毎日泰明の師である安倍晴明の邸に通うようになって早一週間。
最初は霊力の扱いどころか、自分にそんなものがあるのかどうかもよく判らへんかったのに。
今ではやっと簡単な術の一つや二つ使えるようになった。
さて、今日も頑張りましょうかと出かけようとすると詩紋に呼び止められた。
「さん毎日何処に出かけてるんですか?」
「あれ?言うてへんかったか?オレ今泰明の師匠のとこ言って修行してるんよー」
「え?じゃあ蘭さんには会った事あるんですか?!」
「そやね、休憩の時とかには話しよるし。もう大体安定してきたからそろそろあかねちゃんも行っても大丈夫やろ」
「わあ…じゃあ僕、あかねちゃんに教えてきますね!」
嬉しそうな顔して駆け出す詩紋が可愛い、と思いつつ懐から紙を取り出し呪を唱える。
あ、これは晴明から習った式紙やで。
一応許可は取った方が良いだろう、と晴明に式を飛ばし返事を待つと数分で帰って来た。
“それでは泰明を迎えによこそう”
ありゃ、オレがついていく気やったのに。
まあ仕方ないか、オレかて未だにあの邸迷うしなあ。
嬉しそうに小荷物を抱えてあかねちゃんと詩紋が門までやってきた。
やっぱりな、あのお嬢さんは思い立ったらすぐやからね。
泰明もすぐに土御門に現れ、四人で安倍邸に向かう。
「はぐれちゃアカンよ。この中不思議だらけやさかい」
「うっわー…別世界だー…」
「凄い澄んでる…」
やっぱり初めて来ると感動もんやねえ。
泰明なんて、何をそんなに驚いてる?みたいな顔してるけど一般人からしたら結界内なんてそうそう入るもんやないしなあ。
ふと、何かに着物を引っ張られる感触があったので振り向いてみれば頭に被せた着物から覗く金髪があった。
「…詩紋?」
「…ごめんなさい。でも迷ったら出られなくなるって泰明さんが…」
見ればあかねは泰明の着物の背中を掴んでいる。
脅かすんもええけど、泰明に言われるとなんだか怖さ倍増やからねえ(無表情やし冗談言わんし)
「ええよ。オレも初めて来た時は泰明の手掴んださかい。こうしたら迷わへんやろ?」
詩紋の手を着物からそっと離して、自分の手で包み込む。
不安気だった表情が一変して、すごく明るくなった。
「ありがとうございます」
「えーよ」
何事も無く邸を歩いとったら、何か声が聞こえてきた。
「ん?なんやこれ。なんか誰か呼んでるでえ」
「…この声!!小天狗ちゃん?!嘘、この中にいるの?」
「そういえば幾日か前に私の後をつけていたな」
その時何かが凄い速度で飛んできて、あかねちゃんに思い切り体当たりしてしてもうた。
「きゃあ!」
「あかねちゃん!?」
「しもた!道外れ……」
あかねちゃんは茂みに突っ込んでしまい、消えていく。
泰明は無表情、いや少々怒りが込められた目であかねちゃんにぶつかった物体を摘み上げた。
「天狗……」
「あわわわわ…」
「え、それが天狗なん?オレ初めてや〜」
「あ、そういえばさんとはいつもすれ違いでしたね…ってそーじゃなくて!あかねちゃんが〜〜〜!!」
泰明は師匠にあかねの場所を聞きに行った。
晴明はあまり他人に会いたがらない為、詩紋まで連れて行くわけにいかずがその場に残った。
「どうしよう…あかねちゃんが見つからなかったら…」
「平気やて。泰明の師匠…ってオレの師でもあるか。まあ師匠はこん中把握しとるさかい、神子の気配も判るて」
「そう…ですよね…」
こんな状況じゃああまり言葉は慰めにならないか、と思いは詩紋の柔らかい髪を撫でた。
「…?」
「勿体無いなあ。こんな綺麗な髪やのに。隠さなアカン世界なんて」
「……僕、向こうでもずっと苛められてたし」
「そら器量の小さい奴のすることや。詩紋は堂々としてたらええんよ」
そう言ったら詩紋は無言になってしまった。
生まれ持った外見のことで他人に何故とやかく言われなきゃならない。
その言葉がどれだけ詩紋を傷つけてきたんだろう。
「…僕なんで八葉に選ばれたんだろう」
微かな声だったが、隣にいるオレには十分な音量やった。
俯いているから顔は見えないが、声が微妙に震えている。
「天真先輩みたいに力も無いし、泰明さんみたいにあかねちゃんを守ってもあげれない…。なんで僕なんか…」
……数日前、イノリが詩紋を「鬼」と言った。
八葉としてなんか協力出来ないと言って出て行ってしまったのを覚えている。
鬼が金髪碧眼という理由だけで、詩紋まで鬼だと決め付ける。
あの怒り方から見て、イノリにも何かあったのではないかと思えるが…いかんせんそれを聞きだせるわけもない。
「アホ」
「あいたッ…!」
指で額を弾いてやれば、目を見開いてようやく顔を上げた。
「卑屈な感情はアカン。弱くなってしまうやろ」
「でも…でも…」
「それとも、詩紋は力だけが全て解決する思うとるんか?」
「……!?…ううん」
「力で抑え付ければ鬼は大人しくなるんか?それは本当の解決やないやろ?
そら守る為には力を使う。でも、心は力じゃあどうにもでけへん。
あかねの心を支えられるんは詩紋の優しい心やないん?」
「…僕の…心…?」
「鬼と人間がいがみ合うのは嫌や、きっと解り合えるって言ってたやろ?そういう考えの人がおらな、争いは無くならへんのやで」
詩紋は次第に瞳を潤ませ、やがて小さく嗚咽を漏らしだした。
背中を優しく撫でて、思い切り泣かせてやる。
今は、泣く事も必要なんだ。
「…僕にも…出来ること…あるかなあ…」
「当たり前や。あるから詩紋は此処におるんやろ。オレが太鼓判押したる」
ひとしきり泣いた後、まだ目は赤かったが詩紋は笑っていた。
それは心からの笑顔。
「…ありがとう、さん」