僕はなんの為に此処へ来てしまったんだろう。
八葉と言ったって、何か特別な力があるわけでもないしお邸から一人で出ることも出来ない。
……なんで僕なんかが此処に来てしまったんだろう。
日記を書こうと紙を広げ、筆を持っていたがやはり書く気が起こらず筆を硯へ戻す。
書こうと思えば思うほど、頭の中でぐるぐると同じ感情が回りだす。
こんな憂鬱、何処かへ行ってしまえば良いのに。
…あ。
そう言えば、一度口に出してこんなことを言った時があった。
その時偶々通りがかったあの人に聞こえてしまったんだ。
『“なんか”なんて言うたらアカンよ、詩紋』
優しい手が頭に乗って髪を撫でていた。
その手つきから誰なのかがすぐ判って、僕は一瞬泣きそうになった。
この人は不安な時がどうして分かるんだろう。
呼んだわけでもなく、何処からともなく現れて優しさを与えてくれる。
『言葉には魔力がある。詩紋がそないな事言えば自分が傷付くんや。もっと自信、持ち?』
『でも…僕の力なんかじゃあかねちゃんを助けてあげることも出来ないし、天真先輩みたいに強くもないし…』
『天真は天真、詩紋は詩紋。天真には詩紋みたいに美味い菓子を作ってあかねちゃんを喜ばしてやることはでけへんで?』
『…でも、でも!!』
『オレが最初にこの世界に来た時、詩紋の菓子のお陰で助かったんやで?』
『…っ…』
さんと出会ったのは散歩に出かけた山。
人目につかないようにって奥へ奥へと入っていったらこの人に出会った。
一瞬其処が何処だか判らなくなるくらい、綺麗だと思った。
色とりどりの木の葉や花達の中で、ただ一人黒を纏ったその人の場所だけまるで別の空間で
何色にも染まらない色が綺麗だって思えた。
僕はあの人に沢山励まされた。
今僕が何か出来ないか捜しているのもきっと優しいあの人に何かお返ししたいからだ。
ねえ、さん。
この世界での事が終わったら…一緒に元の世界に帰れるよね?
そしたら僕貴方に食べて欲しいお菓子がいっぱいあるんだ。
頑張って作るから、僕一生懸命作るから
また、喜んでくれますか?
最初は鬼と戦う為にアイツが来たんだと思った。
なんかすげえ力持ってるみたいだし、強いんだったら鬼なんて楽勝だと思ったのに
それをアイツに言ったら、笑って
『オレに特別な力なんてあらへんよ。戦う力なんて持ってへん』
っていつも言うんだ。
それに俺が鬼のことを悪く言うと何故か悲しそうな顔になる。
自分のことを言われてるわけでもないのに、どうしてそんな泣きそうになるんだってくらい。
そんで俺が不思議そうな顔をすると
『言葉って武器になるんや。言われた側も言った側も傷付くんよ』
と言って頭を撫でる。
子供扱いすんな、って俺が言うと元の表情に戻るんだけど。
あの時の顔が忘れられない。
言葉が武器になるってどういう意味だ?
言った側も傷付くってどういうことだ?
俺にはそれが解らない。
鬼は俺達を苦しめてるんだから倒すのは当たり前なのに。
『なあイノリ、“死ね”って言われてエエ顔する奴はおらへんやろ?』
『当たり前だろ!そんなの誰だって嫌に決まってるじゃねえか』
『うん、そやな。そんで言った本人は周りから軽蔑されるやろ?』
『そんな事言う奴最低だ!』
『言われた方は傷付く、言った方は信用を失う。悪意の言葉は諸刃の剣やねん』
それを聞いて、俺は初めてが痛そうな顔をしていることに気がついた。
意味が解らなくても一つだけはっきりしていたのは
は誰であろうと、傷つけあうことを嫌うんだ。
ごめんな、俺馬鹿だから
やられたらやりかえせばいい、ってそんなことばっかりだった。
でもそれじゃあ駄目なんだ。
いつまで経っても争いは終わらない。
俺、いつもお前に助けられてばっかりだ。
なあ、俺に何か出来ることは無いのか?
「詩紋、何作ってんだ?」
「あ、イノリくん!今ね、野苺を沢山天真先輩が採って来てくれたからジャムを作ろうと思って」
「じゃ…む?」
「甘くて美味しいんだよ。出来たら味見してね」
「おう!美味いもんなら任せとけ!」
「…さん、食べてくれるかなあ…」
「……大丈夫だろ。アイツ好き嫌い無いって言ってたし」
「そだね…。よし!頑張ろう!!」
「おーなんかええ匂いしてるなー」
「「!!!」」
「詩紋にイノリやないか。なんか作って…」
「まだ来ちゃ駄目です!!出来てからのお楽しみなんですから!」
「は向こうで待ってろ!!俺が味見したら食って良いから!!」
「なんやのー。一番はイノリが先約済みかい。しゃあないな。ほな、待っとるでー」
「…詩紋、俺もなんか手伝う事あるか?」
「…!…じゃあ、一緒に作ろうか。そんで一緒にさんの所へ持っていこう?」
「おう!!」