「この姿で八葉達を私の言いなりにしてやるよ…フフ」

暗い洞窟の中、少女の妖艶な笑い声が響く。
姿形は龍神の神子と呼ばれた清らかな少女、だが中身は全くの別物。


鬼の一族、シリンだ。







あかねに扮し、八葉達から札の在り処を聞き出そうとしているのだ。











「誰がいいだろうね…。法親王に左近衛府少将…。…そうだ、あの男…」



黒龍の娘に仕えている守人とか言う男。
お館様が執着している程の強い力を持っているのなら札に一番近い筈。
女にも甘そうだし、この姿なら確実に油断するだろう。





…」
































さん!何か欲しいものある?食べ物とか、本とか」
「どないしたの、そないに張り切って」





前回、気を失うまで体力を浪費したは床に臥せっていた。
臥せると言うほど大袈裟なものでもないが、今日一日は休めと泰明に厳しく言われ外へ出ることを禁じられたのだ。



その際、蘭がお目付け役に抜擢された。



蘭の言う事ならは逆らえないし、蘭自身も立候補してきたのだ。
いつも助けてもらっているお礼にの看病がしたい、と。








「だって、こんなの初めてだもん。さんが弱ってる姿なんて」
「…厳しいなぁ…。でも確かに今回ばかりは無茶した思うわぁ…」




少しばかり、己の力を過信していたのかもしれないと反省する
四神に初めて対面したとは言え、あんなにも無力だとは思わなかった。
これからも自分がどの位精進しなければいけないか考えさせられる。







「…でも、私は嬉しかった」
「へ?」

「倒れたことじゃないからね!!…さん弱ってる姿見せてくれないから。いつも私ばっかり頼って…」



赤くなる蘭を可愛いと思い、伸ばした手で頬を撫でる。



「女の子が甘えるのは当然やの。でも今日だけは…蘭に甘えさしてもらおかな」
「……ッ任せて!!」



水を貰ってくる、と蘭は部屋を出て行った。

その背を見送りながら、床にごろんと横たわった。



「まあ一日位は…休ませてもろうても罰当たらへんやろ…」



横になれば眠気が襲ってくる。
相当疲れが溜まっていたんだなと実感し、そのまま身を委ねることにした。


























「…っち。この邸結界が張ってあるわ…流石に安倍晴明の結界じゃ破れないわね…」



に目星を付けて来たものの、京一の陰陽師と謳われた安倍晴明の邸ではそう易々と入ることは叶わない。
仕方なく、踵を返し仁和寺へと足を運ぶ。


狙うは、帝の弟にして法親王――――永泉。




























『目覚めよ……我が依代』

(……ん……誰や……聞き覚えがある声…)



『時は満ちた。我の力、存分に主の中で育ったであろう』

(……お前、黒龍か…)



『後は四方の札を手に入れ、四神を取り戻すのみ』

(四方の札…?)



『天地の八葉が揃う事により札を明王より与えられる。四神を操る霊力を込められた札だ』

(ほう…それさえあれば四神の加護を取り戻せるんか…)



『札を手に入れれば、主の役目も終わる』

(……役目……守人のことか。終わる言う事は……オレはどうなる?)









『……主は我と一体になってしまった…。元の世界へ戻してやることは叶わぬだろう…』

(……まあ、薄々感づいとったけどな…。この世界へ来る前のこともよう思いだせへんし)




『死ぬ事もせず、永い生を歩むことになるやもしれん……すまない』

(責めたりせえへんよ。……ただ、心残りが一つあるかもなあ…)



『…我が神子のことか…?』

(……せやなぁ。蘭、それにあかねちゃんや天真、詩紋…元気にしとってくれるならなんも心配いらへん)



『…出来るだけの配慮は致そう…』

(おおきに。あの子らが平和に暮らせるよう見守っててやってや)





『破壊と呼ばれた我が力…主なら正しく使えるであろう。我が守人が主であったことを心から誇りに思うぞ』

(そない褒められたら照れるわ。…オレも守人になれて、あの子らと出会えてよかった思うで)



























「……ん……」

さん!!」



目を開ければ笑みを浮かべた少女が目の前にいた。
少女だけではない、泰明も部屋の入り口に立っている。




「…オレ長いこと寝とった?」
「そんなには寝てないわ。…大変なことが起きたみたいなの」
「大変?泰明、何があった?」








「鬼が神子の姿をまとって現れ、永泉・友雅・鷹通に遭遇した」

「…もしかして、札か?」
「知っていたのか?!そうだ、鬼も我々と同じく札を捜している」







は起き上がり、枕元に置いてあった着物を着込む。



さん!?まさか…」
「もう充分休んだ。はよ、いかな誰かが狙われるわ」



止めようとした蘭の頭を柔らかく撫で、にっこりと微笑む。



「行ってくるさかい、ええ子にしとってな」






そう言われては止められない―――

蘭は伸ばした手を戻し、去っていくの背中を見送った。







だが、ふと一瞬の背中が霞んで見えた。




「……!?」



瞬きを繰り返し、もう一度を見るが今度は何も無かった。
錯覚か、と思いながらも何処か不安がよぎる。





「……何も…無いわよね…?…きっと…大丈夫…よね?」




気のせいであってほしい。
そう願わずにいられなかった。


























「札は天地の八葉が揃っていなければ入手することは出来ない――。黒龍に聞いた話や」
「天地の八葉……?それはどういうことだ」



「八葉には天の青龍、地の青龍とそれぞれ役目が決められとるらしいんや。札を手に入れるにはその二人が揃っとらんとアカン」
「それでは札の在り処はどうやって判る?」
「天の八葉に関わりのある人物の霊魂が伝えに来る」
「天の八葉は誰か判るか?」
「……鷹通、永泉、頼久、イノリや」




黒龍の力が身に溜まることで己が神に近い存在になっていくのがわかる。
もう、元には戻れないかもしれない。

だが、それもいいかと思っている。



自分が黒龍になることで、彼らの助けになれるのだから。





















「ところで、泰明何処へ行くんや?」
「松尾大社だ。そこで鷹通が鬼と会う」
「りょーかい!!急ぐで!!」





















西の札は白虎を操る札。
導き手は天の白虎、祠の開き手は地の白虎。



京の洛西、松尾大社。
此処に岩倉の祠がある、と天の白虎藤原鷹通に伝えに来たのは彼の母親の霊魂。

シリンは怨霊によって捕らえた母の霊魂と札を交換だと鷹通に持ちかけた。



鷹通は葛藤の末、母共々怨霊を滅することを決めた。




「……母上、申し訳ありません…」


















「待ちぃや。まだ諦めるんは早いで」
「怪我した身で無茶するのではないよ、鷹通」



殿……友雅殿……」




頼久や天真、泰明もシリンと鷹通の間に割り込むように入る。
シリンは怨霊、古鏡を操り応戦しようと試みるが友雅によって古鏡は割られてしまう。




「あかねちゃん、出来るな?あの人救えるんはあかねちゃんだけやで」



「……やってみます!!」






は鷹通の母をあかねに任せ、怨霊の方へ目をやると怨霊がシリンを襲っていた。
様々な理を捻じ曲げ、命令に従ったのだから代価を寄越せと言う古鏡。



鷹通が術によって怨霊を退治するが、シリンは蹲ったまま起き上がらない。
あかねが駆け寄ろうとすると手を弾き、何処かへ走り出す。



「…恋は盲目とは言ったもんやなー天真…」
「何言ってんだお前(汗)…ってか、!お前もう大丈夫なのかよ!?」
「そうです!!殿、倒れたのではなかったのですか!?」


今、が此処にいることを思い出したように詰め寄る天真と頼久。
はそんな二人を諌め、鷹通の元へと歩み寄る。














「鷹通」


「…殿…」










は無言で右手を鷹通に差し出した。
鷹通はそれに掴まれ、ということなのだろうかと解釈し手を伸ばしたがはそれを避けた。
え?と顔を上げれば額に衝撃。



「っ!?」

「どあほ。聞いたでー?事のあらまし。お前一人で抱えたやろ」
「それは…!コレは私の問題で…神子殿や皆を巻き込むわけには…」




二発目が鷹通の額に当たった。




「…!!!」

「お前、理屈云々どっかに捨ててきぃや。巻き込む?ちゃうやろ、仲間なんやから協力して当たり前やん」
「……!……すみません……。いえ…ありがとうございます」
「わかったならええよ。それじゃあ、祠捜すか」




今度は立ち上がる為の手を差し出した。
























、地の八葉は誰だ?」
「…鷹通と同じく白虎の気を持ってンのは……」


はぐるっと全員を見渡した。
頼久、天真、泰明………友雅。





「友雅、何か見えんか?」
「私かい?…そうだね……もしかしてあの小さな祠のことかな?」
「祠?何処にあんだよ、それ」



天真は見当たらない、と言うが友雅は小さな祠が光って見えると言う。
その時、天から声が聞こえた。









“そなたを地の白虎と認めよう。神子と天の白虎、そして守人のみを連れ岩倉の祠へと向かうが良い。
 そこで西の札を授けよう”













友雅を先頭に、あかね、鷹通、と歩く。

最初は何も見えなかったが、段々と小さな祠が形どって見えた。
そっと扉を開いてみれば中には桐の箱が一つ。

あかねはそれをそっと取り出した。





「……これが、西の札…」
「大威徳明王の札か…。こら、すごい代物や」




触れなくとも込められた霊力の凄さがわかる。
こんなにも力に敏感になったのはやはり内にいる黒龍の影響だろうか。





「さて、それでは早く戻ろうか。朗報を早く藤姫に届けてあげなくてはね」
「そうですね、きっと待ちわびているでしょう」









一枚目の札、取得――――



次に使者が来るのは誰の元か……。