へ…?」

「屋敷へ戻る。の状態を私は詳しく知らない。お師匠に問いただしてくる」

「や、泰明さん!!僕も…行っちゃ駄目ですか?」
「俺も!!!」

「詩紋にイノリ…。どうしたんだ?お前等」


「だって天真先輩、さん僕達の為にいつも色々してくれたのに…さんが苦しんでる時待ってるだけなんて…」
「そりゃあ俺達が行っても役には立たねえかもしれねえけど…。じっとしてらんねえよ」



泰明は無言で二人を見た。
普段なら即「駄目だ」と斬捨てられる。彼は無駄を嫌う余り、言葉を遠まわしに伝えることはしない。


だが、今回は少し返事に時間がかかった。




「……良いだろう。の近くへ寄ることは出来ぬだろうが」
「…はい。それでも…いいです」
「部屋の外から声をかける位は出来るよな?」
「聞ける状態ならな」





泰明についていく詩紋とイノリを見送り、他の八葉とあかねは一室に集まった。





「…まさかこんなことになるなんて」

「鬼が何も仕掛けてこねえと思ったら…俺達側で問題が発生するなんてな」




あかねはそっと着物の袖に手を入れた。



其処から出てきたのは、以前から貰った桜の模様が描かれた櫛。






『あかねちゃんって桜が似合う思うてな。安物やけど、受け取ってくれる?』





笑顔で手渡してくれた人は此処にいない。
櫛をきゅっと握り締め、無事を願う。






天真も自分の首に下げられた石を手に取る。
翡翠のような石は悲しげに輝いているような気がした。

まるでこれをくれた人物が苦しんでいると言うのを伝えているようだ。







本当ならあかねや天真も、詩紋達についていきたいと思った。
けれど、言葉を飲み込み我慢した。
行って何も出来ない上に、苦しんでいる彼を見ることが耐えられないからだ。







「…っさん」

…」































「此処…随分空気が重い感じがする」

「…なんか息苦しくねえか?」


から陰の気が発生しているからだろう。抑え切れぬ気が漏れているのだ」






泰明は一つの部屋の前で立ち止まった。
その部屋の戸には札がびっしりと貼ってある。


一枚の扉越しでも、びしびしと伝わる空気。
この戸を開け放ってしまえばどれ程の陰の気が流れてしまうのだろう。






「……さん…?」




恐る恐るかけた声に返事は無い。
聞こえなかったのだろうか、それとも眠っているのか。


、大丈夫か…?」

今度はイノリが声をかけてみた。





中で何かが動く気配がした。
起きてはいるようだが、返事は相変らず聞こえない。







「なあ泰明…中を見ることって出来ねえのか?」
「…これはお師匠の術。私の術は通さぬ。…お師匠ならあるいは」
「もしかしたら声が出ないのかもしれないし…様子だけでも知れれば…」












「…っ其処に…おるんは……詩紋と…イノリ…か?」





「!!?」

「そうだよ!!さん!」




か細くだが聞こえてきた声にホッとした二人。




、様子はどうだ」

「……意識保つんで精一杯や…。其処に天地の朱雀…おるんなら…丁度ええ…」

「俺達に何か出来るのか!?」

さん、僕らなんでもするよ!」








「……明王の力、オレにぶつけえ…」

「「!!!?」」






、どういうことだ。今のお前は陰の気の塊、明王の力をくらえばただではすまぬ」




「……」




返事は無い。




痺れを切らした泰明は師である晴明の許へと向かう。
幾ら危険だと言われても戸越では向こう側の様子が一切分からない。







「お師匠!の部屋の入り口部分の結界を解いてもらいたい。あ奴の様子がおかしい」



「…そうだな。そろそろだろう」
「…?そろそろ…とはどういう意味だ」
「身に収まるだけの容量を過ぎた陰の気は大体出尽くした、と言う事だ」






晴明の言葉の意味はの部屋へ入ってようやく解った。











「…!!!」
「なんだよあれ…」






部屋の中には横たわると、黒い大蛇がいた。
いや、陰の気が形を成して現れたのだ。



「…これ…は流石に持て余してしもた分や…。明王の力で…吹っ飛ばしてもらえるか…?」



「…任せとけ!!俺と詩紋でコイツなんかやっつけてやる!そしたらお前元気になるんだろ!?」




はイノリの言葉に力ない笑みと頷きで返事を返す。
詩紋とイノリは大蛇を睨みつけると、手を合わせ背中合わせに立つ。

だが大蛇もただではやられてくれない。
二人に尾をぶつけようと体を捻らせる。



泰明は一歩前に立つと、二人に危害が及ばぬよう大蛇の攻撃を結界で食い止めた。




「――南天、老陽。火の気よ」

「僕らの元へ、軍茶利明王…」



「「我等に力を!!!」










――――ギィィィィィィッ






おぞましい金切り声を上げて大蛇は崩れ落ちた。
完全に消え去ったのを確認して、初めて二人はに近づいた。













!!」
さん!!…こんなにやつれて…」

顔色も戻ってはきているものの、血の気が無いように青白い。
眼の下の隈も色濃い、幾夜眠れぬ夜を過ごしたのだろうかと思わせる。



「…おおきに。二人が来てくれて助かったで…」

「もう大丈夫なんだよね?…さん、元気になるよね?」

「おお…。後は少し眠らせてもらえれば完璧やで…」

「そっか…。じゃあ、ゆっくり寝てろよ」




閉じかけていた瞼は逆らうことなく閉じられ、やがては穏やかな寝息が聞こえてきた。
褥まで運んでやると詩紋とイノリの二人は部屋を出て行かず、そっと眠るの横に座った。




「泰明、俺等今日此処に泊まっても良いか?」
「何かあったらすぐに気付いてあげたいんです。…駄目ですか?」



泰明は少し考えた後、首を縦に振った。
そして二人にを任せ、もう一度晴明の許へ向かった。












「お師匠、あれはどうしての身から出てきた。あれは黒龍の力ではないのか?」

「いかにも。あれは黒龍の力、それに相違ない。けれど…まさか己の力で具現化するとはな…」
「どういう意味だ?」






「強すぎる力は身を滅ぼす。もし、があれを外に出せなかったらその身は裂けていただろう」
「!!」


「余った力を出せるようにまでなったのなら…もう安心だな」
「……何故、そのことを私に黙っていたのだ!」





いきなり怒声を出した泰明に晴明は驚く。
感情の起伏の乏しい弟子がこれ程までに声を荒げたことがあっただろうかと内心、親心としては嬉しい。
だが喜んでいる場合じゃなさそうだ。





「知ったところでそなたに何が出来た?」
「……それは」

「何かあれば知らなかったことを後悔するだろうな。だが、それは意味を成さぬこと。あれは自身の問題なのだ」
「……それでも…私は……知っていたかった」








と関わってから、泰明は色々と変っていった。
言葉がはっきりしているのは前々からだが、最近では己の希望を口に出すようになった。

望む事を覚え、願うようになった。



晴明は泰明の変化を感じ取ったからこそ、のことを言わなかった。




今回の事が泰明にとって最大の変化をもたらすことになると思ったからだ。















「泰明よ、何故そなたはのこととなると躍起になる?そなたは神子を守る存在だろう、前に言っていたではないか。“八葉は神子の道具だ”と」
「…そうだ、私は八葉。…神子の道具。それは変らぬ…」



泰明の目に浮かぶ、困惑の色。
自身の変化に気付いていないのだろう、戸惑いが見える。




「だが…」












「私は、と共にいたいと願ってしまった」