辿り着いたそこは人々の阿鼻叫喚が響き渡っていた。
逃げ惑う都人、散らばる瓦礫、立ち昇る砂塵。


「これは一体…」

「詩紋、お前は行くとこがあんねやろ?この中なら誰にも邪魔されんと行けるから行っておいで」




セフルのことが気がかりだった詩紋は、押された背に逆らうことなく走り出した。






「…こいつは…オレの中の龍の力が騒ぎよるで…」



空を見上げたは一人呟いた。
目線の先には、とてつもなく巨大な鳥の姿。


聖獣、朱雀がそこにいた。








四神はアクラムによって奪われたのだと話は聞いていた。
だが、まさかアクラムに四神を操る力があるとは思ってもみなかった。


自分達はあれを取り戻さなくてはならない。






「おもろいやんけ…、どれ位今のオレに出来るかわからへんけど…」

「おいっ…!何をする気だ?!」

「…ちょいと実験…やね」



天真の止める声も聞かず、は己の身の内にある黒龍の力に呼び掛ける。
四神を従えていたのは元はと言えば応龍だ。
上手く行けば呪縛から解放することも可能かもしれない。




「…南天を守りし…聖獣朱雀よ…」


けたたましい鳴き声が響く。
朱雀は辺りを薙ぎ払うかのように翼を振るった。
風圧で瓦礫や人が吹き飛ばされる。



「っ…アカンか…。こら余程強い力かけられとんねんな…」



風圧で軽く頬が裂け、そこから血が流れ落ちる。
吹き飛ばされることは免れたが、まるで真空破のような風は浴びるだけでも身を傷つける。





っ!血が!」
「平気や。…って、なんやあっちの方えらい盛り上がっとるなあ」



詩紋が駆けて行った方向ではなかっただろうか、と思い返していると火柱が上がったり大地が裂けたりしている。
時折聞こえる声に耳を澄ませれば自然と頬が緩んだ。





「もう、あの子らは大丈夫やね」




イノリと詩紋はもう大丈夫や。







ただ…どちらかと言うと自分の方が危ういかもなあ…。











聖獣を見てからか、己の内に潜む黒龍が暴れだしている。
鼓動は大人しくしてくれないし、頬の血が止まらない。
オレがしっかり黒龍の力を制御出来てないと言う証なんやろな…。







「…アカンな…」



懐から鳥の形をした紙を取り出し、自分の吐息を吹きかける。
紙が鳥の形になり、空へと飛び上がる。
式紙が飛んで行ったのを確認すると足の力が抜けた。


あれが向かう先は…………






























「…………?」



の式を受け取ったのは安倍泰明。
泰明ならの修行にも付き合ったことがあるし、この状況を見て瞬時に理解してくれるだろうとは思ったのだ。


泰明は紙を握り締めるとすぐさま駆け出した。
















「おいっ!しっかりしろよ!!」


民衆の悲鳴の中に天真の叫び声が混じる。
天真の腕の中にいるは青い顔でぐったりとしていた。


泰明は無言で天真から引き離すようにを持ち上げると、安倍邸へと向かおうとした。



「なっ…!!泰明!を何処へ連れてく気だ!!」
「今は時間が無い。説明なら後で皆の前でする」




を抱えてなお、人間離れした速度で走る泰明。
天真は小さくなっていく泰明の姿をただ、呆然と見つめる事しか出来なかった。











「…っく…あ…」

「思ったよりも侵食が激しい……!馬鹿者が…。あれ程…黒龍の娘の肩代わりをするなと言ったのに…」



の手足の血管がどす黒く浮き上がる。
その苦しさに耐え切れないのか、自身の胸元を握り締める






当初、アクラムは蘭の中にある黒龍の力を使って聖獣達を操っていた。
だが守人であるが現れてからは蘭の身の内の力は蘭ととで二分された。

そしてここ数日蘭の傍にいたは自然と蘭の中にある黒龍の力を己の身に溜めていたのだ。


アクラムが本来なら蘭の内にある力で操っていた聖獣。
だが蘭の力を無くした今はとても不安定な状態を保っていた。


そこへ黒龍の力を持ったが現れれば、歪みは安定を得ようとの力を奪う。


初めて四神と対峙したには何も対処する術は無く、ただされるがままになっていたのだ。









「…っ…あ…っく…」

「しっかりしろ。もうすぐ師匠が穢れを払う」





泰明は心中憤っていた。

何故、が苦しまなければならないのか。
何故、自分には止めてやる術が無いのか。


何故……こうも苛立つのか。
















最近の自分はおかしい。


気が上手く廻らなくなったり、考え事が多くなったり、小さな失敗をしたり。

が他の誰かと話していると、そこへ行かなければならない気がしたり。

友雅や天真がに触れていると、胸の奥にムカムカしたものが生まれたりする。

嬉しそうに黒龍の娘の話をするを見ると、心の臓が痛むことがある。







「…私は壊れて…しまうのか?」






泰明の苦しそうな呟きを、は聞く事が出来なかった。































騒動の後土御門に集められた、泰明と鷹通を除く八葉とあかね。
鷹通は何故か傷だらけのところを発見され、今は別室で眠っている。



「ねえ…詩紋くん。どうして天真くんすっごい眉間に皺寄せてるのかなあ?」

「うん…僕が先輩達と別れた後に何かあったのかも…」




土御門に戻った後も天真はのことを考えていた。
何故倒れたのか、そして泰明だけが何か知っているのか、それが気になって仕方が無い。




「…泰明殿はまだかね?我々を此処に呼びつけたのは彼だろう?」
「ええ…詳しくは聞いてはいないのですが…殿に関してのことだそうです」



永泉の発言に全員の視線が集中した。
確かに全員が此処にいない彼のことを気にはしていた。
だがまさか泰明が知っているとは思っていなかったのだ。












「揃っているか」



其処へ渦中の人物が登場。

だが、の姿は無い。




「泰明殿…殿に一体何が?!」


頼久はいつもの冷静さを忘れて尋ねた。
それだけが彼らにどれだけの影響力を与えているかが解る。




「…は、今眠っている。だが、少し前まで危険な状況だった」
「「「「!!!?」」」」




「呪詛を受けた聖獣がの中の黒龍の力を奪おうとした為、消耗が激しく起き上がれない。
 師匠が穢れを払ったから今は安定している」


「ということは…四神がアクラムの支配下にある限りまたに危険が及ぶ可能性があるということだね」

「そうだ。と今の四神を近づけてはならぬ。一刻も早く、呪詛を解かねば危険だ」














「…札、ですわ」





藤姫が呟いた。
全員がその言葉に注目する。



「藤姫ちゃん札って…」
「四方の札と呼ばれる、四神を従わせることの出来る霊力を持ったお札ですわ。…百年も昔の話…高名な僧と星の一族で
 四枚のお札にそのような力を込めたもの―――…それを八葉の方が二人一組になって使うことで初めて四神を人の手で扱えると――…」

「それがあれば…がもう傷付かなくて済むのか!?」
「使おうよ、それ!!」


イノリとあかねが身を乗り出して藤姫に言う。
しかし、藤姫は顔を歪め言い辛そうに口を着物で覆う。



「それが―…できないのですわ。百年前の八葉の方々が使ったそうなのですが終わった後各々が秘密の場所に封じたとかで…」


その言葉に力が抜けた二人は床にへたり込む。
折角見つけた希望があっけなく崩れ去ったのだから仕方が無い。



「…なあ、や蘭の力じゃ取り戻せないのか?元々四神は黒龍の力で奪われたんだろ?」
「無理だ。あれは破壊神。それにと黒龍の娘は力を二分している。それでは四神を扱うことなど出来ぬ」



最早、手の施しようが無いということか。



夜も更け、今日のところはお開きと言う事になり各々が屋敷へと戻った。
友雅と永泉は帝に報告するべく、内裏へと向かった。


























深夜、あかねは褥の中眠れずにいた。



『…さんが苦しんでたこと…全然知らなかった。蘭の力…半分も引き継いで、蘭を守ってたんだ…』


胸元を握り締める。
言いようの無い痛みが心臓を締め付けるからだ。


解っている、これは「嫉妬」なのだと。



そして、抱くことすら間違っている感情なのだと。







さんはいつも私達を助けてくれる…。なのに、私はあの人に何も出来ないの?!』




神子なのに、龍神の神子なのに!!!









その夜あかねはそっと一人涙を流した。