ここ最近詩紋が一人で出歩く。
あんなに外に出るのを嫌がっていたのに。
一歩前に進めたんかな?ええ傾向や。
せやのに、なんでこないに胸騒ぎがしよるんや?
「…どうかしたの?」
「あ…すまん。ちょいボーっとしてたわ」
今は蘭の所に居ると言うのに、詩紋の事を考えてしまい意識が他所へ行ってしまった。
アカンなあ、心配させてもうた。
「何でもないで…そや…そろそろ外に散歩でも行ってみるか。退屈やろ此処」
「え…?いいの!?」
「かまへんかまへん。悪い事してるわけでもないしな。一人やないし大丈夫や」
気分を変えよう。
今日は市も開いとるし、蘭もそろそろ外に触れても大丈夫やし。
通りにある市は賑わい、篭りっぱなしだった蘭は楽しそうに目を輝かせている。
ああ…晴明に許可もろうといて良かったなあ。
蘭は大人びとるけど、やっぱりまだ十六の女の子。はしゃぎたい時だってある。
「さん!!見て見て、綺麗なのが沢山!」
「…ほお、ええ櫛やな。それにこっちの簪…赤い石がついてる?」
「おお、兄さん目が高いね!ちょっとした掘り出し物なんだがその石は一点物だ!」
「(まあただの石やろうけど)へえ、こっちの緑のも?」
「ああ。色がついた石なんて早々無いからな」
赤・緑と並ぶ石は透き通った光を宿していた。
例えて言うなら赤が紅玉で…緑は翡翠やな。
偽物やろうけど、これだけ綺麗なら文句は無い。
「ならこれとこれ、貰うわ。後この櫛も」
「え?!」
「あいよ!毎度あり!いいねえ、気前良い旦那を持って」
「だ、旦那!?////」
慌てふためく蘭を微笑ましく見守りつつ、赤い石のついた簪と緑の石のついた首飾り、それから桜の模様の描かれた櫛を購入する。
オレは赤い石の簪を蘭に渡す。
「…え?」
「あげる。蘭には赤が似合うな」
「…!!だ、大事にする!!ありがとう!」
緑は天真にやろう。
なんとなく、兄妹のようなこの石が天真と蘭に見えて。
櫛はあかねちゃんやな。桜はあの子のピッタリや。
その後も市を隅から隅まで見て回り、今この時を楽しんだ。
翌日に起こる悲劇も知らずに――――……。
「…なんや、慌しな…」
見ればまだ空が白みだした明け方。
こないに早くなのにガヤガヤと屋敷が騒がしい。
そして大きな影が部屋の前の御簾に映った。
「殿!!」
「…頼久?なんや」
「詩紋が…此方へ来てないでしょうか?」
「…詩紋?」
その言葉を聞いて御簾を勢い良く捲り上げた。
「詩紋…おらへんのか?!」
「は、はい…。神子殿が“詩紋の存在を感じない”と仰っておられまして…」
「…これか!胸騒ぎの正体は!!」
「殿!!」
頼久に説明している暇は無い。
神子であるあかねちゃんに八葉の気が感じられないと言う事は、八葉のその身に何かあったということは間違い無いだろう。
命の危機に瀕している可能性もゼロではない。
追いかけてきた頼久に腕を掴まれ、足を止められる。
それを振り払いながらも門へと歩む足を再び急がせる。
「お待ちください!!何処へ行かれるのです!」
「捜しに行くに決まっとる!アイツはただでさえ、外じゃ鬼と勘違いされてねんぞ!?」
「…でしたらなおのこと。馬を用意致します」
「…ああ、悪いな」
馬小屋へと走る頼久。
見れば朝日は昇りきろうとしていた。
「殿!!これを!」
戻ってきた頼久は手に紙を持っていた。
それは永泉からの文で、内容は―――…
「あかねちゃん!」
「さん!頼久さん!どうしたんですか?」
「詩紋の居場所がわかりました。どうやら今使庁の獄舎に…」
「獄舎!?牢屋?なんで!!」
混乱するのも無理も無い。
何故、昨日の今日で獄舎へと入れられるのか解らないからだ。
「兎に角、詩紋くんのところへ…」
「あかね!あかね!!」
イノリの悲痛な叫び。
扉を開け、汗をたらしながら飛び込んでくる。
「なんや、イノリ息まいて。何があったん?」
「……子供が…!あかね、来てくれ!!」
「ちょっちょっと待って!!私行かなきゃいけないの、詩紋くんが牢屋に…」
「こっちは子供が死に掛かってんだ!!!」
あかねちゃんの手を引き、大声で叫ぶイノリ。
その様子からも子供の状態が一刻を争うものだと読み取れる。
「行き」
「え…?さん?」
「そうだ、詩紋の方はすぐにどうにかなるもんでもねえ。まずはイノリの所へ行け」
「天真くん…わかった。天真くん、頼久さん、さん。詩紋君をお願いします!」
イノリに手を引かれ走っていくあかねちゃんを見送り、オレ等は使庁を目指す。
「…おーい。睨み合うなー頼久」
「天真、止めてえな。おっさんと頼久怖いでえ」
使庁の入り口に立つ門番と頼久の睨み合い。
まあ普通に言うて、牢屋におるもんの知り合いをほいほい通せんわな。
「頼久、落ち着け。お前要領悪」
「お前、天真か?」
「ああ、久しぶりだなおっさん」
見かねた天真が助け舟を出すと、見知った顔に安心したのかおっさんはあっさり通してくれた。
頼久に勝った…と余韻に浸る天真と少し悔しかったのか負け惜しみのような言葉を言う頼久に不謹慎にも笑ってしまった。
「笑ってんじゃねえ!!」
「…だって…くくく…」
「殿…」
「…天真先輩?!」
獄中に響いたそのボーイソプラノはとても馴染みのあるもので
「…詩紋!」
格子に駆け寄る天真。
牢の中で手まで拘束された詩紋は痛々しい。
「詩紋…」
「さん!来てくれたんですね……。あれ…あかねちゃんは?」
あかねはイノリの方へ行っていることを説明すれば悲しそうに表情が暗くなる。
だが、子供が心配らしく気にかけているところが詩紋らしい。
今、辛いのは詩紋だって同じなのに。
「何があったか、言うてくれるな?詩紋」
「……」
問いただせば貝のように口を閉じてしまう。
沈黙は何かあったの肯定の証。
「そのようにずっと黙られたままなのです」
涼しげな声が背後から聞こえ、振り返れば永泉の姿があった。
「永泉…」
「来て頂いて助かりました…。私一人ではどうしたらいいのか…」
天真と目が合った瞬間に流れる微妙な空気。
こっちもなんかあったん?
「天真、お前永泉と何かあったんか?」
「…ちょっと男同士の話をだな…」
言い辛そうに呟く天真を見て、ぴんと来る。
ははあ…三角関係のもつれ(笑)やな?
「そうか…気まずいなそりゃ」
「言っておくけどお前も無関係じゃないからな!」
「なんでやの?」
イノリくんの家に居た子は傷口に穢れを持っていた。
その所為で怪我の手当てが出来ず、顔色がどんどん悪くなっていく。
神子の力を持ってて良かったと思えるのはこういう時だ。
私は穢れを払う為意識を集中させた。
「ありがとな、あかね」
「ううん…でもあの子の傷…」
「怨霊に襲われた。…詩紋が、襲わせたんだ」
「!!」
イノリくんは詩紋くんを鬼だと思っている。
何度違うと言っても信じてくれなかった。
それなのに、こんなことがあったから余計に詩紋くんとの間がこじれてしまった。
「違う…詩紋くんは人を傷つけない!傷つけられるつらさを知ってるから…」
詩紋くんは元の世界でイジメに遭ってた。
それで沢山辛い思いや悲しみを味わったのに、他人を傷つけるなんてするわけない!!
「詩紋はその鬼にたばかられているのではないか?」
「…泰明さん!?」
「詩紋が会っていたと言う鬼を捜し出せばはっきりすることだ」