何故こういうことになったのだったかな。
ああ、そうか黒龍の姫君に鬼の話を聞かせてもらおうと安倍邸に赴いたのだ。
そして彼女は条件を出してきた。
“白い桜の下で泣いている女の人を助けてくれなければ話さない”と。
ああいうはっきりした性格の女性は頑固な所がある。
少し言う事を聞いてやれば後は素直になるだろうと、来て見たはいいが…
「友雅様、私を北の方にしてくださいませ」
もう五日目になるな。
この女性が人間でないことは気づいたが…。
手を縛られている所為で何も出来ない。
刀は遠くに落とされてしまったし、此処は墨染の奥深く。
誰かが来てくれるかどうかは望みが薄い。
実際来てくれても一般市民ではどうにも出来ないがね。
―――同時刻、安倍邸
「…蘭さん?」
「もう五日目…あの少将さん、死んでしまったかもしれないわね。
龍神の神子ならもっと早く気付けば良かったのに…」
冷たい目が私を見た。
痛かった、正直こんなに人に憎まれるっていうことが初めてだったから。
でも憎むと同時に、蘭さんの瞳には悲しみや寂しさが映ってる気がした。
ドロドロした感情を抑えきれなくて、何処かにぶつけないと自分を保てないんだ。
「…こんな風に他の人を巻き込まなくても良いじゃない!どうしてこんなことするの?」
「だから言ったじゃない。貴女には私のことはわからないって」
「わかって欲しいからそう言うんでしょ?」
「!!わかってほしくなんかないわよ!貴女に…わかってもらわなくたって…」
さっきまで強気だった目が陰った。
「……貴女は私に無いものばかり持ってる…。八葉も…あのひとまで…」
ズキン、と胸が痛くなった。
“あのひと”は“さん”のことってわかったから。
「…そんな…わたしそんなつもりじゃない!!それにさんを独り占めしてるのはそっちじゃない!」
「認めてるも同然よ、私一言も“さん”なんて言ってないわ!
あのひとが此処にくる時間なんて貴女があのひとと一緒にいる時間と比べたら僅かじゃない!」
「屁理屈…!!わたしだって蘭さんが羨ましいもん!さんは蘭さんの話する時スッゴイ優しい顔するし…」
「さん付けなんてしないで。うすら寒い」
「な…!!言ってくれなきゃわかんないわよ!大体蘭さんってば…」
「言ったそばからさん付けしてるじゃない」
「…すぐには変わらないわよ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・話が脱線してる。
「…やっぱり蘭は天真くんと似てるなあ…。何かに一生懸命になるとすぐ周りが見えなくなるもん」
「……わか…ってるけど…どうしようも…なくて…」
蘭の瞳から涙が落ちた。
膝を抱えて泣き出してしまった蘭に合わせるようにしゃがみこんだ。
「暗闇にずっといて…目が覚めたら三年も経ってて…。でもうっすら覚えてたのはあの人の声…」
蘭は三年も鬼に利用されていた。
1人で京へ連れてこられ、操られて…
「冷たい世界に…あのひとの声がとても暖かくて…。
目が覚めたら夢だったんじゃないかって…。でも自分がしてきたことは覚えてた」
利用されていたとは言え、自分のしてきたことに罪悪感を抱き、なお不安だったんだ。
「でも…ここ最近来てくれなくて…っ」
―――墨染
どうしようかと考えていると少し離れた所に見慣れた顔を見つけた。
『イノリ…?』
(何やってんだよ!あかね心配してるぞ!)
何やら身振り手振りで伝えてくるが、今はそれどころじゃない。
(イノリ、すぐにここから離れなさい。私は大丈夫だから)
(縛られてんじゃん。なっさけねえなあ。その女の仕業か?)
(手を出さなくていいから)
(よーしわかった!任しとけ)
私の否定の意に反して、イノリは親指をグッと立て意気揚々と行ってしまった。
あれは…まったく伝わってないな。
女が正体を現して、私を殺そうとした瞬間木の上からイノリが跳んできた。
「キャアアアアアア!!」
女は驚き、木の根でイノリに襲い掛かった。
「…化け物なら先に言え―――!!!!」
女の木の根を軽々と避けながらもイノリは悪態をつけるとは凄いな。
その素早い動きはまさに猿…いや、怒るだろうから言わないでおこう。
「だから言うたやろ?甘い言葉ばっかり吐きよるとしっぺ返し喰らうて」
そっと囁く声が聞こえたかと思うと、拘束されていた手が自由になった。
振り返れば闇夜のような漆黒の着物。
「…君も来ていたのかい、」
「イノリとは別やけどね。まあ気ぃ惹いてくれたことには感謝やね」
中々に君もあくどい所があるね。
イノリを囮に使うとは。
「さて、どないしはる?友雅ともあろう方が大人しゅう捕まっとったんやから何かあるんやろ?」
「ああ、姫君たっての願いでね。私は彼女を救ってやらなければならないのだよ」
「へえ…。イノリ!もうちょいや、その先に友雅の刀落ちとったで!!」
「?なんでが此処に…?まあ良い!!これさえあれば!!」
イノリは刀を拾うと、襲い掛かってくる木の根を薙ぎ払った。
女も戦意喪失したようで、イノリに襲い掛かるのを止めた。
それどころか、イノリを見てわなわなと震えだした。
「ま、まさか…その子供は友雅様の…」
「ええ私が十六の時の…」
「嘘つけ―――!!!!」
でも真に受けてるからねえ…。
そうだ、ついでに…
「それから私は既に女性より愛しい相手を見つけてしまったのだよ」
「は?」
呆けているを引き込み肩を抱く。
その様子に女だけでなく、イノリまでもが目を見開いた。
「この通りに私の一番愛しているのは彼なのでね…。だから君の想いには応えられないのだよ」
「…子持ちの上に…!!男色…!!!?」
「「何言ってんだ(言うとんねん)―――!!」」
「何をしている、友雅」
「おや、泰明殿。何故此処へ?」
「さっきオレが式を飛ばしておいたんや。状況がようわからんかったけど誰か呼んだ方がええと思うて」
眉間に皺を寄せたまま泰明殿は近づいて来て、私の腕からを引き離した。
おや…これは面白い。
「これは使者の魂魄を樹霊として召喚したものだ。邪気を放ち、地の気を乱す。
鬼の放った怨霊。穢れている、人を何人も死なせているのか」
ざわりと震えだす空気。
脅えだす怨霊。
「おっとすまないが泰明殿、そこからは私に任せてくれないか?約束なのだよ」
「どうしよう…。少将さんに私…酷い事…」
「大丈夫だよ。友雅さんは大丈夫」
蘭を落ち着かせながらも自分の心に少しだけ不安がよぎる。
蘭の所に来ていないさんは何処へいるのか、と。
その時、一羽の白い鳥が現れ泰明さんの式紙さんの手に止まった。
「神子様、泰明殿から伝言でございます。友雅殿が見つかったと」
「本当!!?ほら、蘭もう大丈夫だよ!!」
安心からまた涙を流す蘭。
よかった、友雅さんが無事で。
「落ち着かれれば、様もこちらへ来るとのことです」
「…さんも一緒なの?!」
「!!」
「様は晴明様より此処へ来る事を禁じられておりました。
それは神子様方がお会いになられた日より、蘭様の気が乱れ始めた為でございます。
まだ力を制御し切れていない様が傍にいれば蘭様を苦しめてしまう、そう晴明様はお考えになったそうです」
じゃあ…さんが蘭の所に来なかったのは…蘭を守る為…。
「…私は見捨てられたんじゃなかったのね……。よかった……」
「神子様方、こちらを」
手渡された白い鳥は一枚の紙に姿を変えた。
そこには走り書きのような字で
“不安にさせて堪忍な、支えてくれてありがとう”
その言葉は紛れも無く、さんの言葉で
前文は蘭に、後文は私に
それでも一言言わなければ気が済まない。
蘭を泣かせた分と、私に心配をかけた分くらいは。